4 巨乳人狼広告詐欺事件




 昼休みに姿を消して以降見つからない群雲むらくも千月ちづきを探しているうちに、気付けば放課後――彼女は午後の授業にも顔を出さず、蒼詩そうたの中にあった漠然とした不安はだんだんと無視できないものになっていった。


「さて、陽木ようぎくん。本日の我々の活動は、一部生徒がどうしても行いたいと断固として譲らなかった、この新入生歓迎会の管理運営だよ」


 そういう訳で放課後、蒼詩は体育館の片隅に立っている。


「といっても、僕たちの仕事はみんなが羽目を外しすぎないよう監督することにある。まあ本番は明日だけどね」


「正直、今のおれはそういう気分じゃないというか、むしろ全て忘れて羽目を外したい気分というか……」


「どうしたのかな。何か悩みがあるなら、この先輩が聞いてあげるよ?」


 なるべくなら、この人――部長には頼りたくない。この『名探偵』に打ち明けた瞬間、千月の失踪が本当の「事件」に発展してしまいそうな不安があるからだ。


 ただ、まあ、例の「弱味」を握られた件に関しては部長に相談した方が早いかもしれない。部長も蒼詩としぐれの関係を――別に禁断でもなんでもない、ごく普通の教師と生徒であることは知っている。後ろめたいことはないのだから、事情を話せばきっと良い解決策をもたらしてくれるだろう。


「ところで陽木くん」


「はい……?」


「この歓迎会の運営にかかわるにあたって、僕たち互助会も何か出し物をすべきではないかと思うんだ。このパーティーは部活動の新入生勧誘も兼ねているからね。他の部もいろいろと出し物をする訳だから」


「そりゃ、他の部は何かすることあるでしょうけど――自研ならペットボトルロケット打ち上げたり――でも、うちはそういう分かりやすい活動してないですよね。出し物って……宴会芸みたいなことでもする気ですか?」


「何かこう、互助会に興味を持ってもらえるような催しがしたいよね」


「はあ……。強みを活かすというか、互助会にしか出来ないことをアピールする……みたいな?」


「そうそう、そんな感じ。たとえば……陽木くんのその広く浅い人脈を活かして、何か出来ないかな?」


「そんなこと言われても……」


 言うほど広い人脈がある訳でもない。そんなものあれば、すぐにでも千月を探し出せることだろう。


(それともなんだ、暗にそうしろってアドバイスしてくれてるのかな……。根は良い人だしな、この人)


 さすがに名探偵、明確な関与こそしないものの、それこそこちらの意を汲んでいるという訳で、案外全てお見通しなのかもしれない。


(それはそれでもう、「事件化」しちゃいそうな気もするけど――)


 ともあれ、気分転換がてら少し出し物について考えてみようか――


「視聴者参加型ってどうですかね、見てる新入生も参加できる……クイズ形式的な」


「なるほどね。じゃあこういうのはどうだろう、巨乳人狼」


 さも定番イベントであるかのようにしれっと言ってくれたが、「巨乳」と「人狼」というワードの繋がりに意味を見出せない。いったいどんな思考を経たのだろう。名探偵の思考は飛躍しすぎて凡人には理解できない。


「また突拍子もない……なんですか、そのセクハラ人狼は」


「『人狼』は知ってるよね。村人の中に紛れ込んだ人狼を見つけるゲーム」


「ええ、まあなんとなくは……」


 平和な村で突如として起こる殺人。その犯人は村人に化けた人狼。生き残った村人たちは自分たちの中に紛れ込んだ人狼を見つけ出し、始末しなければならない。さもないと、毎夜一人ずつ人狼の餌食になっていく――らねば、られる――


(こういうゲーム、あいつが好きそうだと思って――)


 結局一度も遊んだことはなかったのだが、それはともかく。


「で、巨乳とは」


「巨乳しかいない村の中に、一人だけ、巨乳でない――虚乳きょにゅうの人物がいるんだ。その人物を、村人たちの言動のなかから見つけ出す」


「説明されても何を言ってるのかさっぱりなんですが」


「たとえばね、村人が一人ずつ、『巨乳あるある』を言っていくんだ。胸が大きすぎて肩が凝るとか、サイズの合う服がない、とかね。実体験を語ってもらう。で、村人の中の一人は巨乳ではない、つまり虚乳な訳だから、そういうあるあるが出てこない。出たとしても信ぴょう性に欠けるんだ。その虚乳を観客に見つけてもらう。もちろん、村人の姿は隠して行う。……なんなら虚乳の人には偽乳にせちちをつけてもらうってのもありかもね」


 実に饒舌に説明してくれたので部長の言わんとしていることはなんとなく分かってきたのだが――それには一つ、というかだいぶ問題がある。


「――なんですか、リアル巨乳の女子に協力を頼めと? そんないます? 見るからに巨乳って女子……」


 パッとは浮かばないが――そう言えば昼に見た生徒会長はそれなりのサイズがあった。絶対引き受けてくれるとは思えないが。


「じゃあ逆に、本物の巨乳を見つけてもらうことにしよう」


 それならリアル巨乳女性は一人見つかれば済む――とかいう話じゃない。


「なんなら全員虚乳でもいいかもね。巨乳のふりしてもらおう。とりあえず巨乳って言っておけば人も集まるでしょ」


「あの、出演交渉しにいくのどうせおれですよね? おれの立場とか今後のあれこれとかその辺のこと考えてくれてます? ……というかそれ誰得だれとくなんですか。おじさんしか喜びませんよ。ていうかあんたの思考がエロ親父だよ」


「男子は喜ぶのでは?」


「女子は不快な想いをしませんか――と、なぜか男であるおれが女の部長に抗議している……」


 言っていて、なんだか頭を抱えたくなった。


「普通に人狼でいいのでは……?」


「思春期真っ盛りの男子高校生にしては、実に理性的だね」


「どうも……」


 会話が止まり、蒼詩は体育館の舞台周辺で何やら忙しそうに作業している生徒たちを眺めることにした。見知ったクラスメイトの顔もちらほらとある中、意外な人物を見かける。


(欠席続きの不良生徒がクラスメイトと協力している……。捨て犬を拾うヤンキーを目撃した気分だ……。何かの罰かな。――うわ、委員長もいる……さっきの巨乳人狼の話聞かれたら、弱味バラされなくてもおしまいだよ、おれ……でもワンチャン、部長の名前出せば見過ごしてくれそうな気もする……)


 壁にもたれていると、立っているにもかかわらずなんだか頭がぼんやりと、眠くなってくる。


(夢見心地というか、なんというか……)


 男子も女子もみんな協力し、仲良さげなクラスメイトたちの中に、彼女の姿がない――それなのに、みんな平然としている――



「おや、――どうしたの? 何か事件?」



 なぜ、こいつはいつも開口一番――


「げ」


 突如目の前に現れた人物に、蒼詩は開いた口が塞がらなかった。


 夢であったら覚めてほしい――よもや、今一番会いたくない、なるべくなら会わせたくない人物と一緒にいるところを――


「げ、って何? げって。ゲシュタルト崩壊?」


 大きな瞳がきらりと光る。後ろ手に小首をかしげこちらの顔を下から覗き込むように見つめてくる。肩までの黒髪が揺れて垣間見える白い耳。目を凝らし耳を澄ませ、身の回りのありとあらゆる情報を貪欲に欲しているかのような彼女は、


小晴こはる……貴様なぜここに」


「そりゃいるよ、パーティーは事件が起こる定番だからねっ」


 現れたのは、明咲あきさき小晴――蒼詩の、昔からの顔なじみ。

 いわゆる、幼馴染みの女の子。


「おや陽木くん、彼女は? もしかしてお付き合いしてる感じ? ははん、それで巨乳に食いつかなかった訳だ」


「巨乳? なんの話? というかそうたん、この人は?」


「おのれ部長……」


 この顔は全て察している時の顔だ。蒼詩が幼馴染みを部長となるべくなら会わせたくないのを知った上で――


「壁に耳あり障子にメアリー、私はすでにご存知なんだなぁ、これが」


「1年にメアリって子いるから、そういうジョークは控えた方がいいぞ」


「おや陽木くん、早くも1年生に目をつけてるのかい? ところで話を逸らそうとしているようだけど、」


「はいはいはいはい――分かってますよ分かりましたよはいはいはいはい」


 もはや自棄だ――いずれこうなるだろう覚悟はしていた。そのためのシミュレーションもばっちりだ。同じ学校内である。いつかは出会うし小晴のことだから既に部長や互助会について耳にしているだろう。むしろ知らない方が驚きというか何か裏があるのではないかと勘ぐってしまうくらい――


 名探偵を志す厄介な幼馴染みと――陽木蒼詩が唯一名探偵だと認め、最も警戒している人物――その遭遇を、大人しく受け入れる。


 そしてさっと両者の紹介を済ませる。


「はい、おしまい」


 あとはもう、どうとでもなれ――小晴が互助会に興味を示し、部に入りたいと言い出すかもしれない。本物の名探偵を目にしてよりその妄想を暴走させるかもしれない。あるいは本物を前にしてその実力に感銘を受けたり、自分に自信をなくしたりするかもしれない。

 まず間違いなく面倒なことになるだろうから、なるべくなら会わせたくなかったのだが――どうなるかは、なってみなければ分からない。だからもう、なるようになれ。


「…………」


 心身ともに「お手上げ」を示す蒼詩の前で、二人が親しげに言葉を交わす。実は以前から知り合いだったのではないかと疑いたくなるくらい意気投合していた。


(一つの作品に、名探偵は二人もいらない――共存は出来ないんだ――となれば、かませ犬になるのは決まっている――)


 直近にこれといった問題は――まあ、なくもないが、危惧したようなトラブルには発展しないだろう。部長は誰かさんと違って大人だし――


「そうだ陽木くん、互助会の出し物だけど――昼にあった、群雲さん殺人事件の推理をするっていうのはどうかな?」


「は……?」


「人を集めてきてもらえるかな? ――きみを脅迫してる子とか、ね」


 悪いようにはしないから、さ――と。


 まるで全て見透かしているかのような笑みに、寒気を覚えた。



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