通り雨に襲われて駆け込んだあばら小屋。

 先客の存在に、まずは、ほっこりして、次には顔が蒼褪めた。




 白い鳩かと思いきや、白い烏だったのだ。




(ここってもしかして、塒だった?)











 白い烏には近づくな。

 白い烏の塒には立ち入るな。

 禁を破れば、番が襲ってくる。


 ただの一度も見た者は居なかったが、村の言い伝えに、どうしてか、皆は恐れていた。

 恐怖は伝播する。

 親から子へと。

 もしかしたら、最初は他愛もない物語だったのに、時と共に、恐怖もまた重なっていったのかもしれない。

 年は関係なく村人は外を歩く時は必ず、祖父母や親、近所の者、友と行動を共にしていたのだが。


 時折、数は少なくとも、言い伝えを恐れない者も居た。


 ここに駆け込んだ少女もその内の一人であった。

 はずだった。

 が。


 白い烏と認識した途端。

 少女の全身の骨に震えが駆け走り、いつまでも響き続けていた。

 まるで、水の波紋。

 広がっては縮まり、縮まっては広がり、終わりはない。

 静かなはずなのに、こんなにも身体を支配する。


 私はまっすぐ立てているのか。

 状況が把握できないくらいの、初めての恐怖。

 逃げ出したいのに、足が動かなかった。


 ぴちょん、ぴちょんと。

 眼前で激しく降る雨とは違い可愛らしい音を鳴らしながら、苫から落ちてくる小さな雫が何度も何度も片側の肩と袖に当たって、濡らし続けた。


 寒い。

 唐突に、けれど、当然の感覚を恐怖に蝕まれてから得た途端。

 ぴょん。

 今まで無動だった烏の、一度だけの飛び跳ねに、響きが途端、治まり、地に足がきちんとついていることを認識できた。

 そして、気づいた。

 烏の眼差しに。

 真っ直ぐ自分に向けられている漆黒の瞳。


 怖い。

 とは、思わなかった。


 だが。

 

 苫から落ちてきて、初めて、頬を伝う雫が、どうしてか。 

 涙だと思ってしまった。

 

 己の身の内からは、どうしたって流せない、悲しみ。

 愛おしさ。






 少女がやおら烏に頭を下げるや、烏は二、三度、尻尾を振って、その場を飛び立っていった。

 まだ雨は降っていたが、もう、終わりは近い。

















 ばかたれ。

 烏は悪態をついた。

 未だ現れてはくれない、番に。


 おまえが創った苫のせいで、濡れ続けるばかりだ。
















(2021.6.6)

  





「『新総合図説国語 改訂新版(東京書籍株式会社)』」


「秋の田の かりほの庵の 苫を粗み わが衣手は 露にぬれつつ (天智天皇)」


「秋の田の刈った稲を収める仮小屋を葺いている苫の目が粗いので、そこに泊まっている私の袖は、夜露にぬれ続けることだ」





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