第21話 リンと初めてのレアクエスト

 広い洞窟の空間に、無数のドロップアイテムが乱雑にばら撒かれていた。ドロップ品のほとんどは、洞窟に出現するモンスターの物であり、大半が牙や毛皮、棍棒だった。一つ当たりの単価が低いこともあり、数多く集めないと大した額にはならない。


 慣れたプレイヤーなら、拾うのも面倒でドロップしても、そのまま立ち去る者もいるほどのゴミアイテムが、広間いっぱいに撒き散らかされていた。


 そんなゴミ屋敷一歩手前の広間の中を、猛スピードで爆走する物体……それは広い空間を行ったり来たりし、地面に散らばったゴミアイテムを体の中に片っ端から飲み込んでいく。


 四角い鋼鉄のボディーに空いた穴から、凄まじい音を立てながら空気と一緒にアイテムを吸い込み、ラジコンカー張りのスピードで走行するそれは……リンの愛犬コタロウ(掃除機モード)であった。



「速〜い! コタロウもう少しだよ、がんばって♪」


「わん♪」


 ピョコンと上部に飛び出した尻尾をピコピコさせて、コタロウがラストスパートを掛ける。最後は壁際にドロップしたアイテムの山……ダンジョンの壁に向かって、コタロウが猛スピードで走り行く。


「あっ! ダメ、コタロウ! また壁に埋まっちゃうよ!」


「スピードを落としなさい!」


「くま!」



 猛スピードで壁に向かうコタロウを見て、二人と一匹が声を上げると……コタロウの走行ラインが一瞬だけ左に膨らみ、お尻を振り後輪のタイヤを左に滑らせる。前輪のタイヤは逆方向に切り、急激なカーブを描く。前輪を小刻みに動かしバランスを保ったままコタロウが真横に滑りながら壁へと迫る!



「わうーん!」



 ここだと言わんばかりにコタロウが吠えると、アクセル全開で車体を加速させ、壁際ギリギリのラインをぶつかることなく見事なドリフトを決め曲がり切った。


 壁と並行して爆走するコタロウは、散らばるドロップアイテムの山へと速度を落とさずまま突っ込んでいく。お腹に空いた吸引口から大量の空気を吸い込むと同時に、バラ撒かれたアイテムを一つ残さず回収する。そしてテールランプの光を残し、壁際から素早く離脱したロボット掃除機が、リン達の元へと帰ってきた。



「ワン!」


「コタロウすご〜い! 前に電気屋さんで見た最新のロボット掃除機より早かったよ〜♪」


「いやいやいやいやいや! 待ってリン! もうおかしすぎるから! なんで掃除機ロボットが、某峠のスペシャリスト張りのドリフト決めてアイテムを吸引しているのよ⁈ しかもなんで犬が慣性ドリフトなんて超絶テクを知っているの!」


「慣性ドリフト? あ〜、前に、ふたりで見たお豆腐屋さんのアニメかな? たしか白黒のパンダカーで山道をカーレースするヤツでしょ? あれ面白かったよね。パンダカーが可愛いから、シルアスなセリフとのギャップが凄すぎて笑っちゃった」


「なのよね〜。まさか遊園地のパンダカーを改造して、ドリフトしながらお豆腐を届けるなんて発想、普通考えつかないわ……って、違うから! 私の言いたいことはそうじゃなくて、なんで家電製品がドリフト決めているのって話だから!」


「わん、わん?」


「くまくま〜」



 『ドリフトくらいするよね?』『するする〜』と言いたげな二匹を見て、ハルカは深く考えるのをすぐに辞めていた。それはファンタジーのファの字もないこの二匹のことを考えても、ムダだと悟ったからだった。



「はーちゃん?」


「とりあえず、ドリフトのことは置いておきましょう。アイテム回収は終わったようだけど、吸い込んだドロップアイテムはどうなるのかしらね?」


「そういえば? 普通のロボット掃除機だと、ゴミ捨て場まで勝手にお出掛けして、ゴミを捨てて来てくれるけど……コタロウの場合はどうするんだろう?」


「ん〜、リン、召喚メニューに、何か表示されていない?」


「見てみるね〜」



 ハルカの指示にリンが素早く召喚メニューをみると、いつの間にか召喚メニューに新しい項目が表示されていた。



「あっ! なんか【排出】てコマンドがあるよ」


「排出? リンちょっと押してみて」


「うん。それじゃあ、さっそく……えい!」



 リンがボチッと【排出】ボタンを押すと……ロボット掃除機モードだったコタロウが、犬モードへと変形し、お座りしなおすとプルプルと震え出した。



「えっと……待って! 排出ってまさか⁈」


「あ〜、こたろう、大っきいの?」


「わう〜ん」



 次の瞬間、コタロウが掃除機のゴミパックのような物体をお尻から排出すると、スッキリとした顔でお座りしていた。


「わ〜、いっぱいでたね。懐かしいな、スコップとかないけど……初心者の短剣でいいかな?」


 するとリンは、メニュー画面を操作して短剣を装備すると……コタロウから排出されたおっきい物体を、短剣でほじくり剣身の側面に器用に乗せていた。



「さすが飼い主、愛犬のアレの扱いはなれたものね」


「うん、毎日散歩してあげてたからね」


「ん〜、前から思っていても聞けなかったんだけど、その出たやつの処理って、どうするの? やっぱりトイレに流すの?」


「昔は捨てるのにトイレに流すか、燃えるゴミで紙に包んで出していたけど、トイレが詰まったり、ゴミに出すまで専用のゴミ箱に入れっぱなしで臭いが気になる人はいたみたい。今だとバイオ分解剤と一緒に地面へ埋めておけば、三日で土に帰っちゃうから楽だってお父さんいっていたよ」


「なるほどね。生き物を飼うって大変ね」


「でも、それ以上に嬉しいことがいっぱいあるんだよ♪」



 昔を懐かしみコタロウの頭をなでるリン、愛犬はされるがまま少女の手を受け入れていた。


「ところではーちゃん、これどうすればいいかな?」


「そこなのよね。まさかおっきいアレな訳ないわよね? リン、アイテムを閉まって説明文を見せて」


「え〜っと」



 リンが目の前に浮かぶアイテム表示のメニュー画面に、でっかいアレをポイッと投げ入れると、何もなかったアイテム一覧に『開運アイテムパック』という名前が表示されていた。



「開運アイテムパック?」




『開運アイテムパック』

 複数のアイテムを圧縮して収納したパック

 アイテム表示一覧か、手に持って使用すると開封できる。

 パックを開封した際、収納アイテムが確率で変質する可能性がある。

 変質する確率は、開封者のステータスに依存する。

 LUK幸運値が高ければ高いほど、高ランクのアイテムへと変質する。

 収納アイテム数がプレイヤー最大所持数を上回った場合、溢れたアイテムは地面にドロップする。

 注)パックに収納されたアイテムは再び収納すると、アイテムは消滅する。




「はーちゃん、複数のアイテムをまとめられるみたいだよ」


「どれどれ〜」



 リンの横に仲良く並び、ハルカが説明文をフムフムと読みはじめる。



「へ〜、アイテムランクがアップする開パックか、って! なんで、ダジャレなのよ!」


「あ〜、開運とウン◯を掛け合わせたものなんだ、おもしろ〜い♪」


「おもしろくないから! なにうら若き乙女に、ピー音が入るような言葉使わせようとしているのよ! このゲームを作った奴の頭を疑うわ!」



「でもランクが上がるから、アイテムを売る時の金額は上がりそうだよ。貧乏な私たちにはちょうどいいかも」


「たしかに……どれだけ高ランクアイテムになるか分からないけど、LUK極振りのリンがいれば期待できそうね」



 ため息を吐くハルカ、リンはそんな親友をニコニコしながら見ていた。



「まあ、圧縮してパックを出す方法に問題はあるけど……便利なのは否定できないわ。役には立つだろうし、この際ダジャレには目をつぶるわ」


「役に立ちそうだって、良かったねコタロウ♪」


「わん♪ わん♪」


「くま〜♪」



 褒められた嬉しさで、リンとハルカの周りを駆けてはしゃぐコタロウ、くま吉も釣られて走っていた。



「とりあえずアイテムパックはそのままリンが持っていて、あとで始まりの町に戻ったら開封しましょう」


「うん。ランクアップするといいな〜、何が出るか楽しみ♪」


「さてと、それじゃあ、レアクエストをはじめましょう。リン、クエスト画面を出して」


「は〜い」



 ゲームをはじめて一週間、手慣れた様子でリンはメニュー画面を操作する。



【特別クエスト 子竜討伐】

 レベル 7

 初心者の洞窟に現れた子竜を退治せよ!

 報酬 1万ゴル

 必要討伐数 1匹

 期限 なし



「そう言えば初心者の洞窟には来たけど、どこに子竜がいるのかな? ここに来るまで出会ったモンスターはコボルトやバットばかりだったけど?」


「あ〜、それはネットで調べてあるわ。リン、クエストメニューを開いて、メニュー画面にマップっていう項目がない?」


「ん〜、あっ、あった!」



 リンはお目当ての文字を見つけ迷わずタップすると、視界の端に自分を中心としたレーダーマップがチョコンと開かれた。



「この広間の真ん中辺りに×ばつ印がついてるけど、ここに行けってこと?」


「そそ、クエスト所持者がそのレーダーMAPを開いて、示された地点に立つとクエストが始まるみたいね」



 リンがマップに示された地点に当たりをつけ何もない広間の中心を見つめる。


「あそこだね、じゃあ、はーちゃん行ってみよ♪」


「わん」


「くま〜」


「あっ、まってよリン」



 意気揚々と歩き出すリンと二匹を追ってハルカが後を追いかける。広間のモンスターは一掃され再出現リポップもしていない。他プレイヤーの姿もない広間を二人はワイワイ騒ぎながら歩く。



「子竜か〜、カワイイ子だったらいいな〜♪」


「いや、リン、このクエストは討伐が目的だからね? 倒さなきゃいけないのよ? カワイイ子なんて現れたら倒しにくいわ」


「ん〜、その時は見逃してあげる?」


「リン、討伐系クエストは戦闘を開始したら、討伐対象を倒すかパーティーが全滅するまで逃げられないから、可愛くても倒すしかないわよ」


「えぇ〜! そうなんだ……残念」



 リンがガックリと肩を落とす。



「まあ、リンの気持ちはわからなくないけど、ゲームの仕様なんだから、あきらめて」


「は〜い」



【指定地点に到達しました。クエストを開始しますか? YES / NO】



 するとリンの前に、突如ウィンドウが開き、システムメッセージが空中に浮かび上がった。



「あっ! はーちゃん、はーちゃん、レアクエストをはじめますかって、メッセージが出たよ」


「おっ、ついにレアクエストね。当然YESよ」


「だね。じゃあ、ポチッと!」



【クエストを開始スタートします】




 その瞬間『ドン!』という大きな音と衝撃波が、広間の中心から発せられ、何もない空間に黒い線が浮かび上があった。



「きゃっ!」


「グゥゥゥ!」


「ブォォォ!」



 突然襲い掛かった音と襲撃波に驚いたリンがビックリすると、二匹の召喚獣は目の前の空間に向かって、いままで聞いたこともないような唸り声を上げ威嚇する。


 『ドン! ドン!』と、何度も空間を叩きつける音が断続的に鳴り響くと、いく筋もの黒い線が現れ、その数を増やしていく。まるでゆで卵を机の角で叩き、殻がヒビ割れるかのように亀裂が走り、空間が徐々に剥がれ落ちていく。



「リン、気をつけて、何かおかしい!」


「え?」



 ハルカはリンに注意を呼びかけ、腰に差した銃を引き抜くと剥がれ落ちた黒い空間に銃口を向ける。見ているだけでゾッとする闇に、ハルカはただならぬ雰囲気を感じ取ると、手にする銃のグリップをいつも以上の力で握っていた。


 なおも続く空間を力任せに叩く音……そして剥がれ落ちた空間の隙間から、大きく凶々しい爬虫類の腕に似た何かをリンは見てしまう。



「は、はーちゃん、あれはなに?」


「わからない。でも、ひとつだけ言えるのは、あれは絶対に可愛くないわ」


「グゥゥゥッ、ワン!」


「グォォォォォォォン」



 コタロウとクマ吉はリンを守るかのように前に出て、さらに大きな声で威嚇すると、鏡が割れるかの如く空間が内側から砕け散り、混沌の闇からソレは這い出てきた。



「グオァアー!」



 大気を震わし、身の毛もよだつ咆哮と姿を見て、リンの本能は恐怖を感じ取り体がブルブルと震え出してしまう。するとシステムウィンドウに新たなる文字が表示され、それを見たリンの目は大きく見開かれていた。



◆ 【強制クエスト】発生

 レベル 70

 初心者の洞窟に現れた混沌の竜を退治せよ!

 報酬 10万ゴル

 必要討伐数 1匹

 期限 あり

 発生条件 【機獣召喚】スキル所持者がパーティー内にいること


 発生条件を満たすと、強制的にクエストは開始される。

 プレイヤーはクエスト中、以下の制限を受けます。

 ・クエストのキャンセルは不可。

 ・ゲームを強制終了させた場合、クエストは失敗と判定されます。

 ・このクエストで召喚獣のHPがゼロになる。もしくはクエストに失敗した場合、召喚中の召喚獣データーは消去され、以後は召喚できなくなる。



「え? な、なにこれ⁈」



 リンとハルカの前に、凶々しき混沌の竜カオスドラゴンが現れた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る