向日葵とサンフラワー

「ふざけんなよ! もう真っ暗じゃんか!」


 現場へ到着して小一時間も経たないうちに辺りは暗闇へ。この間何回かモッチーとのヘッドバッド大会を開催するも、時空移動が出来るどころか、互いのおでこに大きなタンコブが出来上がっただけ。気付けは辺り一面闇の世界となっていた。


 『……あ、やっぱり重要でしたか? どうやらこの世界は時間の経過が幾分早いなと』


 このヤキの言葉にブチ切れ!


 「大問題じゃないか! アンタは霊だから年を取らないだろうけど、僕達は生身の人間だぞ!? その分細胞の活性が早くなるかもだろっ!」


 僕より先にモッチーが……。となれば当然、


 『……おい、今すぐここで乗り移られて野生動物の餌になるか、体を操られて自分のパーツをひとつずつ潰す、或はもいでいくのか選べ』


 「舎弟とお呼びください」


 『……次は無いからな』


 「ハハッ!」


 しかしモッチーも学習しないな? 実体のないヤキに勝てるワケないじゃん。しかも乗り移れるといった最強の奥義まで習得してるのに。


 「それにしても真っ暗でなにも……あっ!」


 ここで急に辺りが明るくなった。青ジョリがポッケから不思議な光体を取り出したのだ。しかもその形は見るからに……


 「向日葵じゃん! しかもチッチャ!」


 「ひまわり? なんでっかそれは?」


 赤ちゃんの掌より少し大きいぐらいのその花は、どこからどう見ても向日葵。いや、向日葵のミニチュアか。しかもそれが煌々と光っているではないか? ホワイ?


 「これは〝サンフラワ〟と言って、凄く便利な花なんでさぁ。その名の通り、三種類の効力を発揮するんでさぁ」


 「うーむ、これはなんとも面妖な? 見て下さいよ三河君、タネになる部分が小さなLEDみたいに光ってますよ?」


 下手な懐中電灯より明るいサンフラワ。僕達の世界でも光る生物はそれなりに生息しているが、これほどまでの明るさを放つのはいない。つか、サンフラワって、サン(太陽)とサン(数字の三)をかけてるのか? 駄洒落かよ? まぁ、この国で太陽をサンと言うのかどうかは知らないけどね。


 「すごいなコレ? 他はどんな使い方があるの?」


 「後は、こう振ると暖かくなるんでさぁ。振れば振る程にね。火傷するぐらいの温度なら簡単になりまさぁね。それともう一つは……」


 『……ちょっとよろしいですか旦那様?』


 不自然に会話の中へと割り込んできたヤキ。こういった時は決まって嫌な事が……。


 『……ちょっと周りをそれで照らしてみてくださいな』


 「?」


 言われた通り、周りへ光を当てると……


 「あっ! 囲まれてるじゃんかっ! あかんっ!」


 見たことのない野生動物達が僕らの周りを取り囲んでいたのだった。しかも全てデカい! 一番強そうな熊みたいなやつはアフリカゾウの二倍ぐらいあるんじゃないか!? もっとはやく言えよヤキ!


 「ムム?」


 ところが! 彼等は一向にこちらへと近づいてこない。不思議と半径5メートルぐらいの円を作って僕らを囲み、宇宙人にでも遭遇したような顔つきで未知の者への様子を伺っているのだ。彼等から見れば僕らもまた異形なのだろうか?


 『……あっ! 旦那様見て! あそこに白黒の猫がっ!』


 「えっどこ!?」


 「ほらあそこですよ三河君! あぁっ! 行っちゃった……」


 モッチーが言うには動物の間を縫って森の中へと消え去ったそうだ。するとどうだろう? これまでピクリとも動かなかった動物たちが一気に円の中へと足を踏み入れてくるではないか! もしかして猫が結界か何かを張っていたのだろうか? にしても大ピンチ! ヒェッ!


 「ヤ、ヤキ! 早くあのクマみたいなのに乗り移って! 青ジョリはサンフラワでヤツラの目つぶしを! モッチーはモデルのポーズを!」


 {ガルルル! ガルル!?}


 思った通り、効果覿面だ! モッチーという異次元の存在へファーストコンタクトした事により、あまりのキモさで一瞬戸惑うように動きを止めた! そこれ間髪入れずにフラッシュ攻撃! いくら夜行性といえど、これで暫く目は効かないだろう。


 「ヤキ! そのクマの心を読んで森の統率者を割り出すんだ! いや、最強の動物でもいいから!」


 「グゴガアァァァァァァァァッ!」


 直後激しいクマの攻撃が放たれた! 丸太のような腕から突き出した柳葉包丁のような爪が一撃で相手の首を飛ばす! 


 {ドッスン}


 倒れたのはクマの横にいたミニバンほどの獣で、その姿はまるで狼。それが一瞬で打首晒し者に! ヒエェッ!


 「オエェェェェェェェェェッ!」


 出来立てジューシーなその動物の死骸を見て、僕は思わず吐いてしまう。先ほどまで生きていたのに……なんと命の儚い事か。キモイと感じつつ、何故か頬を涙が伝う。自分の偽善者ぶりにもう一度吐いた。


 {ドサッ}


 「グルルルルル……」


 熊みたいなやつはその場で腰を落とし、電池が切れたかの如く機能停止。きっとヤキが抜けたのだろう。更に不思議なのは、この場にいるであろう数十匹の他の動物達が一斉に伏せて動くのをやめたのだ。これは一体……?


 『……旦那様やりましたよ! ヤキを褒めて下さいまし!』


 「え?」


 どうやらこの森を統べていたのはあのミニバンらしい。狼のような見た目からも解るが、強いだけではなく、やはり頭もよくて他の獣たちは嫌々従っていたのだとか。熊も力こそは拮抗していたものの、どうにもパーだから勝てなかったのだと。ミニバンとて、まさか熊にヤキが乗り移っていただとは夢にも思わず、無防備で横に佇んでいたのだろう。見た限りの異分子は僕達だけだから意識は当然こちら側にある訳だし。


 「だからといって命まで奪わなくとも……」


 『……ご冗談を旦那様! このヤキでもせいぜい数匹を相手にするのが限界、となれば敵の将を打ち取って早々に納めなければ遅かれ早かれ全滅してましたよ!』


 「ですね。僕もヤキさんの行動が正解だと思います」


 二人の話を聞くに、僕は平和ボケをしているのだろうか? 自分が現在どれほど危機にさらされているのか今一つ理解していない上にこの体たらく。そりゃヤキでなくとも怒るだろう。だけど……。


 本土決戦後の酷い有様を目の当たりにした幽霊ヤキ。これはあくまでも僕の想像だが、きっと生命の儚さを痛感したと思う。僅かな判断ミスが命取りとなるのは既に経験済みゆえ、ここでの迅速な行動も理解できる。

 

 しかしモッチーはどうだ? 

 

 彼とて僕と同じ時代に生まれて共に学校へと通う友人。それなのにこのたくましさはなんだ? 僕とのこの差はなんなんだ?


 「三河君は色々大人なんですけど、こういった考えはまだお子ちゃまですね。生きる……いや、生き抜くとはこういう事なんですよ」


 「モッチーはなんでそんなにハートが強いのさ?」


 「前にも言ったと思うんですけど、ウチは放任主義だったんですよ」


 「あぁ、それは知ってる。だからと言って……」


 「小学生の頃、里帰りという名のもとに実家の所有する山林の中へ毎年放置されるんですよ。ナイフ一本だけ渡されて。生きる為には他の生物を倒さなければならなかったんです。体を鍛えて格闘技術を向上させたのもその為だったんですけど、今はすっかり錆ついてますね」


 いや錆ついてないし。普通にユーの技は脅威だし。でも、これでなんとなくモッチーの強さが分かった気がする。性格がねじ曲がっているのも虐待からくるものなんだな。愛情に飢えているから女性への執着心もあんなに凄いんだ。まぁ変態なのは元からなんだろうけれど。


 「ごめんよ皆。僕が甘ちゃんだったよ。これからは生きるのを最優先にするから許してね」


 この言葉に全員笑顔で答えてくれた。ちょっと恥ずかしいな。


 「ところでさ、コイツ等はどうして伏せてるの? その気になれば僕達全滅させられるんじゃない?」


 『……それはですね、熊がリーダーの狼を仕留めたわけですよ。となれば必然的に熊が群れのリーダーとなるのは分かります?』


 「おいヤキ、あんまバカにすんなよ?」


 『……オホホホ。怒った旦那様も素敵ですね。で、話は戻りますけど、その熊は私に支配されてたんですよ。となれば熊は私に屈服したのです。ヤツの脳へ直接オゾマシイ映像を流し込んでやりましたからね。で、その私が旦那様に絶対服従となれば、自ずと旦那様が群れのリーダーになるのは当然の事』


 「えぇ……。ヤキは僕をどうしたいのさ?」


 結局、力で押さえつけられていた者は次なる強大な力が現れれば従わざるを得ないのか。弱肉強食とはよく言ったものだな。元々種族間であまり争わなかったこれらの動物達。ヤキが言うにはその束縛から解放されて感謝しているぐらいなのだそうだ。僕にはヤキのほうが怖いとさえ感じるのだけれど、その辺りがやはり獣なのかなぁ?


 こうして僕達は答えを見いだせないまま、山を下りるのだった。

 数えきれない動物達を従えて……。

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