第15話 裏側Ⅱ

 ルベリア王国の南方には都市国家群とバルレイン王国がある。特にバルレイン王国はルベリア、ランドールに次いで大きな勢力を誇る国である。


 そんな大国の王宮では、2人の人物が地図を見ながら話し合っていた。


 1人は、バルレイン王国の国王。もう1人はバルレイン王国国軍にて、左将軍の地位に着く、軍人である。


「私が蒔いたルベリア混乱の種ですが、上手く芽吹かなかった様でございます。申し訳ございません」


 深々と頭を下げる左将軍にバルレイン王は笑顔で返す。


「いくら知将と知られるそちでも、全ての計略が成功するわけではあるまい。それに、此度は、成功したと言っても良かろう。計画通り、内乱は起きたのだ。ただ、第3王子側があまりにも不甲斐なかったと言うだけ。仕方の無い事だ」


「勿体無いお言葉です」


「それに、新たな種が蒔かれたではないか!降って湧いた物だが利用せぬ手はあるまい」


 楽しそうに笑うバルレイン王に左将軍は頭を下げて諫言する。


「陛下。おっしゃる通り、新たな種は此方が蒔いた物ではありません。どの様に成長するか分かりかねます。それに、新たな種には以前の種よりも水も肥料も豊富に必要でしょう。もし、此方の思うように育たなかった場合、育ったとしても、すぐに刈り取られてしまった場合、此方の損失も大きくなるかと」


「ふむ」


 笑みを引っ込めたバルレイン王は暫し、思案すると、口を開く。


「お主はどうなのだ?あの種を育てる自身は無いか?」


「育てろと仰せなら、非才な身の全力を尽くしますが、必ずや果実を付けるとは確約しかねます」


「果実を付けろとまでは言わぬ。あの種が、周りの草花を弱らせるまで、育てる事は可能か?」


「おそらくは!」


 左将軍の言葉に、バルレイン王は再び微笑む。


「ならば、やってみよ。必要な資金は遠慮せず言うが良い。此方の兵も動かせる準備はしておこう」


「はっ!!」


 バルレイン王国の王宮に左将軍の声が響いた。


―○●○―


 ルベリア王国の西川に隣接するランドール王国は300年を超える歴史を持ち、ルベリアに近い国力を有する大国である。

 国の北側はエルフの居住地域である信仰の森と接しており、昔から、ランドール人が信仰の森のエルフを攫って奴隷として売るという事件が度々起こってきた。

 ランドール王国政府としても、眼を見張るほど美しく、老化の遅いエルフは人間の奴隷とは比べ物にならない値が付くため、エルフ奴隷狩りを積極的に支援してきた歴史が有る。

 しかし、そんなランドール王国の所業にエルフの怒りが爆発したのが30年前、信仰の森にあるエルフ五カ国の一国、「南の森の国」がランドール王国北部の村々を襲撃した。

 今まで一方的に搾取していたランドール王国はエルフのこの所業に激怒。討伐軍を派遣することになる。

 当時、人口の差、国力の差から、簡単に制圧できると考えていたランドール王国政府だったが、それは敵わず、今日まで続く泥沼の戦争に発展してしまっている。


 そんなランドール王国の王宮で、当代のランドール王フリードリヒは軍から上がってきた報告書を読み、頭を抱えていた。


「生け捕りにしたエルフは百名程か。しかも68名が女。奴隷商人。いや、オークションに回せば、高値が付くだろう。しかし…」


 フリードリヒは損害の方を見て眉を顰める。


「連隊が1つ丸ごと壊滅とはどういう事だ?将軍」


「申し訳ございません。エルフ共を深追いして森に入った者達が皆殺しにあい」


 報告書を持参した将軍の言葉にフリードリヒ王は眉間のシワを深くする。


「何故、森の中に深入りする!!囮部隊だけ入れてエルフ共を釣りだせ!この30年の戦で軍は何も学んでおらぬのか!!」


「もちろん。陛下のおっしゃいます通り、エルフ共の森を利用した独特な戦術は、これまで嫌と言う程味わい、対策をマニュアル化して、全軍に徹底しております」


「では、何故、この様な事になる!?全滅したのは連隊1つだが、この報告書によると、他にも複数の部隊が大損害を受けているではないか!?

 兵の装備は当然失われたし、兵が死んだ以上、遺族には見舞金を送らねばならぬ。それだけでも大きな出費だ。その上、追加の兵を訓練せねばならぬ。兵士1人を育てるのにどれだけ訓練費が掛かる?今言った損失全て、エルフを100名程度売っただけで回収できるのか?」


 王の言葉に将軍はおずおずと口を開く。原因ははっきりしているのだ。しかし、その原因を言えば間違いなく王は機嫌を損ねるだろう。


「(今更だ。どちらにしろお怒りを買うことは変わらん。ならば、言いたいことを言った方が良い)」


「陛下。先程も申し上げた通り、対策マニュアルは徹底するよう務めております。ですが、若い兵士の中には欲に目がくらむ者が必ず一定数居ります。それが一兵卒ならば、上官が戒めますが、連隊長ではどうにもできませぬ」


「何故、その様な愚か者を連隊長とした?」


「陛下のご命令でしたので」


「何!?」


 王の声が冷たくなり、将軍の背中は冷や汗でびっしょりと濡れたが、一度言った言葉は飲み込めない。それに飲み込む気もない。


「アルタウス侯爵のご子息に連隊を任せよとお命じになったのは、陛下であったと記憶してございます」


 一気に言い切り、顔を伏せて王の言葉を待つ。


「………」


「………」


 両者が沈黙した場の空気が肌に刺さるように感じる。


「貴様は…」


 王が何か言おうとした時、謁見の間に宰相が入室してくる。


「ご無礼いたします陛下。将軍より、戦地の報告を聴いている最中とは思いますが、火急の要件でして」


「どうした?」


「此方を」


 宰相が差し出した羊皮紙の内容を読んだフリードリヒは、先程までの怒りが消え失せた顔で、将軍を見やる。


「将軍!」


「はっ!!」


 身構える将軍。しかし、王が口にしたのは予想外の言葉だった。


「エルフ共と休戦出来んか?それが無理でも、守りに徹することで、エルフ共に向ける兵数を減らすことは出来んか?」


「は?」


 言われた意味が分からず、呆けた声を出して、思わず顔を上げる将軍に、フリードリヒ王は獰猛な笑みを向ける。


「今ならルベリアを取れる!!」


―○●○―


 バルレイン王国が再び暗躍を始めた頃。ルベリア王国の北、リガート山脈の切れ間にある北の公爵領と国境を接する北の強国オルゴラでは、丁度王都で建国祭が行われていた。

 この日は、157年前に建国の父アウグスト王が立ったとされる日であり、オルゴラ王国が始まった日である。最も、実際にオルゴラ王国が形になるのはアウグスト王決起から20年程の時を要しており、ルベリア王国を始めとした古い歴史が有る国々の資料にオルゴラ王国の名前が見られだすのは大体130年前からだ。


「皆、楽しんでおるな」


 王城の広間で行われている建国記念の舞踏会の様子を眺め、オルゴラ王バルタサール3世は満足げに頷く。


「町の様子も同じだな」


 王城の窓から城下である王都の様子を眺めると、夜だと言うのに昼間のように明るく、民達は屋台で食べ物や酒を買い、楽しげに過ごしているのが見える。


「一時はどうなることかと思ったが、予定通りの小麦が手に入った事は喜ばしい限りだ」


 バルタサールはもう一度満足げに頷く。オルゴラを始めとする北部の国々は総じて土地が痩せている。食糧事情が厳しい国が多く、殆どの国が農業大国バルレインや都市国家群から小麦を輸入していた。

 しかし、貿易の中継地点となるルベリア王国で内乱が起こり、その貿易に影が落ちたのだ。海輸は普段と同じく行われていたが、元々海輸はリスクが大きい。天候不順、海洋の大型魔物や海洋性大型魔獣、海賊など、様々な理由で毎年何隻もの船が沈む。安全を選ぶならやはり陸路なのだ。


「そう言えば、他国から小麦を奪う事に注力し、ルベリアの状況を気に掛ける余裕が無かったが、どうなっただろうな?」


 惜しいことをしたかと、バルタサール王は少し後悔を感じるが、「いやっ」と首を振る。


「やはり近隣の国々から小麦を奪うことが最優先だった。それに食糧事情に不安が有る状況では、大国ルベリアを相手にするための兵糧を十分に用意できなかった。仕方のないことだ」


 30年前、ルベリアとの戦で味わった屈辱を忘れてはいない。しかし、それだけで動くほどバルタサールは短絡な王ではなかった。


「陛下。建国記念祭の折に申し訳ございませんが、ルベリアに送り込んだ密偵が情報を持ってまいりました。急ぎ、お見せした方が良いと愚行し、不躾ではありますが、持参いたしました」


「ふむ」


 声を掛けて来たのはオルゴラ南部に領地を持つ諸侯。平時より、ルベリアに多くの密偵を送り込み、その同行を探っている男だ。


「大儀である」


 短くねぎらいの言葉を掛け、報告書に目を通す。


「やはり終わっていたか」


 報告書の中に内乱終決の文字を見つけ、思わずため息が漏れるが、読み進めていくウチに、完全に機会を逃したわけでは無いと思えてきた。


「内乱の規模が大きいな。これでは国力の低下は免れまい。新しく立った王太子の能力にも疑問が残る。南部の民や、諸侯にも不満が溜まっているだろう」


 読み進める内に、最初は残念そうだったバルタサール表情が徐々に明るくなっていく。


「第5王子側の主力だったと言う人外の強さを持つ子ども達というのが気に掛かるな。他に情報は?」


「此方に」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに男が取り出した書類を目を通すバルタサール。読むにつれて、難しげな表情になる。


「まるでおとぎ話の様な話よな!これに誇張が含まれておらぬのなら、大量の兵によって数で押しつぶすしか手が思いつかぬ。だがな〜」


 カイル達は数で押しつぶすしか無い。そう判断したバルタサールだが、いざ事を構えると、兵数はオルゴラ側の方が少なくなるのだ。

 ルベリア王国の人口はオルゴラ王国の4倍近い。オルゴラは軍事国家だが、兵が湧き出るわけでは無い以上、兵数に限りは有るし、国防や兵糧の問題も考えると、遠征させる兵の数はかなり限られると見るべきだろう。一方で経済大国であるルベリア王国はかつて、近隣諸国から大量の傭兵を雇い入れ、大軍を組織した事が有る。


「資金的にも苦しく成っているのは事実だろうが、何処まで苦しいかな」


「功労者への出し渋りを考えると、国庫の逼迫は相当なものと予想できます。仮に多少余裕があったとしても長くは持ちますまい」


「ふむ」


 暫し考えた後、バルタサールは侍従に宰相を呼んでくるように伝える。


「及びでしょうか陛下」


 それほど間を空けず、宰相がバルタサールの前に現れる。バルタサールは大きく頷いて口を開く。


「期を見て、ルベリアに仕掛ける。ゼギアとテルミッドに協力を要請しておけ」


「テルミッドはともかくゼギアもですか!?先日かの国とは事を構えて小麦を奪ったばかり、餓死者も出ているとか。容易に頷くとは思えますまい」


「しかし、その戦で、百騎将の地位に付いている魔術師。リオ・フォン・ド・メリーンの強さは見たであろう。ゼギアの小勢相手に此方が多大な犠牲を出したのはあの男の力に依るものだ。味方ならば心強い」


「それは、そうですが…」


「それにゼギアは今、我が国以上に小麦が欲しいはず。ルベリアに攻め入れば、それが手に入るのだ。交渉の余地はあろう」


「……。かしこまりました。人選を行います」


 宰相はまだ何か言いたそうだったが、その言葉を飲み込み、深く頭を下げた。

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