第二章 銀狼騎士団編

第11話 どうしたものか


「何が銀狼騎士団だ、そんなに狼が好きなら狼になっちまいな!」


 という冗談みたいな理由で狼にされてからもうすぐ一年が経とうとしている。

 血反吐を吐きながら俺に最期の呪いをかけたあの老魔女には、今では感謝すらしている。

 狼になったおかげで、リナに会えたから。


 相変わらずリナは眩しいほどに美しい。

 光の輪をつくるサラサラの黒髪、俺とは少し色味の違う美しい肌。

 黒目がちな瞳は相変わらず俺の心をかき乱し、邪気のない笑顔は俺の心を温かくさせる。

 その上、解呪の力まであるというのだから彼女を手放せるわけがない。

 だが、約束の時は迫っていた。

 あとふた月ほどで、約束の一年になる。

 先月から、リナはその時の話をし始めた。どうやら家を借りるつもりらしく、決して迷惑をかけないから可能なら保証人になってはもらえないかと。

 王都では保証人がいないと家を借りることができないからな。

 だが、ショックだ。

 のらりくらりと話を誤魔化してきたが、今日はちゃんとその話をしてほしいと言われた。

 みっともなく逃げ回る作戦は、いつまでも通用しないようだ。

 だが、俺には切り札がある。

 解呪が、まだ完全じゃない。

 夕食後の二~三時間程度だが、俺はまだ狼になっている。

 そこを前面に押し出していくしかないだろう。


 話し合いは、夜に行うことになっていた。

 俺は騎士団復帰の準備のために、昼間は色々と動き回っているから。

 騎士団から屋敷に戻って夕食を済ませ、狼の状態で隣の部屋のリナに声をかけたが、人間に戻ってから話したいという。

 ……どんな話をされるんだ。

 いや、家の話なんだが、不穏な気配とでも言うのか。なんだか恐ろしい。


 人間に戻ってから、再度隣の部屋のリナに声をかける。 

 今度はリナは扉を開けてこちらに来た。

 メイドにお茶を用意させ、下がらせる。

 リナが作ったハーブのお茶はとても香りがよく、安眠効果もある。

 薬だけでなく石鹸やお茶、化粧水など、彼女はハーブを使った様々なものを作ることができる優秀な魔女だ。

 惚れ薬も作ってくれないかなという邪な考えを、なんとか頭から追い払う。


「なぜ今日は狼の時に会いたがらなかったんだ?」


 人間のシルヴァンより狼のシルのほうが好きなリナだというのに。

 自分で考えといてむなしいが。


「シルのときだと、なんだか……いつもみたいにモフモフして終わってしまいそうで」


 なんだ、この感じ。

 別れ話でもされそうな雰囲気になってきた。

 付き合ってすらいないというのに。


「リナはこの家を出ようと思っているのか?」


「……はい」


 申し訳なさそうにリナがうつむく。

 やっぱり彼女はここから出ていきたいのか。

 胸が痛い。 

 

「なぜ? ここでの生活は嫌なのか? 誰か意地悪をする者でも?」


「いいえ、それは違います! みなさん本当に親切にしてくださって、居心地もすごくいいんです」


「では俺の側にいるのが嫌なのか?」


 自分で言っていて死にそうな気持ちになる。

 ここで「はい」と言われてしまったら、俺はショックのあまり椅子から転げ落ちるかもしれない。


「違います。シルヴァンさんはすごく優しくしてくれるし、嫌なことだって一切しません。シルヴァンさんが嫌だなんてことはありません」


 ひとまずほっと胸をなでおろす。


「ではなぜ?」


「その……居心地がよすぎるんです。なんでもやってもらえて、食事もおいしくて。ここでの生活に慣れるすぎると、自分が何もできない人間になってしまいそうで」


 嫌でないのなら、なぜその快適な環境に甘えてはくれないのだろうか。

 解呪が完了したら俺がここから追い出すとでも?

 俺は一生側にいてほしいと思っているのに。

 告白すらしていないのだから、それをリナに察しろというのも酷な話だが。

 なら告白すればいいんだろうか。

 だが、リナが今俺に対して抱いているのは「好意」ではなく「好感」だ。

 告白したらおそらく断られ、ここから去ってしまうだろう。

 それだけは嫌だ。

 そんなことになるくらいならいっそ、この家に閉じ込めて……。


「シルヴァンさん?」


 呼びかけられて、はっとする。

 俺は、いったい何を考えているんだ。

 リナは人形じゃない、意思がある一人の人間だ。すべて俺の思い通りに動くはずもないのに。

 俺はリナのことになるとどうもおかしくなる。同時に、理性を取り戻してくれるのも彼女だというのも皮肉な話だが。

 一口ハーブティーを飲むと、少し心が落ち着いた。


「リナの気持ちはひとまず分かった。だが、俺の気持ちとしては、期限が過ぎてもリナにはここにいてほしいと思っている」


「解呪が完全ではないからですか?」


「それもある。仕事をして俺の解呪もして、でも家は別で……ではまず時間的に無理だろう」


「もちろん、解呪を途中で投げ出すつもりはありません。一年ちょうどで家を出ようというわけじゃなく、ちゃんとシルヴァンさんが完全に人間になってからという話です」


 時間に猶予ができたことで、俺も少し余裕を取り戻す。


「なら、もう少し先の話だな。今の解呪のペースなら、期限の一年では終わらないだろう。俺が家をあけるようになってから、やはり解呪のペースは落ちているようだしな。家の話はもう少し解呪が進んだ時に考えよう。慌てる必要はない」


 半分は自分に言い聞かせる。

 リナに拒まれるほど、自分が焦るほどおかしくなるのはわかっていたから。

 解呪のペースの話は本当で、やはり接している時間に比例するようだ。

 なら顔を合わせる時間を極限まで減らせば彼女はずっとここにいてくれるのかとも考えたが、それはそれで寂しい。


「でも……」


「何も心配いらない。俺はあちこちに顔がきくから、家を見つけようと思えばすぐに見つけられるよ」


 やや強引に話を終わらせようとする。

 ああ、俺はまた嘘をついた。

 家を探す約束を守る気なんてさらさらないのだから。


「ただ、俺はリナにずっとここにいてほしいと思っている。恩人だからじゃない。リナが来てくれてから、この家に明るい光が満ちたようだ。俺はリナと一緒にいると楽しいし、使用人たちも優しい客人がいてくれて喜んでいるよ」


「そんなことは」


 照れたようにうつむく。

 やっぱりリナはかわいい。ずっとこんな表情を見ていたい。

 閉じ込めるなんて馬鹿な真似をすれば、もう俺に微笑みかけてはくれなくなるだろう。

 そんなのは辛すぎる。


「ひとまず、家の話は後日でいいか?」


「……わかりました。私もそれまでに薬草園に頼らず薬草をどうするかとか、色々考えておきます」


 考える必要はないんだがな。

 まあ、今はいい。

 この話を続けるのは俺の精神衛生上よくない。


「それで、その。家はまだしばらくお世話になるとして、外に働きに出たいと考えています。薬づくりは続けますが」


「そうだな、そっちも考えなくてはいけないな」


 それも自立の準備かと思うと心が騒いだが、家にいてくれるならこっちは我慢できる。

 俺ももう間もなく騎士団に復帰するから、昼間はほとんど家をあけるだろうし。

 

「やっぱり薬関連の店を探すのか?」


「職業あっせん所に行ってみて、募集があれば。なければ短時間からでもできるレストランのウェイトレスとか、なんでもやってみようと思っています。ちょっと怖いけど、人にも慣れていかなければいけないし」


 ……ウェイトレス?

 リナが、ウェイトレスになるだと?

 膝上のふんわりスカートに白のフリル付きエプロン?

 さらにその美しい脚に白いニーハイタイツ?

 隠された部分にはガーターベルト?

 俺の煩悩を凝縮したようなそんな服装をするというのか!?

 なんだそれは、見たい。ものすごく見たい。

 こんなにかわいいウェイトレスがいるレストランなら毎日通ってしまう。

 しかし!!

 それは俺以外の男にとってもきっと同じだ。

 狂犬アレスすら手土産を欠かさず持ってくる始末だ、リナが表に出てしまえば多くの男を虜にするだろう。

 かわいいから、ナンパされてしまうかもしれない。

 ナンパだけならリナが断って終わりだろうが、尻を触ったりする男も出てくるかもしれない。

 目の前でそれをやられたらそいつの手を斬り落とすだろうが、俺は騎士団、リナはレストランと離れてしまえばせいぜい昼休みの時間くらいしか守ってやることができない。

 いや、街中のレストランなら馬を使っても茶を飲む程度の時間しかいられないだろう。

 どうしたものか……。


「どうかしましたか?」


「いや、リナの働き口について、ちょっとな。あっせん所に行くのは少しだけ待ってもらってもいいかな? もしかしたらツテでいい働き口が見つかるかもしれないし」


「わかりました」


 やっぱり離れるのは心配だ。

 過保護だという自覚はあるが、もう自分でもどうしようもない。

 どうしたものか。

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