完全版 06

 ベッドの上で寝息をたてるたまきを見ながら、キッチンから持って来た折り畳み椅子に前後逆に座った銀子ぎんこは、思う。

――八重垣やえがきさんは、ホンマ、偉いやわ――

 あの直後。大粒の涙をぽたぽたと落として、環は、泣いてしまった。大声を上げるでもなく、ただ小さく体を震わせ、鼻をすすって。

 最初のうち、銀子はテーブルの反対側からその手を握っていたが、泣き止まないとみて、テーブルの端を回って環の側に寄ると、その背中をゆっくり撫でる。何度も、何度も。

 最初に銀子の手が背中に触れた時、びくりと体を震わせた環だったが、何度も撫でられるうちに次第に力が抜け、ふと、銀子に振り向き、その顔を見上げた。

 その涙に濡れた顔を見た銀子は、無言で微笑み返す。

 環は、何かが、数年に渡って堪えてきたものが堰を切ってしまったのだろう、そのまま銀子にすがりつくと、肩をふるわせて、また泣いた。声を殺して、顔を、頭を銀子の胸元に押しつけて。

 銀子は、黙ってその背中を、頭を撫でる。ゆっくりと、優しく。

 どれくらい、そうしていただろうか。さすがに銀子が手のだるさに耐えきれなくなってきた頃、環は、銀子の胸に体を預けたまま、寝息を立て始めた。

「……ありゃ……」

 しばらくそのまま様子を見ていた銀子だが、

「……しゃーないなー……」

 一言呟いてため息をつくと、環を起こさないよう気を使いながら抱き上げ、静かにベッドに運んだ。


 洗い物を済ませ、テーブルとコンロ周りを拭いてから、銀子は折り畳み椅子を持って環の様子を見に寝室に入った。

――ウチやったら、そんなん耐えられへんな――

 その環の綺麗な寝顔を見ながら、後ろ前に座った椅子の背もたれに体を預け、銀子は思った。

――不思議やなぁ、こーんな綺麗なお嬢さんやのに、何が気にいらへんねやろ……――

 家庭の事情とか、そいういうのは銀子にはわかるはずも無い。一つだけわかるのは、留守がちとはいえ、戻って来さえすれば家族団らんとなる自分と違い、同じようにほぼ一人暮らしではあっても、環には、少なくとも今はそういうのは望むべくもない、と言う事だけだった。そうする理由、環の肉親がそうすることを選んだ理由が、銀子にはわからない。何か事情があるにせよ、では、どんな理由なら、娘を遠ざけるに足るのか、銀子には想像もつかなかった。

――そんで、八重垣さんは、文句も言わへんとずっと耐えてきたんか……たまらんなぁ……偉いなぁ……――

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