月明かり

浪子は,海の上の世界を目指して,ひたすら上へと泳いで行った。浪子は,海の上の世界を全く知らないのだった。親のネッシーは,若い頃,よく海の上へ行っては,人間たちを脅かしたり,ちょっかいを出したりして,遊んでいたようだが,浪子には,そういう経験はない。海の上の世界の空気に触れたことさえない。


浪子は,1時間ほど泳いでからようやく海面に近づいて来た。「黒海」とは,こんなに水深の深い場所にあったのかと初めて知り,驚いた。刺された腕は時々疼くが,毒は全部きれいに吸い取れたようで,気分は悪くならなかった。


そして,生まれて初めて,波の上へ頭を出した。冷たいさらさらとした風が頬に当たり,浪子は,感動した。「これが風なのか…。」


そして,空を見上げると,まん丸の満月が空に浮かんでいるではないか。浪子は,あまりの美しさに感激し,呆気に取られた。「月って,こんなに綺麗なものだったんだ…知らなかった。」


浪子は,有頂天になっていた。「黒海」の恐ろしい怪獣たちと戦って,無事に真珠を手に入れた上で,命拾いをし,今生まれて初めて海の上の世界を自分の肌で感じ,自分の目で見ている。世界の果てまで旅をし,生還したような,最高の気分だった。


しかし,余韻に浸っていられない。浪子は,すぐに我に返って,自分の使命をまだ果たせていないことを思い出した。


浪子は,亀から奪い取った真珠を月明かりが当たるように手に取り,かざした。すると,真珠がキラキラと光だし,みるみる色が変わり始めた。薄汚い色だった真珠が真っ白に変わり,力強く光り続けた。


「これでいい。急いで,これをネッシーに飲み込ませるんだ。」

ネッシーは,高齢とはいえ,まだ後10年ぐらい生きる元気は残っていた。しかし,それでも,早い方がいい。


ネッシーと暮らす洞窟を出てから,3日ほど経っていた。何も言わずに,家を出たものだから,ネッシーは心配しているに違いない。


浪子は,名残惜しくも,海の上の世界に別れを告げた。しかし,光景は,脳裏にしっかりと焼き付いていた。


そして,急いで,親のネッシーの元へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る