ACT.07「決戦、その先の未来へ」

第六天魔王を知る勇者

 ユグドルナは変わってしまった。

 そして、今は戦わなければ生き残れない。もう、誰もが知ったのだ。王も貴族も、魔王の軍勢からは自分たちを守ってくれないと。そして、銃があれば戦えるとも知った。

 反魔王レジスタンスは、残る戦力の全てで決戦に打って出た。

 それをカイナは、遠く山の峰々みねみねから見下ろしていた。


「気になるだろう? カイナ。ほら、これを使いたまえよ」


 同行するシエルが、長い筒のようなものを渡してくる。

 中を覗けば、遠くの景色が鮮明に見えた。どうやら遠眼鏡とおめがねのようで、カイナは初めて使う。

 以前と同じ古戦場、平原で再び両軍は激突しようとしていた。

 その規模は、ここから見るカイナにもはっきりと読み取れた。


「銃の射手しゃしゅが三百に、セルヴォの率いる直掩ちょくえんの剣士たちが二百……相手は何千人という数だが」


 今も、魔王の軍には無数の旗がひるがえっている。

 コボルトたちが叩く太鼓たいこが、ドロドロと不気味な音を響かせていた。その陣容を見れば、今は出陣前の祈りの時間らしい。司祭らしきオークが、祝詞のりとささげながら踊っていた。

 あの儀式が終わる時、魔物たちは津波となって押し寄せる。

 対して、オラクルの街を背後に守って、セルヴォたちは少数での防衛戦を強いられるのだ。

 だが、その事自体がすでに想定済みで、セルヴォの最後の策だ。

 共にいてやりたいが、カイナは今は側を離れて、少数で魔王軍の背後を目指す。


「カイナ君っ、わたしにも見せてっ! わー、ちょっと心配……こうして俯瞰ふかんすると、ますますやばい感じだよねえ」


 ユウキは呑気のんきなもので、遠眼鏡を渡してやると興味津々で覗き込んでいる。

 彼女がセルヴォにさずけた知恵とは、いかなるものだろうか。

 この物量差をひっくり返すだけの力が、新しいライフル銃にはあるのだろうか。

 シエルも興味津々きょうみしんしんのようで、自分用の双眼鏡で様子をうかがっている。


「見て、カイナ君。魔王軍が動き出した……始まるよっ」


 ユウキが返してきた遠眼鏡を、再び目に当て平原を見下ろす。

 その真横に密着して、ユウキは抱きついてきた。今はまだ鎧を着ていないから、むにゅりと柔らかな感触が道着の上から肌に浸透してくる。

 思わず声が上ずるが、構わずユウキはほおに頬を寄せてきた。

 どうやら、カイナの横から戦いの様子を見たいらしい。


「お、おい、ユウキ。あまりくっつかれると」

「昔ね、わたしの国にもいたんだ……魔王が」

「チキュウのニホンとかいう土地だな?」

「そそ。その魔王は、鉄砲で日本の世界を変えたの。地球には魔法がないから、鉄砲は画期的な武器だったのね」


 銅鑼どらの鳴る音が響いて、魔王軍が雄叫びと共に進軍を開始した。

 地鳴りが響いて、沸騰した空気の熱さがここまで伝わってくるようだ。

 カイナは自然と、土煙を上げる行軍の中にあかい影を探した。カエデは前線指揮官として、恐らく出ている筈だ。彼女の性格なら、セルヴォ同様に先陣に立つだろう。

 カエデは、リベンジを果たしたとは言え、一度はカイナを破った女だ。

 傲慢ごうまん不遜ふそん、おおよそ人間が持つ悪い魔族のイメージそのものにも思えたが……彼女が魔王オロチに見せた表情は、少し違っていた。

 今も、その時の横顔が脳裏を過る。


「いない、な……後方に控えているのか?」

「っと、ごめんカイナ君! こっちこっち、こっち見て」

「引っ張るなよ、どれ……む!」


 銃声が響いた。

 百丁のライフル銃が、一斉に火を吹いたのだ。

 そう、百丁……三百のライフルと使い手とを、セルヴォは三つの隊に分けた。そして、それぞれを横隊おうたいで三列、100×3に編成したのである。

 これは全て、ユウキのアイディアらしい。


「日本の魔王はね、鉄砲が撃つたびに面倒な装填作業があることを知っていた。その弱点を知恵でカバーしたの」

「それが、あの妙な隊列か? あれでは、攻撃力は三分の一になってしまう」

「そだよ? でも、繰り返し途切れなく撃てる三分の一の方が、絶対に強い。銃は撃ったら、掃除と弾込めの時間が必要……つまり、射撃、掃除、装填の三つのサイクルなの」

「読めたぞ……それを繰り返し、最前列を交代させながら続ける訳か。二列目が装填、三列目が掃除をしている間に、一列目は常に撃ち続ける」

「そゆこと!」


 一斉射で魔王軍は僅かにひるんだが、構わず突撃を続けている。

 その最前線には、地鳴りを引き連れる大型のモンスターが無数にうごめいていた。

 だが、間髪入れずに二射目、三射目が放たれた。

 そして、そのつぶての嵐は途切れない。

 総力戦ゆえに全ての備蓄を解放した、最大火力をセルヴォはぶつけ続けた。それは、射撃のあとの隙を突こうと、突出してきた魔王軍の兵をはちにした。

 セルヴォは、ユウキの教えをそのまま実行しているだけではない。列の交代は、同時に後退を兼ねている。魔王軍が押してくれば、その距離の分だけ下がる。撃った列は下がって、最後尾に回る、その分だけ距離を稼ぎ直しているのだ。

 シエルも身を乗り出して、興奮を隠せない様子だ。


「よーし、よしよし! いいじゃないかあ、セルヴォ。少ない手勢でよくやってる」


 魔王軍は数において優勢だが、無数の雑多な種族で構成された軍隊だ。ゴブリンやオーク、コボルトといった雑兵ぞうひょうたちの間には、必ずしも連携が充実しているとは言いがたい。

 その証拠に、銃の射撃が途切れぬことに気付いて、魔物たちは慌てふためいた。

 今度は、三列でのサイクルを繰り返しながらセルヴォたちが前進する。


「……頭のいい男だったんだな、ユウキの国の魔王は」

「だね。でも、その最期さいごは悲しいものだった。部下に裏切られて死んだの」

「そうか。だが、オロチにそういう配下はいないだろう。昨日のカエデを見ればわかる」

「うん。魔物たちは互いに仲が悪かったけど、オロチ君は誰もが慕ってた。オロチ君ね、こんなこと言うと変だけど……あの子、優しいのよ」


 オロチは、迫害される魔族のために立ち上がった。そして、多くの魔物たちを従えている。彼はその魔力で、相手を問わず誰でも治療し、怪我や病気から救ってきたという。

 見方を変えれば、彼は魔族とモンスターの救世主メシアだ。

 そして、人間はその敵という訳である。


「……やはり、妙だな。カエデはいないのか? 魔王軍が脆過もろすぎる」

「あっちが片付いちゃうと予定が狂っちゃうね。急ごうか、カイナ君!」

「ああ。シエル、そろそろ進もう」


 シエルは手を振り戦場に叫んでいたが、名残惜しそうに双眼鏡をしまった。

 カイナたち三人は、別働隊だ。

 こうして魔王軍の主力が戦場に出ている間に、敵の拠点を急襲するのだ。

 時間、そして速力が武器だ。

 勝敗に関係なく、魔王軍が戻ってくれば、数では勝負にならない。だが、手薄な今ならば魔王の本拠地を衝ける筈である。

 そのためにカイナたちは、平原を迂回して山越えをするのだ。


「いざ、王都……恐らく、オロチはそこにいるはずだ」


 既に王国の首都は陥落し、魔王軍の拠点となっている。

 レジスタンスの中でも、念信ねんしんの魔法に長けた者たちが斥候せっこうになってくれた。決死の偵察任務で、僅かだが情報も得られている。しかし、危険な仕事をこなしてくれた何人かは、戻ってはこなかった。

 その犠牲にむくいるためにも、戦いを終わらせなければいけない。

 例えそれが、魔族の中に第二第三のカルディアを生み出してしまっても……その喪失に打ちひしがれ、憎悪に燃える復讐鬼を生み出してしまってもだ。

 カイナが歩き出せば、ユウキとシエルも続く。

 その足取りは気負いもなく、交わす言葉も普段と変わらなかった。


「そういえばさ、シエル。ついてくるなんて意外なんだけど?」

「はっはっは、ユウキ。君の借金を思えば、当然じゃないかな」

「そ、そぉ?」

「だって君、いつかは故郷に……その、ニホンとかって場所に帰るんだろう? それは恐らく、魔王オロチが方法を知ってると見たが、どうだい?」

「お見通しかあ……ま、オロチ君がわたしを召喚したんだもの。当然よね」


 そう、ユウキは異世界の人間……地球の日本から来た。

 ならば、ことが済んだら帰るのが道理である。

 そのことにカイナは、今更ながら気付いた。ユウキと、別れ離れになる。カイナは地球も日本も知らないし、どこにあるのかさえわからない。ユウキは星空の向こうだなどとうそぶいているが、それだけ遠いという意味だろう。

 ふと、思わずカイナは立ち止まる。


「とっとっと、カイナ君? キミ、どしたの?」

「ユウキ、先に言っておく」

「ほへ? な、なにさ、改まって」


 振り向けば、すぐ間近にユウキの顔があった。

 しきりにまばたきする彼女は、大きな瞳に無数の星を輝かせていた。

 見詰めれば吸い込まれそうで、思わずゴクリとのどが鳴った。


「ユウキ、上手く言えないが……俺はお前が好きだ」

「って、ド直球!? ちょ、ちょっと、なによ突然っ! ……もぉ、そんなの……そんなの、知ってるし。とっくにだしぃ」

「戦いが終わっても、お前と一緒にいたいんだ」

「……うん。それは、わたしも思う、けど」

「今はそれだけ言っておく。続きは必ず、魔王を倒して生き残ってから話そう」

「そだね。うん、ありがと。もー、いつもカイナ君はストレートだなあ」


 ニフフとユウキが笑った。

 彼女の笑顔が、不思議とカイナは落ち着くのだ。

 今まで、自分の中でこんなにも大きく膨らんだ感情はなかった。セルヴォやカルディアとも違う、それは好きという感情なのに大きさが段違いなのだ。

 そして、形や温度、柔らかさが異なっているということがまだわからない。

 カイナは鈍感な朴念仁ぼくねんじんで、ようやく好きに大小があることを知ったに過ぎないのだ。

 そこに、しまらない笑みでシエルが語りかけてくる。


「なあ、カイナ! 俺はどうかな? 俺は君のこと、好ましいと思うけど。つまり、好きってことなんだがね」

「ん? ああ、シエル。お前にも感謝しているぞ。俺もお前のことが好きだ」

「やたっ! はは、本当にカイナは素直で裏表がないなあ」


 だが、ユウキは不意に「むーっ!」と頬を膨らませた。そしてそのまま、くちびるとがらせて先に進んでしまう。

 カイナには今、どうしてユウキが不機嫌になったのかが理解できなかった。

 またあの笑顔が見たい。

 笑顔でいてほしい。

 そう思って追いかける。

 その背は、シエルのいかにも愉快そうな声を聴いていた。


「君たちについてけば、面白いものが見られるからね。それに、俺の発明だって役に立つ筈さ。そうだろう、カイナ? ユウキもさ」

「知らないよ、もぉ! あとキミね、カイナ君! そういうとこ、本当にそういうとこなんだからね!」

「ま、待ってくれ! 今、どうして怒ってるんだ。教えてくれ、俺にはわからない」


 プンスカと強い歩調で、ユウキが歩く。

 じゃれつくようなシエルを連れて、カイナも首を捻りながら後に続いた。

 戦場からはまだ、ユグドルナの明日を賭けた戦いが今も鳴り響いているのだった。

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