1部最終章EX 星の英雄

幕間:楽園なお城の夢の様な生活☆



 ※



 ぼくはロム。フェルズってところの、スラムの生まれだ。


 スラムはひどい所で、始終、奴隷商の人さらいや、それに協力する裏組織から逃げ回り、ゴミあさりをして、少しでも食べられる物を集めたり、まだ綺麗な流れの川で魚や小動物を取ったりして暮らしてた。


 ぼくと同じで、皆がお腹を空かせながら、毎日暮らしてる。


 もう少し大きくなったら、スラムの子供でも雇ってくれる商会があるから、それまでの我慢だと思ってた。


 ぼくらのリーダーのゾイ達数人も、そこで雇ってもらっている。


 そうしたら、お給金が貰えて、物が買えるようになる。盗んだり、拾ったりする必要がなくなるんだ。


 そう思っていたのに、ある時、ゾイ達に裏組織の連中が、とんでもない悪だくみを持ち掛けて来た。それは、商会を乗っ取る為に、他の商会から来た仕事とかで、ゾイ達は配達の商品を、全員で持ち逃げしろ、と言われたらしい。


 当然ゾイは断ろうとしたけど、裏組織のボスは、この仕事は奴隷商よりも払いがいいから、断るなら、お前達子供の、小さな幼子から順に殺してやる、と脅された。


 奴隷商に売られるのだって、殺されるのと似たようなものだと思うけど、おっかない武器で、実際に斬られたり、殴られたれたりするのは、とても怖い。


 小さな子は、足が遅くて逃げきれない子が大勢いるんだ。


 ゾイ達は、そうしたぼくらの為に、せっかく雇ってくれる商会を裏切る事になってしまった。


「お前等の命の方が大事だ。仕方ねぇーよ……」


 投げやりに言うゾイの目には、涙がたまっていた。せっかく、ある程度マシな生活がおくれていたのに、僕たちのせいで……。


 ゾイ達は、言われるがまま計画を実行し、裏組織の嫌がらせとかもあって、その商会はもう前のように繁盛しなくなった。


 ぼくたちは、大きくなってもあそこで雇ってもらえる事は、もうないんだ……


 その裏組織は、前のように奴隷商に協力はしていないようだったけど、奴隷商の人さらいどもがいなくなった訳じゃない。


 ぼくたちは、相変わらず、スラム街を逃げ回り、ゴミをあさったりと、前とおなじような生活に戻ったけど、前と違うのは、もうこの先に希望がない事だ……。


 そんな、光りの見えないような、暗い日々が続いたある日、全てが一変した。


 一人の、冒険者の男の子が、スラムにやって来たのだ。


 その人は、ゼン、という名で、背はゾイより少し低いくらいなのに、凄く強い剣士だった。


 ぼくは今、この人に雇われて使用人をしているので、ゼン様、で話を進める。


 ゼン様は、ゾイ達、子供達のリーダー格を集めて、商会での持ち逃げの事を問いただし、反省して、商会の会長に謝るのなら、自分がとりなして、もう一度雇ってもらえるようにしてくれると言うのだ!


 なんと、ゼン様はぼくらと同じスラム出で、ゾイ達みたいに昔、配達の仕事をしていたのだけど、その才能を見込まれて、冒険者になる事を志し、ある強い剣士に気に入られて、フェルズの外、世界中をで修行の旅をしていたのだそうだ。


 そして、ぼく等の知る商会の会長にも、旅立つ前から気に入られていて、養子になったのだと言う。言われた当時はよく解ってなかったけど、今は解る。ゴウセル会長の義息子、子供になったのだ!


 冒険者で、商会の会長の息子。同じスラムで育ったのに、信じられないぐらいに大出世をした人だったのだ。


 そういう話をしている間、人質みたいにされていたぼく達、子供達に、見た事もない異国の果物を切って配ってくれた。


 それは、今まで一度も食べた事のない、甘くて酸っぱい、凄く美味しい果物だった。


 みんな夢中になって食べたけど、ゼン様は魔法のように次々と、果物をまた収納具から取り出し、手品のようにパパッと切ってはボク達にくれるのだ。


 最初は色々と怪しんでいたゾイ達も、ゼン様が凄く強い事や、自分達と同じスラム出な事もあって、最終的にはゼン様をすっかり信じて、協力する事にしたのだ。


 それからが凄かった。


 皆が集まっていた場所に乱入して来た、奴隷商の人さらいどもが、ゼン様に、あっという間に斬られて、ボコボコにされた。死んでもおかしくない様な傷を受けた筈なのに、それがすっかり治ってるのも凄かった。


 ゼン様は、そういうスキルを使ってる、と言っていた。悪党でも殺さないけど、そいつらに見合った、ひどい目には合わせるのだそうだ。


 みんなは、仲間達を何人もさらった奴等がひどい目にあって、大喜びだった。勿論、ぼくもその一人だ。


 それから、ゾイ達を脅した裏組織のアジトに行ったのだけど、なんとゼン様は一人で中に突入し、ぼく達には護衛の従者だ、と言って、何処に控えていたのか、不思議なくらい熊みたいに大きな、ボンガ、という名の人をおいて行ってしまった。


 ボンガは、大きいけど凄く優しい眼をした人で、幼い子供達はすぐに懐き、力持ちなので片手で何人も簡単に持ち上げたりして、楽しく遊んでくれた。


 それから、そんなに長い時間が経った訳でもないのに、ゼン様は、その裏組織の連中全てをやっつけてしまったらしい。こいつらは、商会の事での犯罪に関わっているので、後で全員捕縛されて、王都に送られてしまった。


 でも、そんな事は結構どうでも良くて、ゼン様はその組織から怪我人を助け出して、すぐに冒険者ギルドの治療施設に、抱き抱えて連れて行ったのだけど、後でそれが、スラムではお世話にならなかった人はいないんじゃないかって位に有名な、『ザラねーちゃん』だって事が分かった。


 ザラねぇーちゃんは、ザラ様って呼ぶべきなんだけど、様付禁止、と言われてしまったので、ザラねぇーちゃんだ。


 ザラねぇーちゃんは治癒術士で、組織に狙われていたのに、ただでコッソリとスラムの怪我人や病人を治してくれていた『スラムの聖女』って言われるぐらいに、お世話になった人達には慕われている人だった。


 いなくなった後、大人達は病気や怪我になると、決まってザラがいれば……、というのが口癖で、会った事のないぼく等まで名前を知っていた。


 その後、ザラねぇーちゃんは、ギルドの専属治癒術士見習いになったんだけど、暇を見つけてはスラムに来て、怪我人とかを、昔と変わらず治してくれる、とってもいい人なんだ。


 あ、話が飛んじゃった。


 え~と、ザラねぇーちゃんをギルドに運んだ後、ゼン様は、親のいない、生活に困っている子供達は、孤児院まで送っていくが?とあくまで子供達の意志を尊重して提案してくれた。


 そういう、本当に生活に困り、周囲の好意のみで生きていた子供達も何人かいたので、その子供達はゼン様を頼り、孤児院まで連れて行ってもらった。


 奴隷商が化けた偽物の勧誘員じゃないゼン様なら、と皆もうすっかり信用していたのだ。


 その後ゼン様、今回の裏組織以外の、スラムの暴力組織も、他から合流した仲間達と一緒に、全部コテンパンにやっつけてしまったのだ。


 スキルで殺しはしてないけど、やっぱりかなりひどい目にあわされたらしく、そいつ等は二度と悪事や暴力行為なんかは、不思議なぐらいにしなくなった。


 それと何とゼン様は、このフェルズの奴隷商を、街から追い出してしまった様なのだ。


 別の奴隷商の用心棒が、今いる奴隷商をかなりひどい目に合わせたらしいのだけど、別の奴隷商なんて、この街には誰も来ていないのだ。


「俺も、あいつらには追い回されて、いい思い出なんかないからな」


 なんて言ってたから、やっぱりゼン様なんだ!


 それから後も、ゼン様は時々スラムに来て、子供達に果物やお肉なんかをくれるのだけど、


「本当は、食べ物なんて、働いて買う物だから、簡単に貰える物、と思って欲しくないんだけどね」


 と、渋い顔をしていた。そして、


「もうしばらくしたら、俺と仲間の為の、大きな屋敷を借りるつもりなんだけど、使用人として雇われる気があるか?」


 と聞いて来た。その話は、ゾイを通してもう子供達に行き渡っていたので、みんな、ゼン様の元で働きたい、と元気な声で応えた。当然、ぼくもだ。


「一応、十人……いや、広いところだから、まず二十人かな。うまく、仲間が集められたら、もう十人追加するつもりだから」


 と、ゼン様は、近い末来の話として、ぼく達を雇う話をした。


「ただし、ちゃんと仕事をするものとして雇うんだから、真面目にやってもらわないとクビ……つまり、辞めてもらう事になる。仕事ぶり次第では、皆、雇えなくなる事だってある」


 ゼン様は、厳しい顔をして言った。


「それに、子供を雇うのだから、二人一組をペアで一人前として働いてもらうつもりだ。普通の半分の給料。子供だし、そこら辺、不満もあるかもしれないけど、普通なら雇ってもらえない年齢だから、そういうのをちゃんと考えて、嫌なら来なくていいからね」


 ゼン様の言ってる事は、理にかなってるので、ぼくはまだ十歳未満だし、普通に雇ってくれるところなんてない。ましてやスラム出なんだ。全然不満に思わなかった。


 ゼン様の厳しさに、不安に思う子もいたようだけど、働きたくない子は一人もいなかった。


 それからしばらくして、もしかしてあの話は、駄目になったのだろうか、とガッカリ落胆していた子もいたが、その心配は不要のものだった。お呼びがかかったからだ。


 まず二十人が、ゼン様のお義父さん、商会のゴウセル会長の屋敷で、使用人研修を受けた。


 ぼくもその一人だ。


 屋敷のメイドや使用人の人達から、仕事のやり方を一から習う。


 その前に、頭や身体をお湯で洗い、清潔にしてもらった。ぼく達も、屋敷に来る前に川で洗って来てたのだけど、それよりずっと念入りに綺麗にしてもらい、服まで支給された。


 使用人用の服を、ゼン様が子供用にちゃんと注文して作らせてくれたのだと言う。


 感動だった!


 適当に、何かのおさがりみたいな、古着の作業服を着るものとばかり思っていたから。


 女の子達も、専用の可愛いいメイド服を着て凄く喜んでいた。


 そして、ぼく達の上司となる、チーフメイドと副(サブ)チーフメイドの二人を紹介された。


 犬耳の、獣人族らしい、愛らしい感じのミンシャ様、金髪碧眼に、美人でスラリとした身のこなしのリャンカ様。


 二人とも、ゼン様と同じ十三歳で、ゼン様の従者なのだそうだ。


 ミンシャ様は、ゼン様に次ぐ料理の腕の持ち主で、リャンカ様もほぼ同じぐらいだとか。


 そこで、ほく達は驚いた。


「ゼン様、料理をされるのですか?」


「ええ。私達は、ご主人様から料理を習いましたのですの」


「チーフの語尾は気にしないように。ゼン様は、手の空いている時はメインで料理をされます。いない時は、私達が共同でやりますから、貴方達も、少ししたら盛り付けや、野菜を切るぐらいはやってもらうつもりです」


 強い冒険者なのに、料理まで出来るなんて、と、ぼく達のゼン様への評価は、また一段上がった。


 と言っても、ぼく等のゼン様への評価なんて、最初っから上がりっぱなしなんだけど。


 ゼン様はどうも、あんまり派手に騒がれたりするのが嫌いみたいだから、自分達の中だけで、密かに呼んでいるのは、『スラムの勇者』『スラムの英雄』『スラムの救世主』だ。


 スラム内でもそんな感じで、ゼン様に面と向かってそんな事は言わないけれど、みんな凄く感謝している。ザラねーちゃんを助けてくれた事だって、凄いありがたがれている。拝まれても不思議じゃないぐらいに。


 研修中に、それと関係のある朗報が、ぼく達に知らされた。


 なんと、ザラねぇーちゃんも、ギルドの寮を出て、ぼく達と一緒に住んでくれるのだ。


 仕事から帰って来たら、ぼく達の面倒を見てくれるのだと聞かされた。


 女の子や年齢の低い子供達は、頼れる人がゼン様以外に一緒に住んでくれて、ホっと安心していた。


 ぼくは、不安なんか全然なくて、これからどんな事が待っているか、ワクワクしてたから、年下の子等にはいい事だなぁ、と他人事だった。



 ※



 そうしてぼく等は、使用人研修を頑張ってから、ゼン様の屋敷へと、ゼン様達より1日まえに入ったのだけれど……。


「え~と、これって屋敷って言うよりも、お城みたいなんですけど?」


 ぼく等はその、予想と全然違う、遥かに大きなお城みたいな建物を、茫然と見上げた。


「分かるですの。普通に、お屋敷には見えないですの。ご主人様は、小城って言ってましたですの」


「……まあ、名称とかは気にせずに、ここが私達の職場です。広くて掃除のし甲斐がありそうでしょ?人数がいるのも頷ける規模ですから」


 ミンシャ様とリャンカ様は、それぞれの意見を述べる。


 どうも、チーフは感覚派で、副(サブ)チーフが実務的なんだろう、となんとなく分ってきたぼく等だった。


「ここの地下に、貴方方の部屋があります。1階にも使用人部屋はあるのでが、地下の方が広いので、そちらから埋める予定です」


「地下、ですか……」


 なんかいかにも、使用人の為の、って感じがする。


「元の持ち主は、奴隷用の部屋にしていたようです」


「え”……」


 ぼく達が青ざめていると、リャンカ様はクスクスと、人の悪い笑みをもらす。


「ごめんなさい、からかいが過ぎましたね。元がそうなだけで、改修工事で普通の部屋になっていますから、別に1階の部屋とそれ程大差ないですよ」


「へ……副(サブ)チーフは悪趣味ですの」


 案内された部屋は、確かに全然普通の、とても大きな部屋だった。


 地下でも、天上近くの片側の壁の上の方に細長い窓があって、日の光もさしていた。魔道灯も完備で、とても明るい部屋だった。


 地下に二部屋、男女別れて十人ずつ。二段ベッド五つ並んでいた。片側に、広いスペースがあって、そこに皆で座れる大きなテーブルや椅子、それと積み木とか言われるオモチャなんかも、箱に色々入っていた。


「一応、決まった時間に、交代で文字とか計算の授業とかすると、主様がおっしゃってました。


 教師役は、私やチーフ、主様にザラ様がやるそうです」


「ですの!」


「勉強、させてもらえるんですか?それって、お給金からいくらか引かれるんですか?」


 ぼくは、学校の教師とか家庭教師というのは、とても給料がいいらしい、と聞いていたので、不安になって聞いた。


「そういう心配はないですの」


「ええ。貴方達は、この小城に住んで、使用人として働きます。三食おやつ付きです。ここでは、貴方達はお金の心配をする必要はないのよ。


 服も、使用人用に服に普段着も増やして行きます。お風呂には、ここの住人となる冒険者の方々とは被らない時間に入ってもらう事になります。


 最初に今日ですね。荷物を置いて、整理し終わったら、お風呂に案内しますから、洗い方は……分かるかしら?石鹸や、髪の毛を洗う用の溶液もあるのだけど、最初は私達のどちらかが教えます。


 男の子達、私達に見られても平気でしょう?」


 大丈夫です、とぼく等は答えた。まだ恥ずかしいとか思う年頃ではない。女の子達は違うだろうけど。


「で、説明の続きですけど、何か必要な物があったら、私達に言って下さい。普通に、大抵の物であれば大丈夫だと思います。そこにあるオモチャも、適当に買って来た物ですから、他にも欲しいのがあれば、遠慮なく言うように」


「あの……つまり、ここに住む家賃や食費や医療費、それに他に必要な雑費も、給料からは引かれずに、ぼく等はここで、働き、勉強さえも教えてもらえるのでしょうか?」


 なんか、最初にゼン様から、厳しくやる、と聞いていたのと、内容が合ってない気がして、ぼくはオズオズと質問した。


「そうです。それと、十日ごとに、交代で休みの日がありますから、その日は街に遊びに行ったり、スラムの親元に戻ったりしても構いません。服は、汚してもいい様な服も用意しますから、何も気にせず、自由に出かけて下さい」


 休みまでちゃんとあると聞き、増々ぼくの困惑は大きくなる。


「それだと、お給金が普通の半分でも、全然、待遇がいいんじゃないでしょうか?」


「フフフ。貴方は頭がいいのね。私もそう思うわ。でも主様は、貴方達にここで、働く事を学ばせて、もし他で働く事があっても支障のないように、立派な教育をしたい、と言っていたわ。


 だから、ここは働く練習場所、みたいに考えるべきなのかもしれない」


「それって、ぼく達が、ここを出て行く日が来る、と?」


「そう。そんなにすぐじゃないでしょうけど、主様は冒険者ですから、いつかフェルズを出る日が来るかもしれません。でも、ここは五年契約で借りているから、そんな先の事は考えずに、ここでの生活を楽しめばいいと、私は思うわ。


 でも、仕事や勉強なんかは真面目に、ね」


「いつかの事なんか考えずに、今を生きるですの」


 リャンカ様の説明は分かりやすい。ミンシャ様の言葉は、感覚的だけど含蓄がある。


 実は、ぼくがそういう難しい言葉を使えるようになったのも、ここでの勉強のお陰だ。


 それからが凄かった。


 ぼく達はお風呂なんて入った事がないけど、1階にあるお風呂は凄く大きくて、普通に十人同時で余裕に入れた。


 スカートをズボンに履き替えたリャンカ様が、石鹸で身体をスポンジみたいな植物で洗う事、頭の髪の毛は別で、瓶に入った溶液で洗わないと、石鹸だと髪が痛むらしい。


 途中でザラねぇーちゃんが来て、リャンカ様と交代で、ぼく達を念入りに洗ってくれた。


 ぼく達はとかく、何もかもがやった事にない、新しい事ばかりで皆はしゃいでいた。


 今日は仕える人達がまだ来ていないので、ぼく達は広いお風呂で、お湯をかけ合ったり、結構深い浴槽に潜ってみたりと、楽しく遊び、はしゃぎまわった。


 女風呂の女の子達も似たような事をしていたらしい。ぼく等程、派手には遊ばなかったみたいだけど。


 それから、新しい替えの使用人服をもらい、脱いだ服の洗濯場所や、洗濯の仕方などを習った。洗うのは魔具でやってくれるので、入れる洗剤の分量とかを間違えなければ洗濯は楽に出来る。


 労働なのは、それを運んで外の縄や干す用の棒が、軸になる二つの棒と台で支えられる場所に運んで干す作業だ。棒は物干し竿と言うそうだ。


 それを、後で乾いた時間を見計らって取り込む。


 今日はぼく達の服だけど、冒険者の人達が増えれば、それをちゃんと管理して、その服の持ち主の部屋まで運ぶのだ。


 そこで、ぼく達はペアを組む相手の発表があった。


 ぼくは、同い年ぐらいの、クリスだった。大人しいけど、結構可愛い子で、男の子に交じって遊ぶような子ではなかったので、名前を知っているぐらいだった。


 ぼく達は役割分担で、洗濯はクリスが、洗い終わった衣類を運んで干すのは、ぼくがやった。


 そういう風に、仕事は何でも二人で分け合ってやるのがここでの決まり、ルールだ。


「気の合わない人と組んでしまった、と思う人はいいなさい。別の子と交代させるから。誰でも気の合わない子の一人や二人、いて当り前です。仕事に支障をきたす前に、遠慮なく申し出るように」


「みんな、我慢とかしないでいいから、リャンカさん達の言う通りにしてね」


 リャンカ様の言葉に、ザラねぇーちゃんも後押しする。


 二組ほどが手を上げて、その二組で交代をしていた。


「私達は、いいの?」


 クリスがぼくに聞く。元々可愛い子だったけど、なんでかお風呂を入った後は、輝いてる様な感じで、増々可愛くなっていた。


 女の子達は大体がそうで、凄く不思議だ。


「ぼくは、今のところクリスでいいと思うよ。クリスこそ、ぼくでいいの?」


 ぼくの問いに、何故かクリスは赤くなって、モジモジしながら答えた。


「ロムは、頭がいいし、他の男の子みたいに、女の子に乱暴したりしないから、前から、その、いいと思っていたから……」


 前から相棒は、ぼくになってもいいと思ってくれてたらしい。ありがたい事だ。


「良かった。嫌われてる子とだと、仕事も上手くいかないだろうし、これからよろしくね」


 ぼくが笑顔で手を差し出すと、クリスは少し変な顔をしたけど、握手には応じてくれた。


「ロム、頭いいのに。鈍感なのね……」


 よく意味が分からなくて困った。ぼくの何が鈍かったのだろうか?仕事に応じる速さ?これからは気を付けて頑張ろう。


 ともかく、相棒も決まって、ぼく達の新しい生活が始まったのだ。



 ※



 それから、次の日からゼン様の仲間の冒険者パーティー『西風旅団』と、ゼン様が考えている『くらん』と言うのに参加する予定の、『爆炎隊』とが引っ越して来た。


 ボク達はチーフやゼラねぇーちゃんに習った様に、みんなで並んで出迎えた。


 冒険者の人達は、笑って喜んでくれたので、ホっとした。


 冒険者は、荒くれ者が多いと聞いていたので、子供なんかがまともに働けるか!とか怒られないか、正直凄く心配してたのだ。


 でも、そんな事は全然なかった。西風旅団の人も、爆炎隊の人も、ぼく達に親切にしてくれて、掃除をしている時に通りかかると、頑張れよ、と声をかけてくれる。


 ボク達は、ザラねぇーちゃんに習いながら、研修の時にも覚えたやり方で、仕事を頑張った。


 今日はザラねぇーちゃんは、ギルドの仕事を一日休んでくれたらしい。とってもありがたい。


 昨夜も、小さな子が寂しがらない様に添い寝とかしてくれて、こんなに甘えていいのかなぁ、と心配になるけど、ザラねぇーちゃんは笑って、子供はそんな心配しないでいいの、とキッパリ言うのだ。


 ゼン様も、時々様子を見に来て、危なっかし子にはやり方を教えたり手伝ったりしていた。


 全然厳しくなくて、ぼくは笑いそうになってしまった。


 クリスに、指を口の前に立てて、笑わない様に注意されてしまった。




 ―――それからのぼく達の生活は、スラムと時とは比べ物にならないぐらいの、天と地ほどの差がある、夢のような生活になった。


 ちゃんと屋根のある場所で、暖かい、柔らかな寝床に綺麗な毛布、食事はなんと、ゼン様達が食べるのと同じ物が食べられた。


 ぼくは普通に残り物の残飯か、使用人用の安い食材の食事だとばかり思っていた。


「主様は、分けて作るなんて面倒な事はしたくない、と言っていたわ」


「面倒ですの」


 そう言う二人の顔は、ゼン様に心酔し切っていて、恋する乙女の顔だと、いつのまにかみんなにも分かるようになっていた。


「人の事は解るのに、自分に事は分からない人っているのよね……」


 何故か小声でスネたように言うクリスは訳が分からない。女の子は難しい年頃なのかもしれない。父さんがよく言っていた。


 それはともかく、ぼく達の食事は、ゼン様達と同じ物で、初日はお祝いで、多少豪華目にした、と言っていたその料理は、信じられない程美味しくて、感動して泣きだす子もいた。


 爆炎隊の人達も泣いていたので、やっぱりそれ程美味しい物だったのだ。


 魔物の肉や、特製の香辛料を使ったりもしているらしいのだけど、基本は、ゼン様が料理上手だからのようだ。


 ミンシャ様もリャンカ様も、ゼン様にはかなわない、少しでも追い付けるように頑張りたい、と二人とも言うぐらいなのだ。


 そんな料理を、ぼく達は差別も区別もなく、一緒に食べられるのだ。


 こんなに嬉しい事はない!


 そんな、天国か楽園にでもいるような、夢の様な生活が続いた。


 誰にも追い回されず、殴られたり、ぶたれたりもしない、平和な日々。


 毎日美味しい食事が食べらて、飢えや渇きを心配する事もない、楽しい日々。


 汗水流して真面目に働けば、よくやった、と褒められ、仕事だからお給金も貰える。


 大きなお風呂に毎日みんなで入って、綺麗さっぱり清潔な自分達。


 休憩時間に、おもちゃで遊んだり、文字を習っているので何とか簡単な本なら読めたりする。


 勉強の時、ゼン様に、


「ロムは頭がいいから、学校に行って、学者や研究者になれたりするかもしれないな」


 と褒めてもらえて、ぼくは有頂天になった。


「でもその時は、スラム出の事は隠さないと駄目かもしれない。そういうので差別が大好きで、能力が良くても馬鹿にしようとする、頭の変な連中は沢山いるから」


 と、本当にぼくが学校に通う事になったら、の注意事項まで話してくれた。


「で、でも、ゼン様は、スラム出の事、隠してないですよね?」


「俺は冒険者だから、変な事言う奴は、殴り飛ばせば黙らせる。


 学者とか、頭を使う方はそういう訳にいかないだろ?」


 確かに、ゼン様の言う通りだ。


「だから、学者や研究者になって、凄い事を成し遂げたら、自分はスラム出なのに、こんな凄い事をやり遂げた、立派な男だ、と発表して、頭の変な連中に、文句が言えないようにするのさ」


 とゼン様は、ぼくの将来の痛快な成功図まで語ってくれた。


「あ、そういう道に進んだら、こういう事も出来る、ってだけで、ロムの未来を俺が決めた訳じゃないからね。好きな道を、好きなよう行くのがいいんだよ。その時は、俺やみんなが応援するから」


 ゼン様の横で、ザラねぇーちゃんもニコニコ笑って頷いている。


 ぼくは、スラムに生まれたのに、そんなに自由な道を、選べてしまうのだろうか。


 なんだか、何でも出来てしまう、選べてしまう楽しさに、怖さもあって、ぼくは圧倒されてしまう。


「やっぱり、ロムは凄いね」


 とクリスまで褒めてくれて、ぼくはなんだか困ってしまう。


 そんな、今までこんな時間を持てるなんて、想像もしなかった、満ち足りた時間を過ごしていると、とっても素敵な情報が、ぼく達に舞い降りた。


 なんと、ゼン様とザラねぇーちゃんが、婚約したのだ。ゼン様が成人してないので、結婚はまだ先だけど。


 同じパーティーのサリサリサ様もなんだけど、ぼく達にとっては、ザラねぇーちゃんとの事が重要だった。ごめんなさい。


 だって、ザラねぇーちゃんが、ゼン様を好きなのは、誰が見ても一目瞭然だったのだけど、その恋がちゃんと実を結んだのだ!


 『スラムの聖女』と『スラムの勇者』が結ばれるなんて、まるで本当に物語の世界の中の出来事のようだ。


 ぼく達は、凄く嬉しくて、みんなでお祝いの言葉を送り、何か贈り物がしたい、とか考えたのだけど、


「そういうのは、家族の為に取っておきなさい。私は、貴方達の言葉だけで、もう胸がいっぱいだから……」


 と言って、ザラねぇーちゃんは、嬉しそうに笑顔で涙を流した。


 ゼン様の料理で、美味し過ぎる物を食べると涙が流れるのは知ってたけど、嬉しい時にも涙って流れるものなんだ。


 ゼン様とザラねぇーちゃんを祝う、ぼく達も涙が流れてしょうがなかった。


 そうして、ぼく達は気づく。


 ぼく達が今、幸福な生活をしている事に。


 自分が今、幸せだって事に、やっと気づいたのだった。


 だって、スラムでぼく達は、いつもただ、生きる事、生き残る事に精一杯で、幸福とか不幸とかなんて、考える余裕がなかったのだ。


 だから、ぼく達を幸福な場所に、世界に連れて来てくれた、ゼン様と、そしてザラねぇーちゃんに、心の中でいつもお礼を言うようになった。


 言葉にすると、二人とも、そんな事はしなくていい、とか照れてしまうから、みんな毎日、二人に、心の中でお礼を言うのだ。


 ぼく達を、幸せな生活をおくらせてくれてありがとう。ゼン様もザラねぇーちゃんも、ぼく達なんかよりも、ずっとずーーっと幸せになって下さい、って。


 きっと、スラムでお世話になった人達もそうだろう。


 二人に幸福になって欲しい。ぼく達にしてくれた事の、何倍も、ずーっと何倍も、二人で幸せになって、結婚しますようにって、ね。







*******

オマケ


ミ「なんだか懐かしい話ですの」

リ「……え~と、気のせいでしょうか?何だか、私ばっかり話して、説明係みたいになってるんですけど?」

ミ「知らないですの。チーフはドッシリ構えて、下の模範になるだけですの」

リ「いや、犬先輩、誤魔化さないで下さいよ、何か。妙に口数少ないじゃないですか」

ミ「……実は、ご主人様に、その語尾を真似して言葉遣いが変になると困るから、子供達とあんまり喋らないように、と言われてしまったのですの……」

リ「あ。そうなんですか、すみません。言い辛い事言わせてしまって」

ミ「……まあ、いいですの。それより、蛇後輩も、子供達とは口調が微妙に変わってる気がするですの」

リ「それは、相手によって、多少変えますよ。仲間内と、外向け、とか、主様には女らしくする、とか」

ミ「ミンシャは、そういうの変えた事がないですの」

リ「それは、語尾が決まってしまっているからじゃ?」

ミ「………」

リ「あ、その、またまたごめんなさい……」

ル「お?るーも、変えたことないお?」

リ「まあ、幼児で、丁寧語だの尊敬語だの使える方が変でしょうし……」

ル「おー……」(まるで分かってない)

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