第8話.冒険者登録

『ひひっ、仏の間抜け面も一瞬で崩れたな』


 そんな呑気に言ってる場合じゃないって! 身分証明出来る物なんて何も持ってないぞ俺!


『安心しろ、あとちょっとだ……よし』


 〈身分証を手に入れました〉


 神様の言葉に続くようにして表示されるシステムウィンドウ。試しにインベントリを見てみると、そこにはしっかりと身分証と表記されているアイテムが枠に収まっていた。


『オレ様からのプレゼントだ。これがあれば基本手続きに困る事は無い。本当は産まれたときに国から発行されるもんなんだが、ブラザーは特別だからな』


 神様……!


 俺はインベントリから身分証を取り出すイメージを浮かべて身分証を手に召喚する。


「こ、これでどうですか?」


 神様から貰った身分証を受付嬢さんに渡すと、受付嬢さんは笑顔を崩さないまま受け取り暫く睨めっこして固まってしまう。


「クロマさん……ですか……?」

「え、えぇ……そうです……けど……」


 だ、大丈夫だよな……? よく確認してなかったけど大丈夫だよな……!? おい本当に大丈夫だよな!!


『変な事は書いてないから大丈夫……なはず……』


 おい神様!? 神様が自信無くしたら俺はもっと心配になるからやめてくれよ!


「――あの、申し上げにくいのですが、今のご年齢は本当に18歳で間違いないでしょうか?」

「は、はい。あってます」


 俺はなるべく平常心を保ちながらそう答えると、受付嬢さんの顔から笑みが消えて暫くまた身分証と睨めっこをし始めた。

 ……そんなに俺って老けて見える? それとも若く見えるのか……? いやでもどちらにせよ問題はない……!


 受付嬢さんは顔を上げる。その表情は固く、さっきまでの優しい笑みの面影すら見えなくなっていた。


「この身分証……これは何十年も前に発行された身分証なんですよ。これには名前と生年月日、出身地しか書かれていませんが、今はそれに加えて魔力のステータスを読み取れるように所有者の魔力も貯めこむようになっているんですよ。その機能が追加されたのが大体30年ほど前。つまりこの身分証はそれよりも前に発行された身分証ということになります」


 受付嬢さんの目つきが鋭くなり、俺の心意を見透かすためか凄く目を合わせてきた。


「身分の偽りは重罪ですよ。身分証を偽造することも重罪です。それを理解していますか?」


 えっと……神様?


『あぁー……ははっ、オレ様にとってこの世界の時間は無いに等しいんだ。ちょっと目を離したら時間が大分経ってたりすることも珍しいことじゃない。あぁーつまりこれは……ちょっとした誤差によるミスだ』


 いやいやちょっとじゃないって! 40年はちょっとだなんて言わないからな!!


『うるさいぞブラザー! がやがや言う前にとりあえずなんか言い訳しとけ! オレ様が新しい身分証を作り直すまでな!!』


 新しいのって言っても……どれくらいの時間がいるんだ!?


『5分……いや10分あれば確実に作ってやれるさ! だからそれまで話を引き延ばして誤魔化せ!』


 10分……いや、もうやるしかないか!


「あ、それはー……その……そう! 拾ったやつなんですよ! 本当のやつはまた別にあって……」

「18歳と聞いて、貴方は間違いないと頷きましたよね? 拾った身分証がたまたま自分の名前と同じで、たまたま年齢も同じだなんて偶然あると本当に思いますか?」

「うっ……」


 どうしよう神様! 受付嬢さんの目がもっと鋭くなった! 多分もうこれ完全に黒を見る目をしてるって! もう積んだ!! 冒険者になる前に積んじゃったよ!!


『あきらめるなブラザー。とりあえず俺がいう言葉を言っとけ』

「あ、あぁ……怒った顔も……綺麗ですね……って言えるか神様のあほー!」


 くそ……! こんなんであんな鬼のようなオーラを放っていた受付嬢さんが揺らぐわけ――


「そ、そんなお世辞を言っても見逃したりしませんからね……!」


 あ、あれ……? なんかまんざらでもないような感じになってる……? なんか受付嬢さんもじもじしてない? ていうか顔赤くしてない!? なんか独り言ブツブツ言うようになって怖いんだけどっ!?


『ひひっ、いい感じにブラザーの魅了が働いてるな』

「おいまて魅了ってなんだ!?」

『おいおい声を静めろ。今の静かな時間帯だと注目されるぞ?』


 くっ……! 真面目なことを言われるとなんか腹が立つ……!


 いやそんな事より早く説明しろ!!


『はいはい、魅了ってのは要は相手の意思関係なく発動者に恋愛感情を抱かせる一種の魔法みたいなもんだ。だから今この嬢さんの脳内はアンタの事で埋め尽くされてる』


 そ、そんなヤバメな奴を人に掛けるとか……それも初対面の女に掛けるとかヤバすぎだろ!? ていうかそんな魔法俺持ってたのか!?


『あー違う違う簡単な話だ。オレ様がたった今ブラザーに付与した。データをチョチョイと弄ってな』

 

 勝手に弄るなって言いたい所だけどそれよりも勝手な改造は駄目なんじゃなかったのか……!!


『さて、なんの事だか』


 見つかると俺が消されるって言ったのは神様だろ!?


『安心しろ。痕跡はちゃんと消したし、後でしっかり元に戻しておいてやるからな』


 そういう問題じゃないっ!


『ひひっ、ブラザーの心の中はいつも騒がしくて好きだぜ』

「それは神様が──はぁ……もういい。それでもう出来そうなのか?」


 これ以上言っても無駄だと判断した俺は、諦めて新しい身分証について聞いてみる。すると神様は低く唸った。


「んー……データベースに残ってる身分証の型が見つからないんだ。見付けられたらすぐにでも終わるんだが……」


 光球となって現れた神様は受付の奥へと入っていく。それから暫くして神様は戻ってくると、いつも通りの怪しい笑い方をして「見つけた」と俺にカードを渡してきた。


 というかその身体で物持てるのか……。


「ちょっとそれを持っててくれ」

「これは……?」

「ここに居る誰かの身分証だ。適当なとこから取ってきた」

「当たり前のように盗んでくるのやめてくれないかな……!」

「どうせすぐに返すからいいだろ? それよりも──ほら、新しい身分証だ」


 そう言って神様の身体の輝きが増して、ペッとスイカの種を飛ばすかの如く新しいカードを吐き出した。


「それがブラザーの身分証だ。やっぱ現物からデータを読み込む方が楽でいい」


 そう言いながら神様は俺が持っていた誰かの身分証を取ると、また受付の奥へと姿を消していく。


 ……ありがたいようなありがたくないような……。いやもちろんありがたいのだが、何か素直に喜べないな……。

 受付嬢さんは未だにブツブツ俺の方を見ながら言ってくるし……本当にこれ戻るんだろうな!


「ひひっ、安心しろ。そろそろこれも解ける頃だ」


 戻ってきた神様がそう言うなり、受付嬢さんが受付の台に突っ伏し、少ししてからハッと勢い良く顔を上げた。


「えっ……と……私は一体何を……」

『ちなみに魅了ってのは、受ける前の数分前の記憶と、受けている間の記憶が消える』


 ほんっとうに何してくれてんだよ神様……! いや助かったけど! でももう少し説明してくれてたら俺もこんなに罪悪感覚えなくて良かったのに!


『そんな事を言っていないで早く記憶をすり替えろ。今来た事にして新しい身分証を提示するんだ』


 神様の言う通りに従って手続きを始める。今度は特に問題無く手続きが進み、俺は異世界での生活に1歩を足を踏み入れるのであった。

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