第16話 星見の尖塔・100階

 広い部屋の真ん中に陣取るグリムリーパーまで10歩ほどのところで足を止めた。

 クロエが俺の後ろにつく。


 いつの間にか俺達は阿吽の呼吸で陣形を取るようになった。

 俺が前に出て、その3歩後ろからクロエが震天雷で援護してくれる形だ。


 基本的には俺が前で戦う。

 だがこの位の距離なら、何かあったら俺と入れ替わってクロエが前衛に立つこともできるし、下がって安全な距離から魔法で援護してくれることも出来る。 


 相手の出方を伺う間もなく、グリムリーパーが動いた。

 黒いローブ姿の巨体がくるりと踊り子のように一回転する。

 赤い残像が空中に軌跡を描いた。鎌が恐ろしい勢いで振られる。 

 

「なんだと?」


 とっさに受け太刀の姿勢を取った村雨と禍々しい赤い鎌の刃が嚙み合う。足を踏ん張ったが、弾かれたように体が宙に浮いた。耳元で風が鳴る。

 一瞬の間をおいて体が石の壁にたたきつけられた。

 刃と刃がぶつかった耳を突くような音が頭の中で反響している。


 頭を振って足を立たせる。 

 グリムリーパーが悠然と鎌を構え直した。

 巨体、それに長い柄と長い腕は分かっていたが、まさかこの距離で届くとは。


「大丈夫?」

「下がってろ、クロエ。あれはヤバい」


 駆け寄ってきたクロエに言う。

 今のはどうにか防げたが……あの鎌の攻撃力を見る限り、クロエのHPは2太刀食らえばゼロにされる可能性がある。

 

 2回連続で食らえば死ぬ、というのは冒険者としては即死圏内だ。

 どんな達人もミスはあり得る。致命的失敗ファンブルもあり得る。それが連続して重なることもあり得る。


 というより、むしろ起きてほしくない時に限って、間が悪く不幸は重なるもんだ。

 相手の決定的成功クリティカルとこっちの致命的失敗ファンブルがたまたま重なってしまった、なんてことは冒険者なら誰でも経験がある。

 不運の法則マーフィーズ・ロウなんて言葉もあるくらいだしな。

 

 ただし、そんな不幸も3回重なることはほとんどない。

 だから2回耐えられるなら、そいつが前衛を張る。俺なら2回くらっても死なないだろう。


「俺が前衛をする。お前は防御重視でいてくれよ」


 クロエが頷く。

 恐ろしくあの鎌の間合いは長い。ある程度こっちに引き付けるにしても、全部を受けるのは無理だ。

 

 部屋の中央に陣取るグリムリーパーを見る。

 動きがない所を見ると、ここまでは流石に鎌も届かないらしい。

 洞穴のようなローブの顔に当たる部分に浮かぶ赤い髑髏のような顔がこっちを探るように見ているのが分かった。


 黒いローブの胴体の中には、脈動する赤いコアのようなモノが見える。

 あれが弱点なんだろうが……あそこまでの距離は15歩以上。飛び込むのは至難の業だな。

 いつの間にか赤い霧のようなものが巨体を覆い隠すように浮かんでいた。


「あいつのことは知ってるか?」

「少しは……といっても戦うのは初めてだけど」

「教えてくれ、あの鎌以外で」


「あの赤い霧は範囲に入ったらダメージを受けるわ。あと、あのローブの裾が防御壁みたいになるはず」


 クロエは今までも見たこともないモンスターの攻撃パターンを知り尽くしていたが、コイツのことまで知っているのか。

 しかし何で知っているんだろう。高レベル専用のモンスター辞典とかでもあるんだろうか。

 

「それはまた……嫌な相手だな」 


 あいつの周りに蟠る赤い霧や、波打つように蠢く黒いローブの裾は飾りじゃないか。

 あのダメージの高い鎌をぶん回してくるだけなら正直言って楽なんだが

 ……なんせこのダンジョンのダンジョンマスターだ。流石にそれは甘すぎるな。

 

「これならどう!」


 クロエが言って震天雷をグリムリーパーに向ける。

 震天雷の切っ先が光って、鎖のように繋がって爆発が次々と起きた。

 赤い霧を吹き散らすように爆発がグリムリーパーに向けて迫る。


 爆発がグリムリーパーに達するより前に、黒いローブの裾が壁のように立ちあがった。爆炎が壁にぶち当たって吸い込まれるように消える。

 黒いローブの裾が壁と言うか波のようにグリムリーパーの周りを動いた。


「……震天雷が通らないなんて」

「確かに……こりゃ壁だな」


 クロエが言う。

 さすがに、この距離から安全に削り切るなんていう戦術を赦すほど甘くはないか。

 アイテムボックスの中にはまだLV9の攻撃用スクロールがそれなりに残っているが、そもそも市販のスクロールで死んでくれるような相手じゃないだろうしな。


 グリムリーパーが何か叫び声のような声を発して手を左右に大きく広げた

 グリムリーパーの周りを取り巻いていた赤い霧が、海岸の波のようにうねりながら迫ってくる。

 

 とっさに距離を取るが、霧が触れた肌に火傷のような痛みが走った。

 予想より遥かにこの霧は伸びてくる。

 

「こっちに来て、トリスタン!」


 クロエが詠唱すると地面に魔法陣が浮かんで、白い光が赤い霧を押しのけるように立ち上がった。

 防御方陣プロテクション・ウォールか。


 赤い霧が渦を巻くように光の壁の周りを回る。

 クロエの言う通り、あのローブの裾が防護壁みたいな感じだろう。もしかしたら攻撃手段にもなるかもしれない。


 そしてこの赤い霧で範囲攻撃をしてくる。

 霧を完全に避けることはできないだろうから、戦っている間はHPを削られ続けることになりそうだ。

 で、距離を詰めれば霧に加えてあの鎌が飛んでくるわけか。


 ただ、確実に分かることは、このままにらみ合っていても不利になるだけってことだ。

 この距離で魔法や飛び道具で撃ち合いをしても勝ち目はない。


 だが、問題ない。どうせ俺のやることは変わらない。 

 俺は案内人ガイドだ。魔法を使ったり、スキルによって遠くまで斬撃を飛ばせるサムライ孤高なる剣士ハイランダーとは違う。


 前に出て直接切る。

 こいつのために道を開くのが俺の務めだ。 


「行くぞ」

「待って」 

 

 クロエが俺の手を取って何かつぶやく。

 装飾された円に囲まれた白い十字架のようなのと、茶色の盾のようなの、そして放射状の光のような白い紋章アイコンが俺の周りに浮かんだ。

 HPを回復し続けてくれる持続回復コンティニュアル・ヒールと、防御力を高める加護ブレッシング、それに耐闇属性防御ターン・アゲインスト・ダークネスか。


 回復系と支援系の魔法、しかも両方とも王冠クラウン付きの上位魔法だ。

 さすがは星騎士ステラナイトだな。


「あの霧は確か闇属性よ。だからこれが効くはず」

「じゃあ行くぜ。しっかり援護してくれよ」 


 震天雷と村雨の刃を触れ合わせる。

 クロエが震天来を構えた。また爆発が起きて霧が吹き飛ばされる。

 森の中の獣道のように赤い霧が割れてグリムリーパーまでの道が繋がった。


 深呼吸して村雨を握り直した。 

 行くぞ!








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