姉と妹


 そこには見るからにやせ細った二人の女性が収められていた。それにしてもなんか臭うような?


 「あっ! この二人まだ生きてるんじゃないの? これってオシッコとウンコの……いや、これ以上は可哀そうか」


 抱き合うような形で箱の中へと入っている彼女達の股間辺りは、それはもう酷い有様。垂れ流しとはこんな状況を言うのだろう。しかし、その湿った状況を見るや、出したてホヤホヤ感がある。つまりはまだ生きている証拠。


 「ちょっとショーキュー、二人を箱の中から出してあげて! 青ジョリはどこからか水を、で、もう一匹のベアアップはさっきの魚を少しだけ持って来て!」


 その間僕はポケットからナイフを取り出し、棺桶から削りカスを作る。同じ様に向日葵を出すと、以前やった要領でそれ等に火をつけた。種火が着くと、近くにある乾燥したブーのウンチや棺桶の中にクッション代わりで入っていた藁を取り出し、そのまま火にかぶせてやる。そこそこ安定したら、今度は隅に積んである薪をくべてやった。



 「そーっと飲むんだよ。あと、食べ物もあるから安心してね」


 弱り切った人体にいきなり食料を流し込めば生命を危険にさらしかねない。水はぬるま湯にして口に含ませ、魚は焼いた後、水と一緒に捏ねて半練り状にして食べさせてやる。すると……


 「あ……りが……と」


 この言葉を口にした後、彼女は再び眠りについたのだった。


 「これはマズイなー。ブーを手に入れたらさっさと青ジョリの家に帰るつもりだったけど、無理だなー」


 このままだと青ジョリの家へ連れ帰るなんて到底無理な話。せめてもう少し回復してくれれば何とかなるんだが。とりあえずこのままではなんともならないので、ここで作戦会議をすることに。


 「今のうちにショーキューは四方を柵で囲まれた場所を作って。で、青ジョリはここに居るブーを全部そっちへ連れってってよ。持って来た魚で釣れば簡単に移動してくれるんじゃないの? 超腹ペコみたいだし。で、その後ちゃんと魚を食べさせてあげな。少なくとも持って来た量があれば全匹お腹いっぱいにはなるんじゃないの? 序に懐くのかも知れないしね」


 「合点でさぁ!」


 「オッケーでクマ」


 返事をすると、直ぐにこの小屋を出て行った青ジョリとショーキュー。気持ち悪いぐらいに従順だなオイ!


 「あとさ、お前は今から青ジョリの家まで戻ってモッチーにこのことを伝えて。今日はもしかしたら帰れないかもと。で、今度はもう少し仲間を連れて戻ってきて」


 「クマ!」


 彼もまた、大至急部屋を出て行った。それにしても完璧なまでに言葉を理解してるな? もう普通に人間でいいじゃん。見掛けは黄色いクマだけど……。


 「う……うん」


 青ジョリによって床に簡単な即席ベッドが作られ、その中で眠る彼女達。お姉さんらしき方が寝返りを打ったのだが……


 「あれ? なんかおかしいぞ?」


 あれ程までにガリガリで生けるミイラ状態だった彼女の肌だったが、今は潤っているような? 恐る恐るその頬を指で押してみると。


 {ぷるるん}


 「あん……むにゃむにゃ」


 回復してるじゃんか! いくらなんでも早すぎと違う? それとも時間の経過が僕達の世界とは相当ズレがあるからその影響で回復も早いのか? いやいやいや、そんなはずはないだろう? その時だった!


 {ガタガタ}


 寝ていた片方の女性が突然起き上がると僕の方を向き、襲い掛かって来たのだ! 大きく開けたその口には牙が! もしや吸血鬼か? ヒィッ!


 『……危ない旦那様っ!』


 「ガガッ!」


 僕のガーディアンが咄嗟に吸血鬼らしきその女性の胸に飛び込んだ! となれば、次は……


 『……いうこと聞かないと想像できないぐらいのオゾマシイ最後を迎えることとなろうぞ! この愚か者めがっ!』


 吸血鬼は土下座しながらも自分の口からヤキの言葉を吐くのだった。まるで独り芝居をしているかのように。なんか不思議な光景だな。


 「あ、ありがとうヤキ、もういいよ。ちなみにそいつはさっき言葉を話そうとしたけど……」


 『……言語は大丈夫そうですよ旦那様。それと……』


 ヤキは吸血鬼の体から抜け出した。勿論乗っ取られていた彼女は地べたに這いつくばり、動くこともままならない。この時点で完全服従となる。そしてこの時、心の中を覗いたようだ。


 「え? それマジ?」


 『……ええ。憑りついたときに心読みましたもの。タチワルですわよ』


 ヤキ曰く、この二人が村に到着するや片っ端から村人を襲ったのだそうだ。生きる為には水分が必要で、それを村人の血で補っていたのだとか。ところが、数件もまわるうちに外が騒がしくなり、様子を見るとあのミニバンが大暴れしていたんだと。その凶暴さに驚いた彼女達はジッとしているのが得策と、そこの棺桶のような箱の中へ身を隠したが、その後暫くミニバン一行が村に居着き、出るに出られない状況が続いたのだとか。結果干からびてミイラ状態となっていたとのこと。


 「おかしいと思ったんだよ。死体が干からびてミイラみたいなのに、なんでこんなに悪臭がするのかって。生きてなければこんな臭いなんかする訳ないし。って事はだ、つまりその二人が襲った村人は水分を奪われてカスカスの干物に、ミニバンにやられたのはミンチになって腐敗したってことか? 異臭のもとはやっぱりミニバンのせいなんだ」


 それにしても可哀そうなのはここの村人。どっちに転んでも全滅しか道は無かったと思うと不憫で不憫で……。


 「なあ吸血鬼よ、人間を襲わなければ生きていけないの?」


 「……い、いや、普通に食事で栄養を補えれば大丈夫。い、今の世の中はそれすら難しいから簡単な方法でつい」


 〝つい〟で人間を襲うかね普通? それ以上に臭いのが気になるけど。


 「あれ? そう言えばなんでお前は僕と話が出来るの? 言葉分かるの?」


 吸血鬼は不思議そうな顔をした。まるで〝このバカ何言ってんの?〟とでも言いたげに。


 「えぇ? ふ、普通に分かるんだけど……。言ってる意味のほうが分からないし」


 まさかこの世界の生物が僕達の言葉を話すようになったのではなく、僕達の方がいつの間にやらこちらの言語を口にしてる? そりゃ確かに青ジョリから習っている途中だけれど、ここまでネイティブに理解できるはずはない。しかも発音だって違うはずだし。うーむ、これこそ理解不能ではないか。でもここは前向きに考えて、意思疎通が楽ちんになったと喜ぶとするか。それにしても〝でさぁ〟とか〝クマー〟に〝でちゅ〟って、ひょっとして僕が脳内でそう変換してるってこと? その話し方を望んでるっていうのかな? これじゃあモッチーを変態と罵れないや。トホホ。


 「ところでさ、吸血鬼って呼ぶのも味気ないからさ、二人の名前教えてよ。でないと〝ウンコちゃん〟と〝オシッコちゃん〟って呼ぶこととなるけど……臭いから」


 「!」


 こんな生物でも恥ずかしい気持ちを持ち合わせているのだろうか? 顔が至る場所へと散りばめられている血しぶきよりも赤く染まる。それにしても見た目は全く普通の人間と遜色ないな。笑うと犬歯がチラチラ見えるぐらい? あれは牙なんだろうけれど。


 「ア、アタシの名前は〝ドーラ〟で、こっちは妹の〝ミラカー〟。父親の失敗により祖国を追われてこの地まで逃げてきた。この島の海岸に打ち上げられているところを誰かに助けられて……気がついたら海辺にある小屋にいた。なんか青い肌の生き物だったような?」


 この話でピンときた。


 『……ねぇ旦那様? もしかして助けた生き物って……』


 「ヤキ、それ以上言うな。それ以上は……」


 どう考えてもそれは青ジョリだろう。寂しいから触れ合いたいものの、その姿を見せて驚かせるのも悪いから助けるだけ助けて姿を消したと思われる。ぐぅっ、なんと切なさが胸にしみるんだ! 僕は応援するぞ青ジョリ!


 「あ、あの……体洗いたいんだけれど、いいかな?」


 「あー、クッサイから早くお願いするわー。序に服も洗っておいで」


 「うーん……」


 ここで漸く妹のミラカーが目を覚ます。この際どうでもいいけど、早く臭いを何とかしてくれないかな?


 「あっ! 人間だ! お前の血を……あがっ!?」


 速攻ヤキに憑りつかれたミラカー。悲しいことに、その表情は見る見る恐怖に支配されていく。グッジョブヤキ!


 この後、姉のドーラと同じく僕(ヤキ)に絶対服従の姿勢を示す妹のミラカー。相当な映像を見せつけられたのか、完全に精神がいかれた模様。このまま何事も無ければいいのだが……。



 それにしても僕はこの先どうなっていくのだろうか? ヤキのおかげで命の危険は心配しなくてもいいのだが、次々支配下に強力な輩が増えて行くのはどうにも変な気分。本当にこのままこの世界に根付いてしまうのでは? ハァ……。

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