閑話 猟犬転生
時は西暦2040年、世界初のVRゴーグルが発売されてから、二十年の月日が流れていた。
日進月歩するテクノロジーは、ついに現実ではありえない……もう一つの
最新VRゴーグル『スウィッド』……擬似電波パルスを脳内神経に送ることで、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の五感を
この仮想現実世界に無限の可能性を求めた人々は、もう一つの現実世界の創造に、のめり込んでいった。
次々と生み出される多様な世界……剣と魔法はもとより、銃や超能力、果ては巨大ロボットがいるSF世界など、さまざまな仮想現実世界が生み出されていく。
スウィッドが発売されてから一年、すでに全世界の普及率は三十%を超え、もう一つの現実世界から抜け出なくなる者まで現れた。
現実に悲観して仮想現実の世界に旅立つ者たち……これは世界中で話題になりつつあり、各国はこの問題に真剣に取り組むことになる。
そんな無数に生み出される世界の片隅で、ある男の意識が目覚めた。
「ここはどこだ? 俺は……」
四十代だろうか? 男は服も着ておらず裸だった。
鋼のように鍛えられた肉体には無駄な贅肉が一切ついておらず、身体中に無数の傷跡を刻んでいた。
180cmを超える高身長と右目に走る古い傷……縦に切り裂かれた傷が、男を戦いの中に身を置く、歴戦の戦士であることを物語る。
「たしか、俺は誰かを助けようとして……」
渋い声で話す男は、周囲を警戒しながら自分に起こったことを、少しずつ思い出そうと記憶を辿りはじめた。
「ダメだ、何も思い出せない」
ここはどこなのか? 自分は何者なのか? 自分の名前すら、男は思い出せなかった。
「まあ、思い出せないのなら仕方ない。まずは現状の確認だ」
それはたとえ記憶を失ったとしても、戦士としての本能が、生きるために必要な情報を
男は周囲を見回す……真っ白な大地がどこまでも続く。青い空と白い大地が合わさる地平線と、男の間には、なにも存在しなかった。
「ふむ。周囲を三km、三百六十度を見渡しても、なにもなしか…………」
男は感覚だけで距離を推し量る。たとえ記憶が失われようと、魂にまで叩き込まれた技能は、それを可能にしていた。
「さて、どうしたものか。見渡す限りの地平線、さりとて装備も何もない状況で、動くのが吉と出るか凶と出るか」
そう、男が思案している時だった。唐突に男の耳へ老人の声が届く。
「ふむ、なるほど。お主、転生者じゃたのか? どおりで、おかしな魂をしていたわけじゃ」
男は、急に背後から聞こえた老人の声に反応し、振り返る。
いつの間にか現れた老人は、杖を突きながら男を見ていた。老人にしては鋭い目つきに、男は警戒する。
「まあまあ、そんなに身構えんでも、何もしやせんよ」
老人はそう言うと目つきを柔らかし、さっきまでとは違う好々爺の雰囲気を醸し出す。
「失礼だが、あなたは? 私から名乗るべきなんだろうが、
「ホッホッホッ、なるほどなるほど、そういうことか…………お主、奇妙な縁に
「ご老人、私について何か知っているようだが?」
「ああ、知っているとも言えるし、知らんとも言える」
「謎かけのようだ。知っていることがあれば、ご教授頂けますかな?」
「多くは語れん。だが、語れることは教えて進ぜよう。まずワシは誰かだだな……ワシはお前たちが言うところの神と呼ばれる存在じゃよ」
「神?」
「そうじゃ。正確に言うと高次元の存在だがな。そしてお主は、ここではない、別の世界から転生して来た迷い人みたいじゃな」
「迷い人?」
「そうじゃ。そして転生した新たなる人生でも、死んどる」
「ご老人、なにをいって…………」
神を名乗る老人の言葉を聞いた時、突如男の脳裏にある少女の顔が浮かび上がる。
「この子は?」
「ふむ、少々記憶を覗かせてもらった。なるほど、なるほど……この娘を助けるために、お前は死んだようじゃの」
「この少女を…………グッ!」
男が頭を押さえ苦しみ出す。頭の中にさまざまな記憶が、一度にフラッシュバックする。その情報量の多さに、脳がオーバーヒートを起こし、激しい頭痛が襲いかかる。
かつて、戦場を駆け回り
「殺しすぎたようじゃ。その
「さあな……百より先は数えていない」
次々に脳裏に浮かぶ、自分が刈り取った者達の最後……だが、男に後悔などなかった。
戦場にいる以上、殺す覚悟と殺される覚悟は持っていて当然であり、人を殺すのになんの
現に男は仲間に裏切られ殺されたとき、恨言などなにもいわなかった。ただ、ついに自分の番が来たかと、他人事のように淡々と死んでいった。
自らの信念を貫いた騎士に、後悔の念はなかった。
「元の世界の神に嫌われたか? そのおかげでお主はワシの世界に飛ばされ、転生したようじゃな」
騎士としての記憶を思い出した男……今度は、この世界に転生した記憶が蘇る。
「この記憶は…………」
記憶を持ったまま生まれ変わった男は、死にかけていた。正確にはいうならば、餓死寸前にまで身体が衰弱し、虫の息だった。
動かない身体、空腹の飢餓感、暗闇の中で目を覚ました男は戸惑った。
死を覚悟して死したはずが、まだ生きているのを幸運と思う前に、とつぜん襲われた飢餓感に男は声を漏らす。
「腹へったな…………」
消え入りそうな一言が、男を運命へと導いた。意識を失う寸前、男の目に光が差し込む。薄っすらと目を開けた光の中で、男は運命と出会う。生涯の忠誠を誓う運命に…… 。
二度目の
「そうだ、俺は…………まて、あの子は? あの子は無事か⁈」
男は最後の瞬間を思い出し、神と呼ばれた老人に詰め寄り問いただす。
「だいぶ思い出したようじゃな。その記憶の少女なら大丈夫じゃ。お主に助けられ、膝小僧を擦りむいた程度じゃてな」
「そ、そうか……無事だったか、よかった」
「人を殺めるのに
「ああ、殺すことしかできなかった俺に、あの子は光をくれた。だから放っておけなくてな。色々世話を焼いていれば情も湧く。六年も共に過ごしたが…………あの子が一人で生きて行けるか心配で仕方がない!」
男は心底心配そうな表情を浮かべ、語り出した。
「信じられるか? 十六年も生きて、いまだにサンタクロースを信じているんだぞ? そんな子があの社会と言う魑魅魍魎が
「ほう? 人の命を刈り取り続けた男がの…………クックックッ、面白い! いいだろう。ワシはお前と、この娘の行く末を見てみたくなった。特別じゃ、お主をあの娘の元に再び転生させてやろう」
「ご老人、本当か!」
「丁度都合良く、ワシが仕掛けたゲームにその子が参加するようじゃしな。お前が転生しても問題がないよう、都合をつけてやろう」
「仕掛けたゲームだと?」
男が神と呼ばれた老人にとつぜん掴みかかる。
だが、老人の胸元を掴もうと瞬間――老人の身体は蜃気楼のように歪み、消えてしまった。
「ムダじゃよ。いったはずじゃ。ワシは高次元の存在だと。ココにいるのは虚像、影に何をしてもムダじゃ」
消えた老人は、いきなり男の背後に現れた。
男が振り返ると、老人は何事もなかったかのように立っていた。
「キサマ、あの子を害そうとしているのか? ならば、俺はどこまでもお前を追い掛けて、必ず殺してやる!」
「ホッホッホッ、いいぞ! お前のその感情…………久方ぶりに面白い存在に出会えた。これだからやめられん」
「どうやら神は神でも、悪神や邪神の
「神は一人じゃよ。悪神でもあり善神でもある。ワシは退屈なのだよ。長い時を過ごしこの世界にも飽きてきた。だからワシは、このゲームを思いついた! 神器オンラインを創造し、退屈を紛らわすことにしたのだ」
「神器オンライン? ゲーム?」
「さあ、賽は投げられた。お前の大事な者が、お前に助けを求めておるようだぞ?」
すると男の耳に、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「この声は……俺に助けを求めているのか!」
「さあどうする? このまま記憶を消され存在を抹消されるか? ワシを楽しませるため、少女の元に再び転生するか?」
男は押し黙る。この老人の提案に乗るのことが、凶とでるか吉とでるか……男は決断する。
「いいだろう。俺をあの子の元に転生させろ。お前の思惑に乗ってやる」
「クックックッ、素晴らしい! その決断に敬意を払おう。特別じゃ、お主に力を与えてやる。元の身体で転生しても、すぐに死んでしまうかもしれんからな」
「随分とサービスがいいじゃないか?」
「ああ、言ったじゃろ? ワシは退屈していると…………このままでは、このつまらない世界を壊して遊ぶしかないくらい、飽きているのじゃよ」
「つまり、俺がお前を楽しませなければ…………」
「想像にお任せするよ。さて、大事なご主人様がお前に助けを求めておるぞ」
「クッ! 仕方がない。俺をあの子の元へ転生させろ」
「契約は成された。行け、猟犬よ! せいぜいワシを楽しませてくれ!」
男の足元に、光り輝く魔方陣が現れ、足元から徐々に身体が消えていく……男は誓う。三度目の人生でこそ、大事な人を守ってみせると……。
「そういえばお主、名前はどうする? 前世の名前を付けて転生もできるが?」
「愚問だな。記憶を見たのなら、わかっているはずだ。俺はあの子のために生きると誓った。ならば俺の名前はひとつだけだ……俺の名は!」
「助けて! コタロウ!」
「
自分の名を呼ぶ少女の声に、男が吠えた。
リンの足元に光り輝く魔方陣から、何かが飛び上がる。
重厚で鈍く光るメタルボディーが、ウサギ
「グゥゥゥッ! ワン!」
着地と同時に少女の前に、犬みたいな何が立ちはだかる。
ただ鈴を守るため、コタロウは神器オンラインの世界に転生を果たすのだった。
Next Stage……『レアクエスト編』
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