第7話 もはや媚薬が欲しい

『パートナーを探さなきゃならないなんて大変だよ。どうやって声をかけたらいいのか、教えてくれない? うまく女の子に取り入れだなんて地獄だよ。今まで、女性とまるで縁がなかったのに』


そしてジルは、フロウを男だと信じているみたい。


なんかヤバい。


『フロウも女子に取り入るのは苦手かも。本の中なら、囚われの美しい姫君を助けに行けるって書いてたものね。現実は厳しいな』


「あ!」


また声が出てしまった。


書きました。ジルに本の魅力を熱く語ってしまった。


あれ?


なんで、私、姫君を助けに行こうなんて考えたんだろう? 白馬の王子様に助けられる方じゃなくて?


『媚薬でも作ろうかと思ったんだが、反則だろうか』


また、始まった。今度は媚薬だと? ピンカートン教授の一件以来、ジルの薬の話には一種の信ぴょう性が出てきてしまっていた。


『そして、好きな女の子に飲ませる。周りの女子に飲ませまくる。モテる。知り合いになれる。その中から選びたい』


邪道。

ジル、そんなやつだったのか。頭が痛くなってきた。どう返事を書いたらいいのか。


そんなことするだなんて、間違ってるよ!


いや、間違っているのかな? 知り合いにならなければ、気に入るかどうかわからない。女子は鑑賞物ではない。中身が大事だ。外見だけで判断してはいけない。媚薬を飲ませないと知り合いになれないところが問題なのか。


だが、媚薬とはなかなか魅力的だ。

私は真剣に思った。

何がって、お知り合いに向こうからなってくれるじゃないか。何の努力もしなくていいんだ。

男子に声をかけるだなんてはしたない。でも、声をかけてもらいたかったら、思わせぶりにキレイな格好をして周りをうろつかなければいけないらしい。そんなテクニック、持ってない!


媚薬、いいかも。

真剣に欲しくなってきたぞ。男にも効くのかな? ジルに聞いてみようかな?


そこで、最初の設定を思い出した。


フロウは男ということになっている。


ダメだ。聞けない。


ここは正直に女性だと告白すべきか?


でも、気心知れたフロウが女ならパートナーになってくれと頼まれるかもしれない。


でも、実際に見てみたら、ジルはフロウのこと、全然好みじゃないかもしれない!


現物を見られた時のリアクションが、とてもすごく心配だ。


文字通り、私は頭を掻きむしった。


ジルのことは大好きだ。何度笑わせてもらったことか。こんなとんでもないことばっかり書いてくるやつはいない。


アダムス先生のことはトゲトゲのピンが生えた針山みたいだとか言っていたし、ピンカートン教授のことは陰湿と言う一言で片づけていた。挙句、日陰のジメジメの苔とか言っていた。


『あんなんだから、いつまでたっても独身なんだ』


はい。正解。誰も本人に向かって言いませんけどね。


一方で、さわやかイケメンの数学のリーズ先生のことは褒めていた。リーズ先生は商家の出らしいが『彼の頭脳は本物だ』と言っていた。

リーズ先生は女生徒に猛烈に人気があったが、誰のことも相手にしていなかった。


『彼は平民だからね。それに女生徒の誰も彼の才能を理解しているとは思えない。不幸になるだけだってわかっているんだ。リーズ先生を理解して尊敬してくれる人でなきゃだめだ』


私はリーズ先生の授業は面白くてわかりやすいと思っていたが、高等数学となると着いていけなくなった。ジルにはリーズ先生の気持ちがわかるらしい。ジルすごい。



ジルは、なくしたくない友達だった。もう、男でもいいや。


そしてこんなに賢いジルをこうまで追い込むダンスパーティは結構な難物に違いなかった。

ジルはどうやら1年生ではないらしい。1年生の男子はパートナーがいなくても大目に見てもらえるが、学年が上がるとだんだん具合が悪くなるらしい。


『いよいよ今年は何とかしなくちゃいけなくなってきた』


彼は書いてきた。


『ダンスパーティなんか思いついたやつを恨むよ……』


同感だ。


女子の私がジルの助けになることと言えば、女子心を惹きつけるアドバイスなんだろうが、ジュディスに言わせると私は普通一般の女子じゃないらしいので、果たして的確なお手伝いができるかどうか。


もう私、男子のままでいいんじゃないだろうか。どうせ、身バレしたら嫌われる自信しかない。こんな猛禽類的な顔の女、好きですか?


「媚薬ってホントに効くの? 女子と知り合いになるためには声をかけるしかないよね。ほかに方法を思いつかない。でも、女子は外見じゃないからね。中身がとんでもなかったら、どんな美人でもやりきれない」


『顔のいい男ばかりがもてる』


翌日の返事は不満そうだった。


可憐で愛らしい見かけの女ばかりがモテる。


女の私はそう言い返したかったが、代わりに一生懸命アドバイスを書くことにした。


「友達が心配して、パートナーを紹介してくれたので、その人と行くことになったよ。どんな人だかよくわからない。でも、ダンスパーティさえ乗り切ればいいから」


嘘ではない。


「気が合わなければ、その子の友達を紹介してくれるって。便利なシステムだとは思うけど、どうしたらいいのかわからない。今度、一緒に出掛けることになった。もう、不安しかないんだけど」

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