紺青の囚人は憎しみに染まる

涼城若葉

第1話 王の寝室

 サフィラスは両開きの重い扉をゆっくりと押し開けた。


 閣議の間、執務室、控えの間、全ての扉の前に衛兵が立っている。しかし止める者はいない。話はすでに通してある。


 ルヅラ糸で織り上げた、真紅の衣装をひるがえす。

 サフィラスの瞳と同じ色。

 憎しみの色。


 サフィラスの手には大剣が握られている。

 大粒のルヅラがはめられた、王家の秘宝。


 扉が開くと、部屋の中にいた全員がサフィラスを見た。

 一様に服を脱ぎ、裸体のままベッドで絡みあっている。


「なんだ?」

 ベッドの主、イーオン王は気怠げに言った。

「何か用か?」

 そう言って、隣に横たわる女の腰を引き寄せる。

 サフィラスは大剣を握り締めた。かちゃりと音が響く。


 何も言わないサフィラスに、イーオンが苛々とする。

「用がないならさっさと出ていけ。ここは王の寝室だぞ」

 サフィラスは無言のままイーオンを見つめた。


 イーオンはサフィラスの兄だ。11歳も年の離れた兄は、いつも偉大だった。大きく高く、乗り越えられない壁だった。

 いつからこのように、矮小で、汚らしい存在になったのか。

 サフィラスは思い出そうとしたが、女たちのべちゃべちゃとした声が耳障りで、少しも思い出せない。



「どうされたのです? サフィラス様」

「サフィラス様もご一緒されますか?」

「あら、素敵」

「イーオン様いかがです?」

 裸の女たちが、イーオンの上で身を捩らせる。そのうねうねとした動きは爬虫類を思わせた。


「サフィラス、わきまえよ。ここは王の寝室だぞ」

 イーオンが繰り返す。女たちが拗ねたような声を上げる。

 サフィラスは無言でベッドに近づいた。


「サフィラス。聞こえなかったのか」

 その時初めて、イーオンはサフィラスの握る大剣に気が付いた。

 サフィラスが大剣を振り上げる。そしておもむろに、女に突き刺す。

 女たちから悲鳴が上がる。


 サフィラスは無感動に女たちを切り続けた。やがて、生きているのはイーオンとサフィラスだけになった。

 女たちの血にまみれ、イーオンが震える。


「よせ。何が不満だ」

 サフィラスは思わず笑った。

 不満。不満だらけだ。

 サフィラスには不満しかない。

 イーオンも、国も、全てが壊れてしまえばいい。アグノティタのいない世界など、存在する価値はない。


「強いて言えば、私が不満を持っていることに、気付きもしないところでしょうか」


 アグノティタに再び会うには、サフィラスが王になるしか道は無い。その為には、イーオンは邪魔だった。

「よせっ! 止めろ! 止めてくれ!」

 イーオンの胸に、大剣を突き刺した。

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