吹雪山と歌舞伎山


 ― ソノ者数千ノ時ヲ経テコノ地ニ現レルナリ。〝ミシロフ〟ト名乗ルソノ男ハ、奇妙ナ出デ立チト醜イ下郎ヲ従エ、竜ヲモ成敗スルヤソノ手下ニ加エ、人肉ヲ欲ス血染メノ女郎蜘蛛姉妹ニ立チ向カウト忽チ退治、ソノ牙ヲ封ジ込メテ己ガ忠臣ニ迎エ入レル心ノ広サヲ持ツ是シンニ寛大ナリ。瞬ク間ニ王ヘト上リ詰メ、短クモ平定ノ時ヲ得ル。奇シクモ大地ノ怒リヲ合図ニ一揆ガ勃発、ヤガテハ追放ノ身トナリテコノ地ヲ去ッタ神ノ化身ナリ ―


 {この山には遥か昔、神の化身と崇められた〝ミシロフ〟なる人物の伝説が残ってます。なんでもはるか以前、この地は地続きではなく、吹雪山を中心とした一つの島だったそうです。小さな集落があちらこちらにあるだけの未開な島で、ミシロフなる者がふらりとこの地に現れると忽ち村は大発展を遂げ、今の世を凌ぐ科学力さえ手にしていたといったなんともファンタジー感溢れるお話です。そんな彼等にも悲劇が訪れたのです。男尊女卑の社会に喝を入れるべく一部が暴徒化、やがてその矛先はミシロフ自身に向けられるのでした。これに怒った手下の竜が大暴れ。その耳まで裂けた口から吹雪のような凍える息で町中を氷漬けにしてしまうのです。その時この山も竜の吐く吹雪で凍った事からと名付けられたそうです。残った民は総出でミシロフを探すもその姿は何処にもありません。神の怒りをこれ以上受けない為にもと木彫りのミシロフ像を山頂に祭ったのでした。それ以来、何年かごとに新しいものへと替えられ、麓の村では今も尚語り継がれているのです。 ※吹雪山伝記より抜粋}


 「…………」


 「これってもしや……」


 「なにも言うなモッチー! なにも言うな……」


 僕じゃん! 

 これ僕のことじゃん! 

 〝ミシロフ〟って〝三河〟をパーツでばらしただけじゃん! 

 しかもニャゴリューが吹雪ってなんだよ? 

 あいつ確か吐くのは熱湯じゃなかったっけ? 

 しかも男尊女卑って……歴史なんていい加減なもんだな! 

 それにしても醜い下郎ってプププ。


 「つまりこの像は三河君なんですよね。ちゃーんとリュックのようなもの背負ってますね。それからこの紐に括られた横にいる動物はなんでしょうか? もしかしてリバーライダー? にしては不細工過ぎですが?」


 不細工ってだけで答え出てるじゃん! 

 でも真正面切って言えない自分が歯痒い! 

 気付けよモッチー! 

 それは自分だって!


 「チッ! なんかずっと見てるとイラっとしますね?」


 なんとなーく僕の心の声が届いたのか、後ろ姿でもピクピク顔面に血管が浮き上がるのを感じ取れた。どうやら気付いた模様。よかった。


 「あれ?」


 「突然どうしたんですか三河君?」


 「いやさ、なんかおかしくない?」


 「ハイ?」


 「だってそうじゃん。この神話がこの山に古くから伝えられているのならここがあのアオジョリーナ・ジョリ―村だったってこと? だとしたら生態系があまりにも違わない?」


 「あっ! 言われてみればそうですね? サンフラワもないし、不思議鉱石の話などわが国では聞いたことありませんね?」


 そもそも喋る動物なんて存在すらしていない。それに科学力は相当なレベルにまで発展していたはず。その痕跡すらないのは何故だろう? 僕達が異世界へと導かれたように、昔にも同じようなことがあった? 向こうの世界とこっちの世界がどこかで交差した? しかしもう検証のしようがない。向こうへの行き方も分からないし、それ以前に二度と戻るつもりもない。こちらでは神話レベルに古い話なのだから資料なんて物もどれだけ残っているか怪しいもの。それにその資料が正史を記しているとは限らないし。


 「なんだか考えるのが面倒になってきた。頭がパンクする前に下山しようかモッチー?」


 「そうですねー。特別することもないし、三河君と長く顔を合わせ過ぎたせいでこれ以上一緒にいるのもウンザリですし、そんなワケで帰るとしますか?」


 「実際こっち時間で約1年ってとこ? 向こうって確か一日が早かったよね? こっちではあれから2時間程度しか経ってないのにねぇ。なーんか不思議な感じ」


 「とりあえず、何か食べた後に……あぁっ!」


 急にモッチーが大声を上げた! 

 ビックリするじゃないかこの糞ボケキモ男がっ!


 「み、三河君、僕お金持ってない……」


 「お前フザケンナよ? 僕みたいに緊急の時用にベルトの裏へお札を隠しておくぐらいの知恵をつけとけや!」


 海外旅行用のベルトにはそのような便利機能が備わっている。他にも靴下とか、まるで初めて繁華街を訪れる陰キャ用かと思う程にその隠し場所は巧妙。カツアゲ対策を真面目に取り組んだ便利アイテムで僕は結構重宝している。


 「ここにだな、一枚のお札を……ジャッジャーン!」


 モッチーの目前で得意げに広げたそのお札には、中心にリバーライダーが描かれていた。


 「って、アオジョリーナ・ジョリ―村の紙幣じゃないかよコレはっ!」


 {ペチッ!}


 イラっとしてそのまま地面へと叩きつけてやる。実際そのお札に罪は無いのだけれども。


 「プーックックック! み、三河君らしいですね? も、尤も、これで確実に異世界があるってのが証明できますね。物的証拠ですから」


 「だなー。もっと大切に扱わなきゃ」


 お札を拾おうと僕が腰を曲げて手を伸ばした瞬間!


 {ピュゥーッ!}


 絵にかいたような突風に見舞われる!


 「あっ!」


 という間に上空へと舞やられ、風に乗るとやがては見えなくなってしまった。

 

 つまり……紛失? 

 うわーっはっはっは! 

 間抜けすぎて最早笑うことしかできないや!


 「なにやってんですか三河君っ! 本当にドジで間抜けな芋虫めっ! 一回死ねばいいのにっ!」


 ヤキが存在しないのをいいことに言いたい放題なモッチー。ムカつくけど反論できない。自分の愚かさに大王グソクムシの生息限界深度よりも深く反省。


 「もう僕達に残された道は早急に下山することのみですね」


 「ああ。急いで東と接触してお金を貸してもらおう。エビちゃんも当てにならないだろうし」


 「では体力のあるうちに急ぎましょう!」


 こうして僕達は大至急下山を開始。上りと違ってそこまで辛くなく、自分でも感心する程のペースで下って行った。



 ― 一合目中間付近 ―


 「ハァハァ、もう少しだモッチー頑張れ!」


 「ふぅー。僕より後ろでなにをほざいてるんですか? 急がないと置いてっちゃいますよ?」


 「仕方ないだろ! かれこれ一時間以上歩きっぱなしなんだからっ! お前の方が異常なんだよっ!」


 「クマー」


 「やーいやーい! 悔しかったら直接僕の前へ来て……クマー?」


 その時だった!


 {ドゴォッ!}


 「ギャアッ!」


 登山道外から物凄く大きな物体が飛び出すと、それがモッチーを直撃! 彼は山の側面へと埋まってしまう。


 きっと僕に暴言を吐いた罰だな。

 ちょっとだけ胸がスッとした。


 「おまえは……ショーキューじゃないかっ! どうしたんだこんなにもボロッボロで!?」


 「うわあぁぁぁぁぁんっ! 寂しかったでクマーっ!」


 ショーキューはその巨漢で泣きながら僕へと縋りつく。彼もまた時に惑わされた被害者。


 「グズッグズッ……も、もう出てもいいクマー? 体力は戻ったかクマー?」


 「ん? なんだ? 独り言?」


 僕には分からない何者かへ話しているかに見えるショーキューの仕草。首をかしげて、まるで自分自身に語り掛けているようにも見えるのだが……。


 「ガッ! ウガァッ!」


 突然ガクガクするショーキュー。直後、その場で座るように腰を落として大人しくなった。


 {スゥ……}


 『……ありがとうショーキューさん』


 「力が入らないクマー」


 「!」


 『……旦那様っ! ヤキは、ヤキは戻ってまいりましたよっ!』


 


 この時僕はきっと笑顔でヤキを迎えたと思う。取り繕われた上辺だけの営業スマイルで……。

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