棒読み倶楽部へようこそ!

浦 かすみ

第一棒

私が棒読みをしてしまったのは、自分の意思ではない。普通に学園に来ていて、食堂でランチを食べている時に起こったのだ。


一緒にランチを食べていた、ハテアナ=マイカ伯爵令嬢がその言葉を話し出した途端、ソレは突然起こった。


「ほら、あの子ですわよ。今こちらに歩いて来る…転入生の、リアシャ=メイデイ子爵令嬢!」


ハテアナの言葉を聞いた瞬間、体が動かなくなった。


な…なに?何が起こったの?金縛り?……ん?金縛りって何だ?


その時、体が勝手にギギギ……と私の意思とは関係なく動き、私達の横を通り過ぎようとしたストロベリーブロンドのすごく可愛い女の子に、とんでもない言葉を私の意思とは裏腹に口が勝手に話し出したのだ!


「あーらいやだ!とんでもない、いなかものがはいってきたのね!しょくじがまずくなりますわ」


な……何だって?自分の口で言った言葉に愕然とする。当然の事ながら、自分の意思とは無関係に口が勝手に話してしまったので、私の言葉に感情が籠ることは無い。


私の言葉はとても素晴らしい棒読み状態になっていた。


すると横を通り過ぎようとしていた、ストロベリーブロンドの女の子が驚愕の表情を浮かべて、私を見た。


待って待ってぇぇ誤解しないでぇぇ!?私の口が勝手に言ったのよぉ!?決して本心じゃないからぁ!


と、心の中で叫んでみてはいるが、私の体はまるで操られているかの如く、腕を組み口の端を吊り上げて笑っているのが、突っ張らかった頬の筋肉で分かった。


すると、ガクガクと震えながらピンクブロンドの可愛い子…え~とリアシャさんだったか?が


「なんてひどいいかたをするのよ!わたしがなにかしたの?」


彼女も見事な棒読みで返してきた!気持ちがスッ……と冷静になった。リアシャさんの瞳を見る。


リアシャさんは死んだ魚のような目だった!


きっと私も同じような目をしていたに違いない。目でアイコンタクトを取った。


「まあっちょっとぉ聞いたぁ!?こちらにいらっしゃる方がどなたがご存じないの!?」


びっくりして、体は相変わらず動かないけれど、目だけで迫真の演技?をみせているハテアナを見た。


ハテアナは私とリアシャさんより演技力は上だった……ハリウッド女優ばりの迫真の演技だった。


「シャリアンデ=マカロウサ公爵令嬢…王太子殿下、ディリエイト殿下の婚約者よっ!」


やはりハテアナはめっちゃ迫真の演技だった……そもそもだけど、私とリアシャさんのダブル棒読み演技が見事に華麗にスルーされている気がするんだけど、どういうことなの?


リアシャさんはまたガクガク体を震わせながら


「こんやくしゃ……でぃりぃの……かれはこんやくしているのね……」


と、またまた迫真?の棒演技をぶつけてきた。もう分かっている。リアシャさんも体が言う事を聞かなくて無理矢理、口が動いているのだ。だって目が死んだ魚の目だものね!


リアシャさんはロボットみたいな動きで、食堂を出て行った。


「あ……」


急に体の強張りが取れた……思わず体を擦る。


「シャリー、お腹いっぱいなの?全然食べてないじゃない?」


「え?……あ、うん」


またびっくりした。さっきあれほどの迫真の演技を見せていたハテアナが、先程の事なんて何かありましたか?みたいな雰囲気で私に話しかけてきた。


ゾッとした。もしかして……いやまさか?ハンバーグを食べながら自分の記憶を探る。


ああ、そうだ。どうして忘れていたんだろう。どうして今、気が付いたんだろう。


私って『愛☆フリシェリアーナ~学園編~』の乙女向け恋愛シミュレーションゲームの悪役令嬢だーーーー!


どうなってんだコレ?嘘でしょう…


食堂の中は先程の私と主人公のやり取りなんてまるで無かったような、いつもと変わらない賑やかな感じだ。


なにこれ怖い……さっきのあのシーンはゲームの中の一コマなんだよね?私は主人公を苛めるシーンを演じていた…で間違いないよね?


まあ、心が籠らずに見事な棒演技だったけど。そこは素人なので勘弁して欲しい。


そのシーンに突入した瞬間に、体の自由を奪われた。そうか……主人公絡みのメインシナリオの話になって、リアシャさんが出て来たからだ。しかし私は悪役令嬢の台詞なんて憶えていない。


一応ゲームはプレイしていたので、おおまかな話は憶えているが、シャリアンデ=マカロウサの台詞の一語一句なんて暗記なんてしている訳ない。


でも強制的に何かに言わされた。そうか、これがかの有名なゲームの強制力ね。


私はランチを食べ終わるとハテアナと食堂を出た。食堂を出て廊下を歩きながら、窓ガラスに映った自分の姿にげんなりする。紫色の大きな吊り上がり気味の瞳…紫紺色の重い髪色のクルクル巻き髪。


おまけに一番苦手なフリルやリボンのついた、馬鹿みたいに派手なデザインに制服を魔改造しているじゃない!これは一番苦手な装いだ…取り敢えず頭に装着している、どデカイピンク色の髪留めを外した。


「どうしたの、シャリー?」


「ううん、なん…っ!?……ごめんなさい、少し図書室に寄ってから戻るから、先に教室に行っていて下さる?」


「え……ええ、それじゃあお先に」


ハテアナはそう言って先に教室に戻ってくれた。私は廊下の角を見る。


そこには私を見詰める、死んだ魚のような目の持ち主、リアシャ=メイデイ子爵令嬢が居る……彼女が歩き出したのでゆっくりと彼女の後を追随した。


人気の無い裏庭でリアシャ=メイデイ子爵令嬢は足を止めて、ゆっくりと私を顧みた。


「初めまして…リアシャ=メイデイで御座います」


「初めまして、シャリアンデ=マカロウサと申します」


私は思い切って挨拶と共にリアシャさんに斜め45度のお辞儀をしてみた。


「やっぱり!あなた日本人ね!」


「っ……!ということはあなたも!?」


私はリアシャさんの瞳を見た。その覗き込んだリアシャさんの瞳は死んだ魚の目じゃなかった!


リアシャさんは私と同じく綺麗なお辞儀をした後、


「すみません更に確認したいことが……アイフリ、『愛☆フリシェリアーナ~学園編~』をプレイしたことはありますか?」


と、そう言った。私は歓喜の悲鳴を上げた。


「あっありますっ!アイフリは一番好きなゲームなんですぅ!」


「きゃあ!私もそうなんですっ!」


思わず、リアシャさんの手を取ると、リアシャさんも手を握り返してくれて2人でいつの間にか泣きながら抱き合っていた。


そして、リアシャさんとこの現象について語り合った。


リアシャさんはこのゲームの主人公で自分の事を認識したのは、この学園に足を踏み入れた瞬間だったそうだ。


「それまで普通に歩いてたのよ?この学園の門を潜った途端、体が強張ってね…口が勝手に動いて『わあ…ここがコヨリダ魔術学園か~』って大きな声で独り言を叫んでいたのよ、何だこれっ?!て思ったよ」


「ひえぇ…まさにナンダコレ、だね。モノローグの後…門前で確かそんな台詞を主人公が言ってた気がするわ。そうか…傍目には大きな独り言よね…これはつらぁ」


リアシャさんは大きく大きく、頷き返してくれた。


「その後も酷いもんだよ?ずっと大声で一人芝居しながら、台詞を連打してまくって、芝居をずっとし続けて…プロローグが終わった後、寮の部屋で倒れ込んだわ」


「ええっ?!独り言?あ~そうか主人公だもんね、ひとりでプロローグをシナリオ通り進める為に…芝居を…」


そう言いかけてゾッとした。私の一言台詞とは違い、主人公である彼女は強制的に芝居をしなければいけないのだ。そしてシナリオが無い空白の時間に体の自由が利くようになって、やっと自分の意思で動けるのだ。


リアシャさんは話しながら段々と声を詰まらせてきた。


「ふ…うん…ごめんね。嬉しくて…同じ状態の…同じ日本人の人がいたことに嬉しくて…」


再び泣き出したリアシャさんを私は抱き締めた。号泣するリアシャさんの背中を擦りながら私も再び号泣していた。

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