第3話 理由
たしかに言った。
今日は好きなだけ食おうぜ。
全部俺が奢るからさ。
たしかに、俺はそう言った。
でもよ――
いくらなんでも、これはねえだろ。
俺は目の前のテーブルにうず高く積まれた皿を眺めながら、頭を抱えた。
この子、どんだけ食うのよ。
つか、お金足りるかな……。
「あ、魚とご飯追加していいですか? あとデザートにクリーム蜂蜜とバナナとパイ包みも」
マキナは両手に揚げた肉とソーセージを挟んだパンを持ったまま、言った。
俺は頬をひくひくさせながら、ああ、と頷いた。
間違いない。
この子がパーティを追い出されたのは――食費の節約だ。
〇
「はあ、お腹いっぱいです」
このレストランにある皿が全部出されたんじゃないかと思う量を食べきって、マキナはお腹をぽんぽんとさすった。
ソウデスカ、と言い、俺はテーブルに突っ伏した。
いかれた。
貯金、全部無くなった。
「ルポルさん、ごちそうさまでした。久しぶりに本気で食べちゃいました」
そう言ってにっこりと笑う。
さっきまでが嘘のようないい笑顔。
ここに来る前までの、あの悲しそうな顔は完璧に消え去っている。
まあ――いいか。
「しかし、マキナの仲間も馬鹿だな」
と、俺は言った。
「食費をケチるためとはいえ、こんなに強い錬金術師をクビにするなんてよ。飯代なんて、マキナがいりゃいくらでも稼げるだろうに」
「食費?」
「ああ。キミ、そのせいで切られたんだろ?」
俺が問うと、マキナは俯くように目を伏せた。
まずい。
元気づけるつもりだったが――嫌なことを思い出させてしまったか。
「……違うんです。私がみんなに嫌がれたのは、もっと違う、とてもまずいことで」
「まずいこと?」
「……はい」
「そ、そうなのか。悪いな。なんか」
「いえ」
マキナはすっかり俯き、黙り込んでしまった。
テーブルに沈黙が落ちた。
途端に、レストランの喧騒が蘇った。
気まずい雰囲気。
「俺が追放されたのはさ」
と、俺は切り出した。
「なんか、どうも俺の顔がダメだったらしいんだ」
「……顔?」
マキナが顔を上げた。
俺は「そ」と言って、お道化るように肩を竦めた。
「全く傷ついたぜ。俺たちのギルドにお前の地味な顔がいると美観を損なうだってよ」
「そ、そんなことないですよ! 私、ルポルさんの平坦な顔、好きですよ! なんていうか、浮気しなそうっていうか」
マキナは前のめりになって、興奮気味に言った。
平坦な顔、か。
地味に効く言葉。
つか、浮気しなそうってのは、褒め言葉なんだろうか。
だけど。
なんにせよ、元気になったようでよかった。
「はは。ありがとよ」
俺は席を立った。
「さて。それじゃあ、そろそろ出るか」
「あ、あの」
「ん?」
「私の話も、聞いてもらえますか」
「マキナの、話?」
「はい。私が、何故、仲間から追い出されたのか。その話です」
俺は口を曲げた。
それから「無理するなよ」と言った。
「別に、話す必要はないぜ。俺は、話したいから話しただけだ」
「無理じゃありません」
マキナはぶんぶんと首を振った。
「聞いて欲しいんです。ルポルさんに」
真摯な瞳で俺を見る。
「……そうか」
俺はもう一度、椅子に腰掛けた。
〇
「私、本当に役立たずなんです」
開口一番。
マキナはそう言った。
「本当に戦闘の足を引っ張ってばかりで。いつもみんなに迷惑をかけていて」
「嘘言えよ。あんなに強かったじゃないか」
「あれはたまたまなんです。本当に運が良かった」
「たまたまって……い、いや、偶然でミストドラゴンが倒せるかよ」
「偶然です。偶然、なんです」
マキナはわずかに語気を荒げた。
「私があなたを助けたのも、私やあなたがこうして生きているのも、たまたまなんです」
俺は眉根を寄せた。
「……どういうことだ。説明してくれよ」
「私の
「チカラ?」
「そう。私の、呪われた力」
「呪われたって――」
「例えば」
マキナは人差し指を立てた。
「先ほど私がドラゴンの首を切り落とした鎌、覚えてますか」
「ああ、もちろん。恐ろしいほど強力な武器だった」
「はい。実はあれ、私が召喚したものなんですけど、あれは」
「召喚? 錬成じゃないのか」
俺は思わず口を挟んだ。
「マキナ。キミはさっき、自分を錬金術師と言ったじゃないか」
「言いました。しかし同時に、私は召喚士でもあるんです」
「どういうことだ。そもそも、武器を召喚する、なんてことがあり得るのか」
「ええ。それが私の能力である――“
「ルーレット――?」
「この特殊技能は、ランダムに伝説の武器を召喚出来る、というものです。古今東西、世界中に散らばる、ありとあらゆる武器を、期限付きで召喚・使用できる」
「伝説の武器を使用って……マ、マジかよ」
「マジです」
マキナは頷いた。
俺は閉口した。
なんというチートな能力だ。
「そして私が先ほど顕現させたあの武器は神器の一つ。妖鎌アダマスです。神と対決した悪魔が持っていたとされる、禁忌の武器」
「禁忌の武器?」
「そうです。確かに強力な力を持っていますが、アダマスは呪われています。装備者に悪影響を与える」
「悪影響」
「はい。これを使用したものは、急激に体力を奪われます。手にしているだけで、体の力を持って行かれる。いわるゆ、『スリップ状態』になってしまう」
な、なるほど。
だから、マキナはこれだけの量を食べたのか。
「つまり、そういうことなんです」
と、マキナは少し声を低くした。
「私は多くの武器を召喚出来ますが、私の召喚可能な武器というのは、全て呪われた、忌まわしいものばかりなんです。そしてそれも、任意で選ぶことが出来ず、何が出て来るのかは出してみるまで私にも分からない」
「じゃ、じゃあ、たまたまっていうのは」
「文字通り、たまたまです。今回は、
「それで、仲間に迷惑をかけちまったと」
俺が先回りして言うと、マキナは小さく「……はい」と答えた。
なるほど。
そいつは確かに――仲間に入れておくのは危険だと判断されてしまうかもしれない。
俺たちはかなりの幸運だった。
だけど。
「顔を上げろよ」
と、俺は言った。
「話は分かった。けどよ、マキナ。俺はその話を聞いて、ますますあんたが気に入ったよ」
「……え?」
「だってよ、あんたはどうあれ俺を助けてくれたんだ。俺を見殺しにすることも出来たのに、偶然でも何でも、俺を助けてくれた。しかも、そんな曖昧であやふやで、自分にも危険が及ぶような能力を使ってまで、見ず知らずの俺を助けようとしてくれた。なかなか出来ることじゃねえよ。だから、俯いてるなんておかしいぜ。マキナ、あんたは立派なやつだ。立派なやつは胸を張って生きるべきだ」
そうだろ? と俺は言って、にこりと笑った。
「ルポルさん……」
マキナは、やっと、という感じで微笑んだ。
ふむ、と俺は唸った。
やはり、この娘は笑ってる方がいい。
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