全方向から包囲されて、どうしても結婚に持ち込まれた気の毒な令嬢の物語

buchi

第1話 引きこもりの何が悪い

十五歳で学園に入学と言うのは、決まっていたことだった。兄も姉も十五歳で入学して幸いを得た。つまり、兄は文官として王宮に出入りを許され、姉はよい結婚相手を見つけて幸せな結婚をした。


貴族の令嬢の至上命題は、当然良縁。骨の髄まで沁みついている。


ちゃんと理解している。にもかかわらず、私のことは誰も信用してくれなかった。


どこかの顔だけ取り柄の貧乏貴族の三男坊にのぼせ上って、駆け落ちをする心配ではなく、のんべんだらりと過ごしてうっかり婚期を逃すことを、親兄姉を始めとした知っている限りの親戚や知人友人の類、自邸の使用人たちまでが心配していた。


と言うか疑われていた。


「まじめに着飾って、適度に目立って! 愛らしく可憐に! お嬢様は顔だけはお美しいのですから仏頂面をおやめになれば、きっと運命のお相手にめぐり会えますとも!」


侍女のアリスに言われて、私は黙り込むしかなかった……。なんだろう、この違和感があるようなないような、正直なのか的確なのか、失礼なのか同情的なのか、よくわからない励ましは。そのついでに圧力をかけるのはやめて欲しい。


「お嬢様はウッドハウス家の縞瑪瑙しまめのうですから!」


私の灰色の目は不思議な瑪瑙みたいな目だ。父も同じ目だが、父の目は色が濃いので目立たない。アリスは褒めているつもりなんだろう。



制服は灰色の質素な形のドレスで唯一赤いリボンが飾りに付いていた。かわいらしくて私は気に入ったのだが、姉に言わせるとそんなドレスを着ているのは、貧しいけれど優秀なので入学を認められた一部の平民の生徒だけらしかった。


「もちろん、華美なドレスは禁止されているけど、そんな校則、あってないようなものよ!」


とびきりきれいで社交的な姉は言い切った。


うらやましい。


その美貌がうらやましいのではない。社交界を乗り切るそのリア充神経(日本語訳)がうらやましい。

夜会に出かけるのが面倒でなくて、茶会を催すだけの意欲があって、徹夜で恋バナできる飽くことなき他人に対する興味がある……そのやる気すべてがうらやましい。


その時間全てを読書に費やしてしまう私は、ご令嬢失格だった。


だが、母はバッチリやる気だった。姉は母に似たのだ。


「ドレスは好きなだけ仕立てるわよ。ほかの令嬢たちが着飾っているのに、フロレンスだけが灰色の制服ではかわいそうですわ。きっと夜会やお茶会にひっきりなしに呼ばれると思いますわ。だって、こんなに美人なのですもの!」


私は横目でバレないように母の顔をうかがった。ご期待に添えるとよいのですが……それとも、母の新手の圧力なのだろうか。




入学してしばらくは、自己紹介に忙しかった。


「フロレンス・ウッドハウス、ウッドハウス家の末娘ですの」


私の兄と姉も、ここに在籍していたし、兄は今も王都で文官として王に仕えている。

ウッドハウス家は、貴族なら知らない者はいないだろうから、この紹介は一番手っ取り早くて楽ちんなはずだった。



「あら」


ところが相手は不愉快そうに答えた。


「ずいぶん、偉そうな自己紹介よね。まるで、ウッドハウス家を知らない者はいないと言わんばかり」


私はあわてた。


「兄も姉も、つい最近まで、ここに在籍しておりましたの。ですから、ご存知の方もおられるかと思いまして」


「知っていて当たり前、みたいな紹介はどうかと思っただけです」


相手は顎をあげて、ツンとした様子をした。そして、そのまま行ってしまった。


「申し訳ございません」


私はうなだれて小さな声であやまった。


この令嬢は誰なんだろう。

相当高位の令嬢なのだろうか。失敗したのかも知れない。でも、みんな判で押したように、同じ自己紹介をしている。私だけではない。



私は、こっそりジュディス・ストラスベリーを探した。


父同士が従兄弟で昔から家ぐるみで親しく、私の家は王都にあるので、ジェインは昨年の入学以来よく我が家に遊びに来ていた。


現在のところ、学園内で唯一の知り合い、と言うか友達である。


「あの人は、マデリーン・フェアマス嬢と言うの。男爵家の養女だそうよ」


ちょっとばかり眉をしかめて彼女は言った。


「男爵家の養女……?」


その前は何をしていたのだろう? まさか平民? 彼女には貴族らしいところがなかった。


「最近の話よ。だから、ウッドハウス家が伯爵家だってこと、知らないかもしれないわ」


そう言うとジュディスは私の灰色の制服を眺めた。


「あのご令嬢、あなたのことを平民だと勘違いしたのかも知れないわよ? あなたが制服ばかり着ているから」


私は困った。だって、制服は着脱が楽なのだ。


「もうそろそろ、制服を止めてドレスに替えたら? 確かに、入学早々派手なドレスを着て歩いたら、上級生の反感を買うと思うけど」


「確かにそのとおりね。ドレスね。考えてみないとね」


口ごもりながら私は答えた。


今のところ、灰色の制服組とドレス組の割合はまだ半々くらいだった。

だが、この調子だと灰色の制服のままの方が目立ってしまうかも知れない。


でも、私がドレスを着ると、がぜん爛々たる美人になってしまう。恐ろしく気が強そうで、あたりを払うばかりの威厳に満ちた令嬢、悪役令嬢以外の何者でもないような感じの。


「それにしても、本当は、自分は男爵家だと言うのに、真偽も明らかでないご落胤説を鼻にかけて振舞うとはね」


ジュディスは憎々しげに付け加えた。



入学してすぐにジュディスは、大勢が集まっている食堂で、嫁入り先としての優良物件を残らず教えてくれた。


「まず、エクスター公爵嫡子のルイ、すごくキレイな顔で優しそう。本当に王子様よね」


肝心のその彼は、大勢の取り巻き中に囲まれていて、まるで見えなかった。


「その隣のテーブルの真ん中がジャヴォーネン伯爵家のサミュエル・ブライトン、今年入学よ、ちょっとまだ子どもっぽいわね」


くるくるの茶色い巻き毛が見えた。


「騎士団長でもあるクラレンドン子爵の次男ダニエル・ハーバート、体格のいい武芸に優れた貴公子だけど、ちょっと成績が……」


顔は見えないが、背の高い人だな。


「向こうの柱の陰にいるむちゃくちゃイケてるのが、モートン男爵の嫡男のコリン。すてきでしょ?」


ジュディスの声の調子が熱を帯び、私もその視線の先を追った。

コリンは確かに整った顔立ちのすらりとした若者で、二人の女性がうつむき加減にチラチラとコリンの顔を見ながら話しかけていた。二人とも制服なんか着ていない。


「アナとジョゼフィンよ」


多分、コリンに話しかけている二人の名前だろう。


「少し離れてちゃんと距離を置いてるでしょ? ああでなきゃね。あなたも話しかける時はあんな感じにやるといいわ」


どんな感じ? その時、私はめちゃくちゃ混乱した。どうやったらいいのだ。


その後もジュディスは、出会うたびに、そこら辺にいる将来有望な男子生徒を詳細に教えてくれたが、なかなか覚えられなかった。


「それにしてもマデリーン嬢とはねえ。今噂の旬な人に声をかけられたわけね。きっとあなたの顔が気に入らなかったんだわ、彼女」


ジュディスは言った。


ちょっと私は暗くなった。


とても人目を引く派手な顔立ちなのだ。威風堂々というか、傲然たる美貌だった。

本来ならプラスポイントのはずだった。ここまで本人の性格と真逆でなければ。


「その顔で灰色の制服を着ていたら、偉そうな平民にしか見えなかったんだと思うわ。本当は態度の小さい大貴族の娘なのにねえ」


本当の性格は地味で非社交的、引きこもりなのだ。




私は、本が好き。


姉は社交的で、自邸でもパーティーやお茶会をせっせと開いていたが、私は、図書室に引きこもっていた。そしてこの学園には、大きな図書館があるのだ。



いいではないか。


本の中の世界に悩みはなかった。


極彩色のきらびやかな世界で、主人公と一緒に華々しい冒険に出るのだ。


あるいは昔の歴史書に目を通す。第3代城主アンセルム・マーシャルは隣国に攻め入り勝利し、城主の若く美しい未亡人モードを勝ち得た。


……何をしに行った、アンセルム・マーシャル? 領地とか財産ねらいじゃなかったの?



パタンと本を閉じると、途端に、もう夕暮れの闇が広がりつつある現実が迫っていたけれど。


入学後、すぐに私は図書館へ行くのを日課にし始めていた。


「いけない。夕食に食堂に行かなくちゃ」


食堂の入り口は、人で混んでいた。誰かを何人もの生徒たちが囲んで、しきりになにかしゃべっている。


私は用心深く目立たないようにその脇をすり抜け、やはり目立たない隅のテーブルに席をとって食事を頼んだ。遅すぎたのか、もう大半の生徒は食べ終えて食堂は空き始めていた。



「ウッドハウス嬢?」


急に話しかけられて、私は驚いて顔を上げた。


見たことのない、整ったきれいな顔立ちの上級生が目の前にいた。キラキラのストレートの金色の髪、すっとした鼻と顎のライン。そして碧い目と微笑んでいる薄めの唇。


「え、はい」


「失礼。私はルイ・エクスターと言います」


エクスター公爵の嫡子のルイその人だ!


この時ばかりは、私はジュディスに感謝した。教えてくれてありがとう! そして覚えていた自分、えらい!


「失礼いたしました」


私はあわてて立ち上がった。


公子ともあろう人の前で座ったままと言うのは不敬だ。


彼はニコリと笑うと私を押しとどめた。


「学園内は平等ですよ。隣にかけてもよろしいでしょうか?」


エクスター家の御曹司に向かって否はない。


「……どうぞ」


周りからの視線が痛い。


公子はまたニコと笑った。私は思い切り緊張した。

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