第3話.ようこそ、インフレした世界へ


「全ての原因は『バグ』だ」

「……バグ?」

「あぁ、あんたが産まれるその時、世界のシステムが一瞬だけ異常を起こしたんだ。オレ様はそのバグをすぐに直したが……アンタのデータのみが破損した。世界の自己保持システムが働いて自動的にデータが修正されたはいいが、データが構築中だったアンタはバックアップも何も取れていない状態だ。本来はバックアップからデータを復元する筈がそれが無い為に足りない部分をシステムが勝手に作って穴を埋めやがった。でも所詮それは思考能力の無いシステムが行ったこと。本来の性別は女から男に。認識される為に必要な筈のスキャンソフトは――」


 ……1ミリも理解できなかった。いや、まだ最初の方は何となくで聞いていたが、後半になるにつれて専門用語的な何かが飛び回って俺の耳を攻撃してくる。その神の話はその後5分程度続いたが、話を理解できなかった俺はさも分かった風にうなずきながら「簡単に言うと?」と聞いてみた。


「まぁあれだ。オレ様達の不手際でアンタはバグを持ちながら産まれてきた。これまでの酷い待遇は、そのバグが原因だった。こんくらいの認識で十分だ。これまで何もできなかったのは、気付いたのが最近なのもあるが勝手に人間に干渉して修正する事が禁じられているからだった。本当に申し訳ない」

「……謝らなくていいよ。てか今もこうやって話したりしてるけど大丈夫なのか……?」

「大丈夫か大丈夫でないかと言われたら大丈夫だ。正直グレーゾーンとブラックゾーンを反復横跳びし続けてるようなもんだが、異世界に飛ばす時に限り多少のプログラムを弄ることは許可されてる。いざとなったらこれで言い訳するさ。最悪でもグレーゾーンで止まる」


 人を女にしておきながら多少とは……まて、本来の姿がこっちらしいし女にされたというよりは戻ったの方が正しいか……。いやそんなのはどうでも良くて!

 バグだとかはよく分からないが、どうやらそのせいで俺の姿に異常が出ていたらしい。ゲームでいうと、女なのに男のスキンが適用されていた、みたいな感じなのだろうか。


「近くもないが遠くもないな」


 納得したんだからそれ以上余計な事を言わないでもいい。


 にしてもまぁ……なんというか……これが本来の俺か……。


「どうした? そんなに胸ばっかり見て──あぁそうだ、いい忘れていたが、ブラザーの胸は絶望的だったからオレ様が神の力を乱用して大きくしてやったぞ。褒めてくれ」

「余計なお世話だ!」


 俺はまたチョップを喰らわせようとするが、まるでハエのようにすばしっこく動き回り、避けられてしまった。

 ていうか……!


「つか思いっきり人の身体弄ってんじゃねぇか!! 何がグレーゾーンだブラックだろこれ!!」 

「ひひっ……まぁいいだろ。オレ様の好みって事で許してくれ。そこだけは譲れなかったんだ」

「人の身体を自分の好みに作り替えんなよ!!」

「ならアンタは戦闘中にFカップの胸を揺らしながら戦いたいと思うのか? 緩い世界ならそれでも生きていけるが、この世界じゃまず死ぬぞ。男にも狙われやすくなるしいいことは少ない。メリットを挙げるとするならば最初の内は自分で揉んでも気持ちよく――」

「それ以上は言うな……! まるで俺がそれをしたいが為に文句を言ってるみたいだろうが……!!」


 ていうか俺もともとFカップなのかよ……! 小さくされていたなんて知りたくなかったような感じがするけどまぁいい……!

 まぁ神様の言ってることも分かる。ファンタジーにおいて戦闘は必須。そこに大きすぎる胸を揺らしながら戦うのはなかなかきつそうだとは思うけどさ。多分平均くらい……だと思う。ていうかそう思いたい。手のひらに収まるか収まらないかくらいだから、大きめ……?


「今のブラザーの手は小さいからそう思うかもしれないが、男からしたらちょっと小さく見えるかもな。オレ様は小さめに設定したつもりだ」

「そんなもんか……?」

「あぁ、オレ様はいいと思うぞ。まぁそんな事は置いておいて、さっさと本題に入るとするか」


 光は軽く笑って俺の隣に並んだ。さらっと話を逸しやがったが、このままでは話が進まないのも確かなので見逃すとしよう。


「まずはこれを見てほしい。さっきも見せたが、これはブラザーのステータスだ」


 再びウィンドウが表示され、俺のステータス画面が表示される。

 そこにはこう書かれていた。


 Lv.1


 POW……10

 SPD……10

 INT……10

 VIT……20

 LUK……50


 まぁ、レベルがこれなら平均的だろうか。強いて言えば、VITが高いので打たれ強く、LUKが高いので運が良いくらいだろう。


「あぁ、弱いな」

「そりゃレベルが1だし……」

「いや、こんなんじゃこの世界で生きていけない」

「え、スライムみたいな奴は居ないのか?」

「居るが……やめておいた方がいいな。間違いなく勝てない」


 そうか、ここはゲームの世界では無い。それっぽく見えるが、間違いなく現実だ。俺は戦い方とか知らないし、そもそも武器も防具も持っていない。スライムと言えど確かにきつそうだ。


「いや、この世界のスライムは一番弱い。子どもでも倒せる」

「……え? いやいや、それなら俺でも倒せるんじゃ?」

「無理だな」


 即答だった。

 どれだけ俺は弱いのだろうか。というか、そこまで来たらスライムのステータスが気になってくる。


「……オレ様は見ない事をオススメするが?」


 光はこう言っているが、真実は分からない。俺の身体を勝手にいじり、バストを勝手に小さくする様な奴だ。信用できるわけがない。


「なんだまだ引きずってるのか? そんなに嫌なら戻す事もできるが」


 まじ……? いや……それはちょっと……別に憧れていたとか嬉しいとかそんな感情は一切無い。でもまぁそれが元々の俺の姿なわけだし……? 戻すのが妥当と言いますか……?


「そうか。なら今から変えるか。見つかったらアンタのデータは消去、完全に死ぬことになるがまぁどうせバレないし。80パーセントくらいの確率なら見つからないだろ」


 光はさらりとそう言って、ウィンドウのようなものを表示する。その瞬間に俺は光を鷲掴みにした。


「別にやらなくていい……! 胸をもっと小さくしそうで怖いしな……ははっ……」

「いやいや、オレ様はアンタに幸せになってほしいんだ。ブラザーとも呼び合った仲だろ? 遠慮すんな」

「あんたが一方的に呼んでるだけだしその笑いを堪えた声やめろっ!! 」


 俺は光を地面に投げ、叩きつける。地面に当たった光はそのままボールのようにバウンドし、やがてコロコロと俺の方へと戻ってきた。


「ひひっ、女らしいぞ。顔を真っ赤にしてな」

「もう一回投げるぞ……!!」

「冗談だ」


 ったく……神様もろくでもないやつだ。勝手に人の身体を女にするし、バストは勝手に小さくするし……まぁいい。まだ並程度あるだけマシか。揉めるくらいにはあるわけだし。


「──ブラザー」

「はぁ!? 別に何も考えてねぇよっ!!」

『静かにしろブラザー。ばれたら殺されるぞ』


 光の球体の輝きが落ちて、それに合わせてサイズも小さく……なったような気がする。声もひそひそと囁くようになっていた。

 そんないつにもまして真面目な神様の声に我に返ると、俺は辺りを注意深く見渡し、そして発見する。


「……もしかしてアイツか?」

「あぁ、アイツがスライムだ」


 少し離れた場所に、薄緑色をした半球体の生物がのそのそと歩いて……いや、動いていた。それはよくゲームで見ていた可愛いキャラクターなんかではなく、目なんて存在しない、本当に巨大なゼリーが土や草で体を汚しながら動いるような光景だった。


 この光景を見ると、本当にここが地球ではない事、そして、常に命の危険が張り付く世界なのだと実感する。


「んで、これがそのステータスだ。倒れるなよ?」


 俺はまだ何も言っていないが、神様は悪戯っぽく笑いながら俺のステータス画面の横に新たにステータス画面が表示された。


 Lv.1100


 POW……3000

 SPD……1500

 INT……0

 VIT……6000

 LUK……0

 

「分かったか?」


 光は鼻で笑い、俺の視界いっぱいに近付いてきた。


「ようこそ、ステータスがインフレした世界へ。だからオレ様はオススメしないと言ったんだ」


 ……思考が纏まらない。ただ次に発した言葉は、紛れもない本心であった事は間違いないだろう。


「流石にこれはインフレが過ぎるだろうがッ!!」

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