蛇竜‐バジリスク‐


「……あの、師匠。教えて欲しいことがあるんです」

「何?」


 それは、ちょっとした復習感覚で、過去に師匠から教わった事をまとめたノートを読み返していた時。


「六生竜系についてなんですけど」

「最初に教えた基礎の基礎だね」


 自然現象から生まれた『概念竜』や無機物から生まれた『元素竜』と異なり、生物を基に生まれた竜はその肉体構造からさらに細かく六つの系統に分類される。それを専門用語で表したのが『六生竜系』と言う言葉だ。

 つまり、

 四つ足で陸上に棲む『獣竜』

 羽毛と翼を持つ『鳥竜』

 甲殻状の外皮と副脚を持つ『蟲竜』

 薄い鱗、ヒレを持ち水中生活に適した『魚竜』

 体表に植物を生やしている『樹竜』

 自身の一部を胞子として散布することができる『菌竜』

 この六種類の事を指す。のだが。


「蛇竜って、どれに分類されるんですか?」


 そう、この分類は一般的な動物の分類学と比べると非常に大雑把で、爬虫類、両生類、哺乳類をまとめて『獣竜』にしてしまっているのだ。だけどその基準はさっきも言ったように『足の数』と『生息地』なので、足のないはずの蛇から生まれた竜がどうなるのか分からないのだ。


「……知りたい?」

「ハイ、知りたいです」


 というか、今までその事に気づかなかった俺もたいがい間抜けだと思う。言い訳をするなら、薔薇竜のように『ぱっと見は蛇みたいな竜』には何度か会ったことがあったので誤魔化されていた、ということにしてほしい。


「じゃあ、会いに行こうか。蛇竜バジリスクに」

「また……恐ろしい名前ですね……」


 確か、見たら死ぬって言う伝承のある大蛇の名前だ。


「見ても死なないから安心してね」


 やっぱり、死なないのか。





「日本にいるんですね……蛇竜」

「世界中に何匹かいるうちの一匹で、いわゆるアオダイショウの亜種だけどね」


 ファンタジー界の重鎮ともいえる大蛇が日本の東北地方の廃村に棲んでいるのか……。というか、アオダイショウか……。


 師匠曰く、ここは戦時中に若者が兵役でいなくなった結果廃村になったらしく、蛇竜の生息地と言うことで戦後の日米のゴタゴタの隙に学会が土地の権利を押さえたらしい。

 今にも倒壊しそうな木造建築が立ち並び、過去は人のための道だったと思われる荒畑の間も雑草が生い茂っている。人の気配はもう欠片も無い。


「ちなみになんですけど、蛇竜って頭が八つ有ったりします?」

「残念ながら一つだけだねぇ……ヤマタノオロチやヒュドラの神話も竜が関係しているんじゃないか、ってのは学者内でもよく言われるけど……一番有力なのは蛸竜じゃないかって仮説かな」

「なんか夢が壊れるんでやめてください……」


 ヤマタノオロチの正体が実は巨大蛸だった、っていうのは男の子的には少々受け入れがたい。いや、一応蛸でも竜かもしれないけどさ。


「それで、蛇竜はどの辺りにいるんですか?」


 自分から振っておいてなんだが、これ以上この話題を続けても複雑な気分になるだけな気がするので無理やり話題を変える。


「昼行性だから、起きてはいると思うけど……どこかの物陰に隠れてるかも」

「物陰って言うと……」

「いっぱいあるでしょ? 廃墟が」


 なるほど、確かに物陰だ。スケールはかなり大きいけど。





「しかし、なかなか見つからないな……」


 師匠と手分けして、廃墟をのぞき込み、蛇竜を探しているわけだが蛇竜どころかその痕跡一つ見つからない。


「うわ、この柱腐ってる……」


 一目で内部がスカスカになっていること分かる青緑に変色した柱、板張りの隙間から室内にまで侵入している雑草。戦後からとなると軽く五十年以上も放置されていたわけだから、多少の差はあれどこの村の建物は軒並み劣化が激しく、倒壊しないのが不思議なくらいだ。


「怪しい音がしたらすぐ逃げるんだよ! 昔大婆様に連れてこられた時に崩落に巻き込まれて大変だったから」


 倒壊は既に何度か発生しているらしい。とりあえず、柱とか壁に出来るだけ触らないようにしよう。


「それにしても、こういう古い和風の家はちょっと懐かしいな」


 築年数だけで言えば、師匠の家に来る前に住んでいた家も同じくらいかもしれない。流石にちゃんと手入れはしていたのでここまでボロボロでは無かったが。


「よっと」


 俺は隣の家に探索の場を移すために縁側から庭先に飛び降りた。

 爺ちゃんはよく縁側で昼寝をしていた。何でも、配達員が来るのがよく見えるからだと。


「今思えば、子供っぽい理由だよなぁ」


 海外から取り寄せた怪しい一品が届く度に爺ちゃんはニヤニヤと大事そうに抱きかかえて俺に自慢しに来た。


『オイ見ろ! これはツチノコの抜け殻だ。スゲェだろ!』

『爺ちゃん。それ、幾らしたんだよ?』

『聞いて驚け、一万ポッキリだ』

『本物がそんなに安いわけねぇじゃん』

『おいおい、可愛くねぇなぁ。テメェには男のロマンってのがねぇのかよ……』


 あの時は、まさか俺が竜学者の弟子、なんてロマンの塊みたいな事を始めるなんて思っても無かったな。ごめんよ、爺ちゃん、あの時は冷たくあしらって。

 心の内であの世の祖父に詫びを入れていると、遠くから師匠の呼ぶ声が聞こえた。


「弟子くーん! 蛇竜見つけたよ!」


 その声のする方に駆け寄ると、おそらく、村の役場のような役割を果たしていたらしきひと際大きな建物の前に師匠がいた。


「この中にいたよ。見た感じ、建物も他と比べて造りが安定してそう」

「崩れる心配が無いからここにいたってことですかね」

「かもね」


 そして、俺達はその建物の中に乗り込んでいく。安定している、とは言っても風雨に晒され続けていたのは事実なので、天井の至るところに穴が開いていて、ライトが無くても視界ははっきりしていた。

 ギシギシとうるさい板張りの廊下を土足で歩き、かつてそこで会議が開かれていたと思われる大広間に出た。


「ほら、あそこ」


 師匠が指さす先、広間の畳の上に蛇竜がいた。のだが。


「…………え?」


 そこにいた蛇竜の姿は俺の予想図とはずいぶん違っていた。


「えっと……蛇、なんですか? トカゲじゃなくて」

「そういう事言うと、あの子に怒られるよ」


 と師匠はクスクス含み笑いをしながら答える。

 いや、待ってくれ。たしかに、竜だ。全長は十メートルくらいは余裕であるかもしれない、だが、どう見ても体と胴体と尻尾がはっきりと分かれているじゃないか。

 サイズ感を無視して表すなら。『尻尾が極端に長いトカゲ』だ。よくよく見れば四肢に位置する場所には爪が直接生えたような手足もある。と言うことは、蛇竜の分類に関する答えは『獣竜』と言うことになるのか。

 獣、というにはクセのあるその外見は『ある生き物』によく似ていた。


「まるでツチノコみたいだな……」

「みたいもなにも、ツチノコは蛇竜だしね」


 ……なんですと?


「蛇竜の幼体の目撃情報がツチノコなんだよ。確か、当時の竜学者が日本で生態研究している時に捕まえようとしている時に一般人に見られたらしくて。記録にしっかり残ってるって」

「マジっすか……」


 竜の目撃情報が神話に影響を与えている、と言う話は何度か聞いていたが、少し前に流行った未確認生物も竜だったのか……もしかしてネッシーやビッグフットも竜が正体だったりするのだろうか。


 ……待てよ? ツチノコが蛇竜なんだとしたら……。






 蛇竜に会いに行った日から数日後、俺は久しぶりに東京の実家を訪れた。


「えっと、確か。アレは受け取り手がいなかったからこの辺に……」


 爺ちゃんの遺品のほとんどはそれを欲しがっていた生前の友人達に渡したので、この家に残っているのは誰も欲しがらなかった正真正銘のガラクタばかり。


「お、あったあった。ツチノコの抜け殻」


 俺はガラクタの山から桐箱を見つけだす。長らく開けていなかったからか少し引っ掛かりのある蓋を少し強引にこじ開ける。


「あれ?」


 だが、その中に入っていたのは緩衝材らしき脱脂綿だけだった。二年前には確かに胴体がやけに膨らんだ変な形の蛇の抜け殻があったはずなのだが。まさか、俺が家を開けている間に盗まれたのか。

 そんな疑念が一瞬枠が、改めてよくよくその脱脂綿を見るとほのかに黄土色に染まっている。


「砂だ……」


 その部分を触れてみるとザラザラと無臭の粉が指先につく。


 ……まさか、還元化、じゃないよな。実物は既に無く、爺ちゃんがどこで誰から買ったのかも爺ちゃんが死んだ今となっては分からない。一万円の胡散臭いツチノコの抜け殻は俺にとって大きなミステリーを残して、消えていた。

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