第19話 リンと初めてのMPK その5 『掃討戦』

「みんな……ふぉ、フォーメーションRよ!」



 ハルカのその言葉を皮切りに、モンスター達が一斉にリンたちへと襲い掛かってきた。



 フォーメーションR……それはハルカが提案したパーティー戦術のひとつであった。


 事前に決めておいた行動を、アルファベットの一文字で実行するフォーメーションシステム……戦況によって臨機応変に戦い方を変えられるシステムの導入により、リン達は的確な行動を瞬時に実行する。


 フォーメーションRは、パーティーが不測の事態に陥った際に発動される緊急フォーメーションであり、『リンを絶対に守る』のRを意味している。


 リンを守るためならば、持てる力をすべて出し切り、採算度外視の赤字覚悟で敵を殲滅する。リンさえ無事なら、自分を囮にして死んでも構わない。リンこそが至高、リンにあだなす者は滅ぼす。サーチ&デストロイ!


 リンLOVEなハルカが考えた、自爆テロの思想に少し近い、危ないフォーメーションRがいま発動されたのだ。



「リンには指一本触れさせない!」



 勇ましい声を上げたハルカが、モンスターの群れに向かって飛び込んでいく。


 先頭のコボルトが、向かいくる少女の頭に棍棒を振り下ろされると……ハルカは左手にもつ銃のグリップ底で受け止め、攻撃を横に流してしまう。棍棒の一撃がれ、空振りの形に終わると流れるようなスムーズな動きで、右手に持つデザートイーグルの銃口がコボルトの額に突きつけられる。



「さあ、リンのために踊りなさい!」



 躊躇ためらうことなくトリガーを引くハルカ……その顔は猛禽類であるわしの目のように鋭く、獰猛な笑みを浮かべていた。


 直径12.7mmの大口径マグナム弾が、デザートイーグル砂漠の鷲の銃口から吐き出される。


 音速のスピードで弾丸を撃ち出すために、燃焼させた火薬の閃光マズルフラッシュが銃口から吐き出され、轟音が耳をつんざく。


 零距離から撃ち出された弾丸は、コボルトの頭を一瞬にして爆散するが、弾丸の勢いは止まらない。そのまま背後にいたコボルトに命中し、さらなる命を刈り取る。


 だが、AIで動くモンスターたちは、仲間がやられた姿を見ても恐れはなく、左右から別々のコボルトが同時にハルカへと棍棒を振るう。利き手である右手で、右側から迫り来るコボルトの棍棒を下からすくい上げるように銃身バレルで受け止めると、少女は体をクルッと回転させ受け止めた棍棒を左に流してしまう。



「キャン!」



 流された棍棒が、左手から襲いくるコボルトの頭に命中していた。ハルカは銃を構えながら体の回転がピタリと止める。鋭い眼差しがコボルトと自分を一直線につないだ瞬間、再び最強のハンドガンから凶悪な弾丸が撃ち出された!



「グワーン⁈」


「ワオーン!」



 たった一発の弾丸で、コボルト二匹の命を絶ち、その姿を光の粒子に変えてしまった。


 相手の攻撃を逸らし、有利なポジションへの移動と零距離からの射撃による必中……そして最大の威力を発揮する部位への銃撃! まるでダンスを踊るかのような、華麗なるターンからの攻撃に、一瞬にして二匹のコボルトが倒される。



「さあ、ワンちゃん達……私と一緒に踊ってちょうだい!」



 狩人の鋭い眼差しが次なる獲物をロックオンすると、なんの躊躇ためらいいもなく、ハルカはモンスターのれへと駆け出して行くのだった。




「あわわわわ」



 ハルカがコボルトの群れに単身で飛び込んで行くなか、突然のことに慌てふためくリン守るべく、コタロウとクマ吉はリン挟むように左右に別れ、眼前のモンスターへ攻撃を加えていた。



「ワン!」



 リンに襲い掛からんと棍棒を振り回し近づくコボルトの首に、コタロウが猛然と喰らいつく!



「ギャーン!」



 首筋に鋼鉄の牙が突き立てられると、コボルトはそのまま地面に押し倒される。手足をバタつかせ、鋼鉄の体に噛みついて抜け出そうと足掻くものの……大きさの割に質量タップリで硬さに定評があるコタロウに、文字通り歯が立たなかった。



「グゥ〜!」



 必死にコタロウの下であらがうコボルト……だが非情にも首筋に噛み付いた口が、まるでトラバサミのように一瞬で閉じられ、喰い千切られてしまった。


 首の半分以上を失ったコボルトは、『ビクンッ!』と身体を震わせると、そのままドロップアイテムを地面に撒き散らし、光の粒子へとその姿を変えてしまう。



「コタロウ、ありがとう」


「わん♪」



 リンの声に『任せて〜』とコタロウが答えていると――



「クマー!」



――クマ吉の勇ましい声にリンが振り返ると、背後を守るようにして立ちはだかるクマ吉が、炎をまとわせた爪……ファイヤークロウを振るい、リンに近づくコボルトを切り裂いている姿が見えた。


 切り裂かれたコボルトが地面に倒れ込むと、傷口から炎が燃え上がり、身体を覆う毛に引火して全身に燃え広がった。


 HPが炎によるダメージでガンガン減り続け、その熱さと傷の痛みでコボルトは地面をゴロゴロと転げ回わる。



「ふえ〜、クマ吉すご〜い」


「くま〜♪」



 爪を振るい、『近づく奴は丸焼きくま♪』と次々とコボルトを火だるまにしていくクマ吉!



「ワオ〜ン!」



 コタロウも負けていられないと、敵の憎しみヘイトあおる遠吠えで、リンに襲い掛かるコボルトたちの目標タゲを自分に向けさせて固定する。


 近くにいたコボルトやバットが、ようやく出会えた怨敵とばかりに犬(?)へと殺到していく。するとコタロウが近づくコボルトにタイミングを合わせて跳び掛かり、その顔に鋼鉄の前脚を叩き込む!



 鋼鉄の肉球シチールスタンプを顔に押され倒れ込むコボルト……痛みで顔を抑えたその手の下には、肉球の跡がクッキリと残っていた。


 痛みで棍棒を投げ出したコボルトを尻目に、地面に着地したコタロウが次の獲物にスタンプを押すために跳び掛かる!


 コボルトの攻撃を交わしながらスタンプ攻撃を繰り返すコタロウ……地面には、数匹のコボルトが倒れ込み無防備なお腹をさらけ出していた。するとご主人様へと顔を向け、『わん♪』と上機嫌に吠える愛犬の姿を見たリンは……。



「うん、コタロウ、わかっているよ」



 おもむろに手にした初心者のナイフを逆手で持ち、地面をのたうち回るコボルトにリンが近づくと――



「ごめんね、グサッ!」


「ギャワーン」



 と無防備にさらけ出していたお腹にナイフを突き立てた! 攻撃がクリティカルヒットし、コボルトが一撃でHPを全損させ光の粒子へとその姿を変える。



「出来るだけ、痛くないように……、グサッ! グサッ! グサッ!」


「グッワーン」



 謝りながらクリティカルの一撃を見舞い、トドメを刺し続ける少女……LUKにステータスポイントを極振りしている今のリンは、二回に一度の割合で防御力無視、武器最大ダメージ固定の必中クリティカル攻撃が可能になっていた。


 倒れ込み、火だるまで転げ回るコボルト達を、リンは謝りながら一撃でトドメを刺していく。しばらくの間、快調にモンスターの群れを掃討していくリン達だったが……。



「キャッ!」


〈リン HP80→79〉



 突如、喰い千切った首の一部を『ペっ!』と吐き出したコタロウの耳に、大事なご主人様の悲鳴が聞こえてきた。



「わわわ! こ、コウモリのモンスター⁈」



 空中から襲い来るコウモリ型モンスター、バッドの一匹が、コタロウとクマ吉をすり抜けてリンに襲い掛かってきた。背後から攻撃を受け、思わずリンは声を上げてしまう。


 神器オンラインではダメージを負った際に、疑似的な痛みをあるていど体感できるように作られている。これは最新ニューロデバイス『ウィッド』に備わる機能で、脳内に疑似パルスを送り、痛みを錯覚させる最新の技術のおかげだった。


 だが、疑似的とはいえ痛みを感じるとあって、発売当初は安全性に懸念はもたれたが、いまのところ問題は起きていない。痛みを感じるレベルがマックスでも、頬を思いっきりビンタされたくらいで命に別状はない。

 また連続で一定回数のレベルマックスの信号が発生すると、自動的に信号を遮断する機能も付けられており、絶対安全をメーカーはうたっていた。



「いたっ!」


〈リン HP 79→78〉



 リンは手にした初心者のナイフを迫りくるバットに振るうが、ヒョイっと空中で避けられると同時に攻撃されHPを削られる。



「痛みが多少ないと、ダメージコントロールができないからって、はーちゃんに言われてダメージレベルは1にしたけど、デコピンされているみたいで結構痛いよ〜。指輪のおかげでダメージは1だけど……」



 レアアイテム『従魔の指輪』の効果で、コタロウの一番高いステータスであるVITを自らのステータスに加算するリン……通常の高レベルタンク職のVIT平均が99の中、すでにリンのVITは241に達しており、コタロウを召喚している間は鉄壁の防御力を誇るが弱点もあった。


 コタロウの場合、鋼鉄ボディーのおかげかはわからないが、どんなに攻撃されようとダメージは0なのに対し、同じVITステータスのリンが攻撃を受けると必ずダメージが1だけ入る。


 大抵の攻撃ダメージが1になるなら無敵に近いのだが、HPが低い召喚士にとっては危ない場面も出てくる。それが多段攻撃や複数から同時攻撃を受けたときなのだ。



「グサッ! あっ、痛っ! 避けられて攻撃が当たらないよ⁈」



〈リン HP78→77〉


 三度、空から襲いくるバットにタイミングを合わせてナイフを突き出したリン……だが奮闘虚しく『ヒョイッ!』と攻撃を避けたバットがリンに一撃を加え再び上空へと逃げ去る。


 LUKとVIT以外のステータスが1のリンを嘲笑うかの如く、バットはキーキー笑いながら空中でホバリングしていたときだった。――『バン!』という轟音が鳴り響き、いきなりバットの体が弾け飛んでしまう。ドロップアイテムを撒き散らしながら、地面に落ちるバットの体が光の粒子へと変わっていく。



「リン大丈夫⁈」


「うん、はーちゃんありがとう♪」


 

 モンスターの群れに飛び込み、殲滅に勤しんでいたハルカ……リンを守るべくスキル【精密射撃】を用いて遠距離からの狙撃に成功していた。



「数が大分減ったわね。そろそろ頃合か……みんな仕上げよ!」


「うん!」


「ワオーン!」


「クマー!」



 ハルカの声にコタロウが挑発スキルの【吠える】を使って残り少なくなったモンスターのタゲを奪い、ハルカのいる方へと走り出す。


 それを見たクマ吉は、両手を上に掲げて唸り出すと……頭上に火球が作り出され、見るみるうちに直径五メートルを超える巨大な火の球がリンの頭上に出現した。



「来たわね、コタロウ、私のタゲを!」


「ワオーン! ワオーン!」



 コタロウが、連続で【吠える】スキルを使い、銃を撃ちコボルト達と踊るように舞っていたハルカから、モンスターのタゲを残らず奪い去る。すると、残り二十匹あまりのコボルトとバットの群れが……ハルカへの攻撃を止め、憎しみのオーラを放ちながら、コタロウに向かって駆けだした。



 洞窟の壁に向かって走るコタロウの後ろを、残りのモンスター達が『ドッドッドッ!』と足音を立てながら追いかけて行く。



「よし、すべてのタゲがコタロウに移ったわね」



 タゲがコタロウに移るなり、急ぎリンの元へと駆け寄るハルカ……不測の事態に備えるべく、横に並び立つ。



「リン、クマ吉の準備はいい?」


「いつでもOKだよ」


「クマー」



 クマ吉の頭上をハルカが見上げると、そこには直径十メートルを超える灼熱の太陽が如き、炎の塊が浮かび上がっていた。

 バーチャルなので熱さは感じないはずなのに、リンとハルカは思わず肌に熱さを感じてしまう。



「それじゃあリン、仕上げよ」


「うん、コタロウ、『お座り』だよ!」


「わん!」



 その言葉に『は〜い♪』と答えたコタロウが、トップスピードからいきなりお座りのポーズをとった瞬間、お座りポーズのまま宙を舞っていた!



「ああ! コタロウ!」


「わう? わうー!」


 さすがにコタロウといえど、猛スピードからの急制動に慣性の法則が働き、お座りポーズのまま空を舞い、すごい音を立てて壁に激突してしまう。


 

「ええ!」



 リンが驚愕の声を上げ、ハルカと共に壁にぶつかったコタロウの姿を見ると――



「いやいやいやいやいやいや! ないから! そんなスピードで壁にぶつかったら、普通、壁に激突した方が跳ね返されるから! そんな頭から壁に突き刺さって下半身丸出しで、なんてないからね!」



――すかさず、ハルカの激しいツッコミが入った。


 そこには頭から壁に激突し、頭と体の前半分をダンジョンの壁に埋めたコタロウの姿があった。後ろ足をバタバタさせて、壁に埋もれた体を抜き出そうとしていたが、よほど固く埋まってしまったのか抜け出せない。




「コタロウ……だ、大丈夫?」


「く、くま〜?」


「くう〜ん」



 ご主人様の問いかけに、力なく答えるコタロウ……必死に抜け出そうもがいているところへ、憎しみのオーラを発散させたコボルトとバットの群れが追いつき、コタロウのお尻に殺到した。



「わうーん」



 次々とお尻に攻撃を加えていくモンスターたちに、手も足も出せないコタロウが、『助けて〜』と困った様子で鳴いていた。

 


「クマ吉、早くそれをコタロウに!」


「クマー!」



 愛犬のピンチにリンが命令すると、クマ吉は天高く上げた両腕をコタロウに向かって勢いよく振り下ろす。すると頭上で燃え上がる巨大な火球がコタロウのお尻に向かって放たれた。


 巨大な炎の塊が、モンスター達を飛び越えてコタロウのお尻に着弾すると――



「わ、わっ!」



――炎がぜ、爆炎と爆風が辺り一面を飲み込んだ。リンとハルカはその爆風から顔を守るように目をつぶり、さらに腕で顔をガードする。


 すると広場の高い天井にまで届くほど巨大な火柱が立ち昇り、コタロウのお尻に攻撃を加えていたコボルトとバットは一匹残らず、爆炎に焼かれ、その身体を光の粒子に変えてしまった。


 爆風が収まるのを感じたリンとハルカは、ソッと目を開けて腕を下ろす。目の前には、ドロップアイテムが撒き散らされ、火球によって焦げてしまった洞窟の岩肌と、相変わらず後ろ足をバタつかせて壁に埋まる愛犬の姿があった。



「コタロウ無事だね? 良かった♪ でもこれ……はーちゃん、抜けるのかな?」


「ん〜、いざとなれば召喚解除すればいいけど、再召喚にかかるMPを節約したいから、出来れば引っこ抜きましょう」


「うん。コタロウ、もうちょっと我慢してね。みんなでそこから出してあげるから」


「わう〜ん」


「リン、さっさとコタロウを助けて、みんなでレアクエストをやるわよ♪」


「だね、はーちゃん♪」


「くま〜♪」



 このあと、岩肌に突き刺さり『早く抜いて〜!』と鳴き続けるコタロウを、リンたち一向は必死になって岩肌から引っこ抜くのであった。


 

〈掃討戦完了……リンとハルカのレベルが上がった!〉



 名前 リン

 職業 召喚士 LV9 → LV10


 HP 77/80 → 80/83

 MP 25/95 → 35/105


 STR 1

 VIT 1 (+240)

 AGI 1

 DEX 1

 INT 1

 LUK 121


 ステータスポイント残り0 → 5


 所持スキル ペット召喚【犬】

       機獣召喚 【ファイヤーベアー】

       機獣変形 NEW



 名前 ハルカ 

 職業 ガンナー LV9 → LV10


 HP 155/155 → 165/165

 MP 20/27→ 20/30


 STR 45(+10)

 VIT 1

 AGI 80

 DEX 13(+15)

 INT 1

 LUK 1


 ステータスポイント残り0 → 5


 所持スキル 銃打

       弾丸作成

       精密射撃

       チェインアタック NEW

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る