第16話 葛葉小路商店街の怪(11)

※ツヨのセリフの符号を変更しました。テレパシーを使用している時のセリフは『 』、実際に話す言葉は「 」とします【R4.2.28更新】

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「ちょっと待ってな」


 ツキカゲさんは店内を片付け終わると厨房に入っていった。

 その間、私とツヨは店内を見て回ることにする。調剤屋というだけあって、店内には薬の材料になりそうな植物や実、虫、動物の一部にようなものが置かれている。書籍も多くあり、手作りのような装丁だ。

 ツキカゲさんから解放されたツヨはもう落ち着きを取り戻していた……つまらん。


「ところで愛紗」

「何?」

「これは正真正銘“羅津銘らしんめい”だからね……」

「っぶっっっっ!!!」


 思わず吹き出してしまった……そんな神話にでてくる道具がそこら辺にあってたまるものか。


「でもこの世界では調剤士の仕事道具なんでしょ? 普通にあるような口ぶりだったよ。簡単に貰えたし……」

「多分、“咲夜姫さくやひめ”がこの世界を作ったせいだと思う」

「え?」

「彼女がこの世界を作ったのなら、彼女の零因子もこの世界に残ると思うんだ……ツキカゲはきっと彼女の零因子の影響が強いんだと思う。“羅津銘”と似たものがこの世界に存在しても不思議ではないと……理由は分からないけど」

「普通の筆と“羅津銘”には違いがあるの?」

「物事を支配できる力が違うんだ。使用者の零因子の質と量にもよるけど、“羅津銘”は無から世界を作り出すこともできるよ。多分、普通の筆は存在するものの性質を加工するくらいなんじゃないかな? 彼女は“咲夜姫”ほど零因子が高くないから、“ちょっと性能のいい道具だな”程度にしか感じていなかったんだろうね。材料の加工にしか使っていなかっただろうし……よかったよ、気軽に渡してくれて」

「ふーん、でもなんか都合がよすぎない? この世界に来てすぐそんな凄いものにめぐり合うなんて」

「まぁ、ただ神獣と“羅津銘”のような神の道具が惹かれ合うのは世界のルールみたいなものだからね……“死の契しのちぎり”も同じようなものだよ」

「え?」

「“死の契”は世界のルールを破った代償。神直々の罰だからね」

「……正直全く覚えがないんだが」

「まぁ……今はね」


 まぁ、そういうことがなければ神獣であるシンを気軽に見つけられる訳ないよな……ということは、“羅津銘”もシンを見つけるきっかけにもなるのだろうか? 一体どうやって使うんだろう。


「なら、ちょっと使ってみる?」


 私の考えを読んだツヨは、そう言うと、店の棚から一冊の本を持ってきた。私が触っても影響がないものだろうか?


「うん、大丈夫だと思うよ。“死の契”に影響するレベルのものはないから」


 私は試しに本を開いてみる。中には文章と簡単な印が描かれていた。文章は日本語ではないが……なぜか読める。“やさしい調剤入門”と書かれている。


「“死の契”は世界のルールに反する力。だから読めるんじゃないかな? 文字は僕の世界のものだよ……このページは加熱の印みたいだね。この印で材料を加工するんだ……それも僕の世界に似てる」

「印?」

「このページに書いてある記号だよ……見てて」


 ツヨは尻尾で“羅津銘”を持つと、筆の毛先を金色に光らせる。そして、店内にぶら下がっていた青い実に向かって印を描いた、筆の動きに合わせた金色の軌跡が本にある印を描いた。


――シュウウウウウウウウウゥウウ


 青い実が蒸気を帯びて、赤い実に変わっていく。


「食べてごらん」


 試しに手に取って、食べてみる。それは、できたての焼きリンゴのようだった。なるほど、これが印の力か……誰でもできるのだろうか?


「僕とシン以外は、なにか道具が必要だね。この筆みたいに」

「私にも?」

「うん、できるだろうね。簡単なものなら代償は必要ないけど、強い力は“死の契”の進行を強めるから注意してね」

「わかった」


 魔法みたいな力か……“死の契”は怖いけど、テンションは上がる。

本を黙々と読み続けていると、ツキカゲさんが厨房から出てきた。何かカゴのようなものを持っている。

 

「ん? その本気に入ったのかい?」

「えぇ、まぁ」

「じゃあ、その本も持っていくといいよ……お代は……そうだねぇ、お前さんの履物でいいよ」


 ツキカゲさんが私の靴を指さす。

 確かにこの世界の足に履くものは草履とか足袋みたいなものが多かった。


「でも履ける大きさですか?」

「ううん、バラバラにして材料として使えるか調べたいんだ。この世界でないものなんて何ができるやら……」


 ツキカゲさんの表情は仮面で分からないが、その口調はかなり興奮した様子だ。おしゃれというよりも調剤士としての好奇心が強いのだろう。

 私はツキカゲさんと靴と本を交換することにした。


「じゃ、行こうか!」


 ツキカゲさんはカウンター脇の扉を開け、階段を上っていく。

 後に続いて2階にあがると、研究室のような場所に出た。1階よりも実験材料のようなものが多く並び、壁面には多くの印が刻まれている。


「タロ! お客さんだよ」

「何? ツキカゲ……ん?」


 奥の書類の山が何か動くと、その山の向こうから丸眼鏡をした長身の男性が顔をだす。タロウザエモンの助手だろうか?


「愛紗! 紹介するよ! タロウザエモンさ」

「……よろしく」

「え?!」


 思わず声をあげる。タロウザエモンの顔は20歳くらいの若さで、50年前にこの世界に来たとは思えない。

 タロウザエモンは、私に近づいて来ると、マジマジと見る。


「ん? 君は……愛紗!!!」


 どうやら私のことを知っているようだった。

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