第37話 排泄



 あれから何日、否、何時間経過したであろうか。

 敦盛が何時間と断定したのには理由がある。

 一つは、空腹ではあるが倒れる様な飢餓状態ではない事。

 一つは、トイレに行きたいがまだ我慢が効いている事である。

 これが何を意味しているか、それは。


(しょんべんしてぇええええええええええええッ!!)


 俗に言うピンチ、それも大ピンチである。

 部屋は暖かではあるが、昨夜から水分補給もトイレにも食事もしていない。

 単に腹が減っているだけなら数日までなら大丈夫だろう、多分。

 だが――トイレだけは、トイレだけには耐えられないのが人類という生物の宿業だ。


(…………いや待て、水分補給が無いないならかなりヤバいのでは?)


 その事実に気づくと敦盛は、サッ、と青ざめる。

 まさか殺す気なのか、なにせ瑠璃姫は敦盛を憎んでいる。

  

「真綿で首を締めるみたいに……殺すのか? 俺を? このまましょんべん漏らしたまま殺すっていうのかよッ!?」


 その時だった、ガチャリとドアが開き。

 瑠璃姫が、ワイシャツ一枚で歩いてくる。


「――バカね、そんな事する訳ないでしょ」


「瑠璃姫ッ!! いや瑠璃姫様ッ!! どうかおトイレに行かせてくれッ! もう漏れそうなんだッ!!」


「相変わらず適応早いわね……、はい、当てててあげるからコレにしなさい」


「…………え、マジ?」


「マジもマジ、大マジよ」


 敦盛は愕然とした、彼女が手に持つのは空のペットボトル。

 せめて屎尿便とか、それ以前に。


「トイレぐらい一人でさせろよッ!?」


「嫌よ、アンタ逃げ出すでしょ絶対」


「逃げないから、せめてさァ……」


「そうそう言っておくけど、今日からアタシの水分はアンタのおしっこで取る事にしたから。さ、アタシが干からびる前に出しなさい」


「…………はい?」


 耳を疑った、だが彼女は当然の様に彼の逸物をペットボトルの口に誘導して。


「待て待て待て待て待てッ!? 何処からツッコめば良いんだッ!?」


「何が疑問なワケ?」


「何で俺のしょんべんがお前の飲み水になるんだよッ!!」


「大丈夫よ、ちゃんと濾過するから」


「そもそもお前は俺が憎いんじゃないのか? 何で憎い相手のしょんべん飲むんだよッ!?」


「憎いからに決まってるじゃない、だってアンタはアタシが傷ついたり汚れるのがイヤでしょ?」


「――――は?」


「アタシはアンタを傷つけない、……アンタがアタシを汚して、傷つけるの。――ねぇ、どんな気持ち? 愛する人に憎悪されて、愛する人が自分の汚物を喜んで受け入れるのは」


「性癖歪みそうだよバカ野郎ッ!?」


「あら、それで良いのよ。アタシはアンタの心を徹底的に責め尽くすんだから。どんどん歪んでいって頂戴」


 その言葉に、敦盛は愕然とするしかなかった。

 憎まれている、その言葉の意味が心に浸食して。


「ど……ッ」


 どうしてそこまで、だがそれは愚問だ。

 理由なら、既に語られている。

 ――――酷く、喉が、乾く。


「そうだ水分補給がまだだったわね、おしっこ出さないなら先に水分を取らなきゃ」


「…………水を、くれるのか?」


 尿意と、精神的ショック、そして喉の渇き。

 それらが、敦盛から冷静な思考を奪う。

 瑠璃姫はそんな彼に嗤いかけると、カッターナイフを取り出して。


「選択肢をあげる、……おしっこを素直に出さないなら、今後あっくんの水分はアタシの血よ。その場合、数日に一回少しだけってなるけど、まぁお粥とかだしてあげるし我慢してね?」


「今の何処に選択肢があったんだよッ!? 実質一つじゃねぇかッ!!」


「流石はあっくんね、じゃあ上を向きなさい。新鮮な血をあげるから」


「しょんべん出すからッ!! これからはお前の為にしょんべん出すから頼むからさッ!! ついでに水もくださいマジで!!」


 ぜーはーぜーはー、荒い息と共に言い切った敦盛の目の前で。

 瑠璃姫はニマと嗤うと、おもむろに手首へカッターの刃を。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


「冗談よ」


「マジで止めろよッ!? 俺の心が壊れるだろうがッ!!」


「壊れたら喜んで介護してあげるわ」


「んもおおおおおおおおおおおッ!! おうち帰るうううううううううううううッ!!」


「残念、今のアンタの家はこの部屋のみよ」


「いやマジで帰せ?」


「帰すと思う?」


「だよな……はははッ、ははははは…………だよなァ……」


 力なく笑う敦盛に、瑠璃姫はペットボトルを差し出してニッコリと。


「さ、しなさい」


「…………うう、畜生ッ、やるしかないの――――ッ!?」


 その時であった、ギュルルル、と彼の腹部から音が。


(こ、これはッ!? まさかッ!?)


 空腹の音ではない、脂汗がダラダラと流れる様な感覚。

 痛む腹。

 つまり。


「言い忘れてたけど、アンタが寝てる間に下剤飲ませておいたから。――もうちょっと早いと思ってたんだけど、合わない薬だったのかしら?」


「何やってんだテメェエエエエエエエエエエエエエ!?」


「そうだ、今晩はカレー作ってあげる」


「なんで今言ったッ!? なんで今言ったんだッ!?」


「まぁ、安心して漏らしなさいな。文字通りお尻を拭いてあげるから」


「安心する要素が一つもねぇッ!? ――ぐッ、お、大声出したら…………ッ!?」


 窮地、尊厳の危機を前に悩む敦盛。

 瑠璃姫は彼の後ろに回り込むと、背面にあるスイッチを押して。

 するとなんと言うことだろうか、椅子は変形して彼は四つん這いの格好に。


「流石のアタシも、あっくんのウンコを再利用する方法を思いつかなかったから。これからは子犬様のトイレセットにウンコしてね。くれぐれも同時におしっこしたらイヤよ、そんなの飲みたくないから」


「そういう問題じゃねェえええええええええええええッ!!」


 するべきか、我慢すべきか。

 仮に我慢した所で解決するのか、そもそも我慢できるのか。

 決断の時は、すぐそこまで来ていたのであった。


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