第5話 5時間目

「!」

はっとして顔をあげれば、目の前には真っ暗闇が広がっていた。左手にある懐中電灯が、儚げながら暗闇を照らしていた。

「私……」

なにが起こったのか分からず放心していると、右手に持っていた紙が目に入った。

「あれ?私、さっきはキーホルダーを持っていたはず……」

しかし、逆にイルカのキーホルダーはどこにも見当たらなかった。自分のいる場所は変わっていないから、動いてどこかに落としたわけでもなさそうだ。しかし、周辺を探ってみたがキーホルダーは見当たらなかった。

仕方なく手元にあった紙を見る。それは、カエデの机に入っていたナツメからの手紙と言われているもののようだった。その中の文章はとても凄惨なもので、途中でアオイはいたたまれなくなって目を背けてしまった。

これを親友と信じていた相手から何枚も貰ったら、それは気を病んでしまうことだろう。でも、これは本当にナツメからの手紙なのだろうか。カエデはこの文字の形がナツメのものだと言っていたし、ナツメもそれを認めていたみたいだが……。

アオイはその場で考え込んだ。しかし、答えは出そうになかった。

「……ナツメ先生に聞いてみないと」

きっとまだ保健室にいるはずだ。彼女の体調を見ながら聞いてみることにしよう。

そう思い立ち、アオイは立ち上がると保健室の方に急いだ。


暖かい明かりの漏れる保健室を見て、アオイはほっとする。足早に扉に近づくとゆっくりと開けた。

保健室にはもうヒジリもツカサもいなかった。どこに行ったのだろうと思いながらゆっくり歩いていくと、ベッドをしきるカーテンの陰からナツメが顔を出した。

「あ、ナツメ先生!良かった、目が覚めたんですね」

そうほっとしたように言うとナツメが走り寄ってきて、アオイに抱きついた。

「アオイ先生!良かった、無事で良かった!」

そう言って体を強く抱きしめてくるナツメに困惑しながらアオイが口を開く。

「私は平気ですよ。とにかくナツメ先生が無事で良かったです!ところで、ヒジリ先生とツカサ先生はどこに?」

そう言うとナツメがきょとんとした顔をした。

「え?ツカサ先生もいたの?」

その質問に頷くとナツメは不思議そうな顔をした。

「ヒジリ先生には会ったんだけど、ツカサ先生は見なかったなあ。あ、ヒジリ先生は昇降口の鍵を探しにいったみたい」

「そうだったんですね」とアオイは相づちをうつ。どうやら、ツカサはナツメが目覚めるより先にどこかに行ってしまったらしい。

(犯人を捜す手伝いをしてくれているのかな……)

一人で校舎全体を捜索するのは大変なので、手伝ってもらえるのは非常にありがたい。心の中でツカサに感謝しているとナツメが不安そうな顔をした。

「昇降口、鍵がかかっているみたいだね。それで、カエデが自殺した理由を探らなければ外に出られないって……」

そこまで言ってナツメが涙ぐんだ。

「カエデが自殺したのは、きっと私のせいなの!私がカエデに冷たい態度をとったから……!」

そう言ってナツメが泣き始めた。アオイはナツメを思いやるように見ながら先ほど手に入れたあの手紙を取り出した。

「ナツメ先生、これ……」

アオイが差し出したその手紙にナツメがはっとした。

「アオイ先生、どうしてその手紙を持って……?」

アオイは先ほど起こったことをありのままナツメに話し始めた。


ナツメは話を神妙な面持ちで聞いていた。

「……そっか。じゃあ、アオイ先生には全てお見通しってことだね」

ナツメがそう涙で潤んだ瞳で笑った。彼女はアオイの言ったことを信じてくれているようだった。

「アオイ先生が見た映像に偽りはないよ。あのとき、確かに私はカエデが私以外の教師と仲良くなれるようにわざと距離を置いていたの。そうしたら、最初の方はよく私の所に来ていたカエデが段々来なくなっていって……。それで私、『きっと他の友達が出来たんだ』って思って……」

そこまで言ってナツメがうなだれた。

「でも違った。カエデは私にいじめられていると思って私を避けていただけだったの。そうとも知らずに私、たまにカエデにメールしたりして……。カエデにとっては苦しかったと思う。自分をいじめている相手から何食わぬ顔をしてメールが来るんだもの」

ナツメの声は震えていた。嗚咽が言葉に混じる。

「私、カエデが苦しんでいるのに気づいてあげられなかった。音楽室で喧嘩した後も、どうすることも出来なかったの。私が否定すればするほどカエデは私を嫌っていく。だからといっていじめていたことを肯定するわけにはいかないし……」

そこまで言うと、ナツメは自分のことを黙って見ているアオイにしがみついた。

「アオイ先生!お願い、信じて欲しいの!私、カエデのことをいじめてなんかいない!それは本当のことなの!」

必死なナツメを安心させるようにアオイは微笑んだ。

「勿論分かっていますよ。ここに入ってきたばかりの私に親切にしてくれたナツメ先生が、そんなことをするわけがありません」

そう言い切ったアオイに、ナツメはほっとした顔をした。

「ありがとう、アオイ先生……」

そう言った後ナツメはまたうなだれた。

「でも、いじめていなかったとはいえ、私のせいでカエデが自殺したのは紛れもない事実よね。私がカエデを自殺に追い込んだ犯人なんだわ」

そう俯くナツメにアオイは首を振る。

「いえ、まだ分かりません。もしかしたら、他の理由もあるのかもしれません」

そう言うアオイに弾かれたようにナツメが顔を上げる。

「大体、ナツメ先生を騙ってカエデ先生をいじめていた犯人が分かっていません。その人が誰なのか調べないと……」

アオイの言葉に決心したようにナツメも頷く。

「確かにそうだね。手の込んだいじめをしていたその人は絶対に許せない。なんとかしてその犯人を捜さないと!」

ナツメが涙を拭って憤る。自分と大事な友達の仲を引き裂いた人間のことが憎くて仕方ないだろうとアオイは彼女の心を思いやった。

「じゃあ、ナツメ先生。私、また何か手がかりがないか探しに行きますけど、一緒に来ますか?」

「あ、うん、行く!……ちょっと怖いけど」

そう言ってナツメが苦笑いをする。彼女は怖いものが苦手なのだ。明かりのない校舎を歩くのには抵抗があるに決まっている。

「ナツメ先生、大丈夫ですか?私一人でも平気ですから、ナツメ先生はここに残っていてもらっても……」

言い終える前にナツメが恐怖を振り払うようにぶんぶんと首を振った。

「だ、大丈夫!アオイ先生がカエデのことを助けようとしてくれているのに、私が何もしないわけにはいかないよ!さあ、行こう!」

そう言ってアオイの手を握り、ずんずんと歩き出す。アオイは気丈に振る舞うナツメを心配に思いつつ、彼女の優しさに顔を綻ばせた。


「さっきは音楽準備室に行ってみてあの回想を見たんです。きっと、カエデ先生にゆかりのある場所で手がかりが見つかると思うんです。ナツメ先生、どこか思い当たる場所はありませんか?」

ひんやりとした夜の廊下を歩きながらナツメに尋ねてみる。ナツメが首をひねって考え込んだ。

「う~ん、カエデは担任も持ってなかったし、放課後は音楽室でピアノをずっと弾いていたから……。……まあ、必ず一日一回は来た場所っていうと、職員室かな」

ナツメの言葉に、なるほどと思う。

「確かにそうですね。探したら何か見つかるかもしれません。行ってみましょう!」

アオイがそう意気込むように言うと、ナツメが「おー!」と賛同した。

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