13話 元カレの後悔〈前編〉

「気が付きましたか?」


 俺が記憶を思い出した後、しばらくしてお医者さんが来た。

 そのお医者さんが言うには、俺の病状はどうやら軽症のようだった。


 安静のためにゴールデンウィーク中は入院しておくようにと言われた。

 倒れた原因がもしかすると、睡眠不足か、あるいは極度なストレスによるものか、それ以外の合わさったものかもしれなかったからだ。


 そう言えば、俺は最近ろくな物を食べていなかった。精々外食したときにしっかりと食べたってだけだった。朝は食べたけど、健康にいい食事だったとはいいがたい。



「それにしても、倒れたのは間違いなくあの時だよな…」


 お医者さんと看護師さんが出て行ってから、俺は思い出した記憶の最後のことを考えていた。


 思い込みというか、勘違いかもしれないのに、朱音が誰かと出かけたと言うことがそれほどまでにショックだったとは…。どれだけ独占欲が強いのか……。

 しかし、ここまでくると、いよいよ諦めるなんてできそうにないな。


 俺がそんなことを考えていると、病室のドアが勢いよく空いて、人が入ってきた。


 何事かと思ったが、その人物の声により、すぐに事態を理解した。


「海斗君!大丈夫!!」


 そうやって大きな声を出して駆け寄ってきたのは俺が一番会いたくて、でも会いたくなかった人物だった。


「朱音か…」

「ご近所さんから海斗君が救急車で搬送されたって聞いて、私、怖かったんだから」

「そ、そうか……悪いな、心配かけて」

「うんうん…いいよ」


 そう言っている朱音の目の下は、少し赤くはれていた。少し泣いたのかもしれない。

 俺は、思い体を起こして、朱音の手を握って安心させようと思った。

 そして、それをしようとしたその時だった。


「でも、心配したのは本当だからね?」

「あぁ、ありがとな…」

「うん。それに、平川くんたちも心配してたよ……」


 朱音の口から、秀真の名前が出た。

 いや、落ち着け俺。確かに俺が倒れたんだったら、秀真が聞いたら心配ぐらいするだろ。まぁ、普通に仲がいいと思うし。


 だから、そう思い込めばよかった。

 でも、俺はどうしても確認せずにはいられなかった。


「朱音…秀真と一緒に居たのか?」


 俺は至って普通に。この状況にしてはあまりにも落ち着きすぎた口調でそう聞いた。


「え、えっと…一緒に居たって言うかなんて言うか…いたのはいたけどって言う感じで……」


 それに対する朱音の返事はそのようなものだった。


 あぁ、やっぱりそう言うことだったのか。


━ドクンッ!


 また、俺の心臓が強く鼓動を打った。


「うっ…」


 俺はその痛みに耐えられず、思わずうめき声を上げてしまった。


 そんな声を出したので、当然朱音は心配をしてくれた。


「ど、どうしたの?大丈夫?海斗君!」


 朱音が何かを言っている。

しかし、なんといっているのかは分からない。


ただ、得体の知れない何かが心に渦巻いていく。

黒く、どんよりとした、府の感情が…。


「帰ってくれ…」

「え?」


 俺から急に発せられた低い声に、朱音が思わずビクンとした。


「だから、帰ってくれ」


 俺はもう一度それだけ言うと、心臓を抑えてベッドに寝転んだ。


「え、帰れって…でも、海斗君大丈夫なの?」


 俺の端的で冷たい態度にも嫌な顔一つせず、朱音は優しく俺のことを心配してくれた。

 しかし、俺にはそんな余裕はなかった。


 だから、早く帰って良しかった。


 また、傷つける前に。



 また、後悔する前に…。



「もう俺に構わないでくれよ……」



 ぽつりと、そう言った表現が一番正しいだろう。


 俺は、そう呟いてしまった。

 思ってもないことを、言いたくもないことを言ってしまった…。


 そんな俺の言葉を聞いて、さすがの朱音も、何か思う所があったのか、少し俯いた。

 そして、朱音もささやくように呟いた。


「そっか…。分かった。ごめんね。バイバイ……」


 ぽつぽつぽつと、朱音はそう言って病室から出て行った。

 スタスタと、こちらを一度も見ずに、病室を出て行った。


 これでよかったんだ。

 これで…。




 朱音が出て行って、しばらくすると、俺の心臓の痛みは治まった。

 そして、今度は別の人物が病室に入ってきた。


「よぉ、海斗。元気か?」

「あぁ、元気だよ、今はな」


 一瞬、秀真と話すとまた体調を崩すかと思ったが、そんなことは無かった。

 どうやら、朱音に対してしか起きないようだ。ほんと、我ながら気持ちが悪いな…。


「そう言えばよ、さっき泣きながら帰る志水を見かけたんだが、何かあったのか?」

「ッ…!」


 秀真にそう言われて、俺は少しバツが悪くなった。


 だから、少し、八つ当たり気味に言ってしまった。


「お前、朱音とまた一緒に居たんだろ……」


 関係のない事と言えば関係のない、そんなことを言った。


 すると、秀真は、何かに思い当たったと言った表情になった。


「また?」

「あぁ、そうだよ。お前、あの時も一緒に居たじゃねぇかよ。朱音と、二人で、ファミレスに」


 そして、なにかを確信したような表情をして、秀真はガバッと頭を下げた。


「悪い、海斗!あれは俺の失態だ」

「…え?」

「あの日、お前と志水の昔の話を聞かせてほしいってたのんだのは俺なんだ」

「……は?」

「女に興味を示さないお前が、唯一興味を示した志水との関係が、どんなものだったのか興味があったんだ。だから、悪い…」

「秀真……」


 秀真は、ただただ申し訳ないと言った口調でそう言った。


「それと、今日は俺と志水と泉との三人で集まってたんだ」

「は?」

「志水が泉の家に中学の時のアルバムを持って来るって言っててさ、だから俺も一緒に見せてくれって言ってさ、それで一緒に見てたんだ」

「はぁ…」

「それで、泉が言うには、初めて海斗と一緒にデートへ行った服装できてくれって頼んだらしいんだ」

「あぁ……」



 そうだったのか?



 ただそれだけが俺の中で渦巻いていた。


 全て俺の思い込みで


 全て俺の勘違いで


 俺が心配していたことなんて、何もなくて


 ただ、あるのは後悔だけだった。



「クソッ!」



 体が重いことも、居たいことも、気にならない。


 俺は立ち上がり、急いで朱音を追いかけた。



 途中で、春川とすれ違ったが、気にしない。


 俺は病衣のまま、病院を抜け出した。

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