第32話 “咲夜御殿”とは何か(7)

※セリフの符号を変更しました【R4.6.29更新】

―――――――――――――――――――――――――――――――

「……っ! …っ紗!愛紗!」


 遠くでツヨが私を呼ぶ声が聞こえた。

 体中がうねるような感覚を感じる。


「……ん」


 目をゆっくり開けると、自分の皮膚が膜のようなもので覆われているのが分かった。

 

 ――ゴゴゴゴゴ


 揺れているのは体じゃなくて地面?

 

 地面からは煙や溶岩のようなものが噴き出し、地割れによって分割された地面がそれぞれグラグラと揺れている。

 この煙は不思議と熱くないのは、この膜のおかげだろう。多分、ツヨの術だと思うけど――

 

「――愛紗?! 早くそこから離れて!」


 上空からツヨの叫ぶ声が聞こえた。


――バシンッ! バシッ! パァアアアアン!


――ブオオオオオオォオオオオオ


 上空では、ツヨとツキカゲさんが曲弦達と対峙している。


 ツキカゲさんは紫の電流を身にまとい、小太刀を振り回しては電流を曲弦達に向かって飛ばしていた。

 ツヨはやや後ろで身構え、何かを呟いているようだ。


――ベェベンッ!!!

――プオオオオォオオオオ!!!

――タタンッ!!!


 曲弦達は、それぞれ音色を奏で、ツキカゲさんの電流を打ち消しているようだった。


――ドゴオオオォン!!!

――ギャアアアアアァァア!!!


 両者は離れているのに曲弦達が電流の軌道がつかみきれないのは、ツキカゲさんの背後でツヨが術を使っているからだろうか?

 ツキカゲさんが飛ばした電流は、直線ではなく揺らいだり消えたりしながら、たまに楽器達に直撃し、その体勢を崩させていた。


「……いい加減、諦めたらどうだい、ツヨ様。こうしているうちに世界の改変は進んでいるんだ」


 舞人形は曲弦達の背後で演奏を続けている。


 確かに地鳴りはおさまらない。

 もっとこう、舞人形に直接の打撃を与えるような何かがあれば――


「――愛紗! 早くそこから離れて!!!」


 ツヨが私に向かって再び叫ぶ。


「……ほう? この灼熱の中を生きてるとはね」


 そう言うと曲弦が私の方を向いた。


――タタンッ


「愛紗っ!」


 ツヨが私の方に向かって飛ぶ。




――ドクンッ――




 ――刹那。周りの空間が灰色になった。


「???」


 すべての動きが止まる。

 喉元が少し痛い……が、


「痛ッ」


 喉を触ろうとすると、痛みを感じを感じた。


「!!!」


 一歩下がると、喉元があった位置に、透明な長い針のようなものがある。


「こ……れは」


 ……多分、曲弦が私に向かって放ったものなのだろう。

 動きが止まっていなければ……思うとゾッとしてしまった。


「……当たり前です。貴方は”死の契”(しのちぎり)で死ぬこと以外、許されないのですから」 


「?!」


 わりと近くで女性の声が聞こえた気がした。


「こちらですわ、愛紗様」


 声はカバンの中から聞こえる?

 中身をゴソゴソと探すと、茶々さんのお店で購入した”万化鏡”(まんげきょう)が手に触れた。


「あぁ! それですわ、そ・れ!!! ”宙の法”(そらのほう)と”理の法”(ことわりのほう)でやっとわたくしの声が理解できましたわね!!!」

「?!」


 やはり声は”万化鏡”から聞こえていた。


「えっと……貴方は?」

「わたくし、第237霊界式零因子礼節学習電脳1982/2370ですわ」

「ん?」

「だ・か・ら、第237霊界式零因子礼節学習電脳1982/2370ですわ」

「…………………………れいこちゃんでいい?」

「な・ぜ・で・す・の?!」


 思わず、長い名前にあだ名をつけてしまう。


「ごめんなさい、言いにくくて」

「まぁ、気持ちは分かりますわ」


 分かってくれるんだ?!

 この素直さ……とてもいい子(もの?)なのかもしれない。


「もし、他に呼ばれたい名前があればそう呼びますけど……」

「……その”れいこ”というのはどういう意味なんですの?」


 本当は”れい”が沢山聞こえたからだけど、そのまま言うのは気が引ける。

 多分、お嬢様のような言葉を使うくらいだから……

 

「えっと、漢字で書くと”れい”は……礼儀とか麗しいの文字を使うか――」

「――気に入りましたわ! それ!!!」

「ええっ?!」


 やはり、高貴な感じが気に入ったのだろう。

 ……ということであれば、このまま呼び続けることにしよう。


「愛紗様は、私が本来、礼儀や作法を学ぶ装置だということをご理解いただいているのですわね! さすが”死の契”に認められていることはありますわ!!!」

「ん? 本来?」

「そうです! 私は本来、第237霊界の皆様が紳士・淑女な判断や振舞いができるよう指導・制御する電脳装置なのですわ!!!」


 すると鏡の中から、ノイズの入った乱雑な映像が映し出された。


――人間に似た存在が、食事や対談をしている映像――


 これらは、きっと私達の世界でいうと作法のような映像なのだろう。


「……ですがシン様の”理の法”のせいで、この品格ある情報は、第237霊界の術式や加工技術等で上書きされてしまいましたの」

「シンが?!」

「えぇ……先駆者達の知識には我慢できますが……中には野蛮な戦闘技術もあって…………うぅ」


 この鏡……シンが遺したものだったんだ。


「れいこちゃん、なんで今まで話せなかったの?」

「今のわたくしと適切な会話をするには、第237霊界の真理である”宙の法”と”理の法”を少しでも知る必要がありますわ……あとは鏡に適当な文字を描いていただいて反応をみるしかありません」


 その使い方は、以前ツキカゲさんが話していたものと同じものだった。

 ”鏡に筆で文字を書き、その上で加工した素材を特殊な小瓶や札で取り込む”だっけ?

 確かに、その方法だと限られたことしかできない気がする。


「でもツヨ、れいこちゃんを知らなかったよ?」

「あぁ……、ツヨ様ですか。あの方は元々礼節を備えた方だったので必要なかったのではないでしょうか? シン様は……その……粗雑な方だったので」

「………………なるほど」


 れいこちゃんは泣きそうな声でそう言うと、これらの映像は術の紹介や材料実験のような映像切り替わる。

 ”理の法”……か、まだ確信は持てないが、きっと今まで夢で会ってきたあの人がシンなのだろうなぁ。


「とりあえず、愛紗様。この状況をなんとかしないと」


 そうだ。ついさっきまで喉を貫かされそうなことだったんだ。 


「この状況は”死の契”が創りだしたもの。私達がこの状況を打開できる策を思いつけば、きっと元の時間軸に戻るはずですわ」

「……れいこちゃんは、この印が生きているようなことを言うんだね」

「そうですわね。ある意味、意思は持っているかもしれません。それは、あるべき時、あるべき場所、あるべき方法で実現される神罰なのですから……それ以外の方法で死ぬことは許されませんわ」


 ということは、それまでは死ぬことがないということか……。

 それはある意味、最強ではないだろうか?

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