時が止まって。

 19歳に統合失調症と診断されてから、29歳の今に至るまで、僕だけ時が止まってしまったかのように日々感じている。特に周りの同級生の友人たちが大学でキャンパスライフを謳歌している中、僕は日々この病気と闘っていた。特にパニック障害の心臓の発作が襲ってきたとき、何度と救急車で運ばれたことか。人混みが怖い。電車やエレベーターなどの密閉空間が怖い。怒鳴り声や工事音など音が怖い。僕の生活圏は徐々にこれらの病気によって狭まっていった。


 そうしている内に自分の部屋から外に出るのも、家族と会話するのもできなくなっていった。このままではまずいと思ったのだろう。母はひっきりなしに僕を外に出そうとしていた。主治医は、今は薬が馴染むまで家で横になっているのがいいとの判断だった。母は主治医というか、医者の言うことを基本的に信用しない。むしろ友達、知人の言うことを真に受けるタイプの人だ。


 母「まずは散歩から始めたら?あの辺り一周してきなよ。」


 最初はものの2、3分で引き返す日々が続いた。それが徐々に10分、一周に至るまでになっていった。次はコンビニ。その次は本屋。段階を踏んでいく内に、少し大げさな表現をすれば僕は「世界」を取り戻していった。日常だった光景は、何もかもが非日常の光景へと変貌していた。


 結局、大学にはろくに行けずただ学費を払ってもらっている状態が続いた。


 祖母「そんなの心の持ちようよ。気を強く持って!」


 それが祖母の口癖だった。僕が必死にもがき苦しんでいても、気の持ちよう、そのたった一言で片づけられてしまう。祖母に限らず、大学の教授にまで言われる始末だった。そのころの僕はまだそれに抗う言葉を持っていなかったし、抗う余裕もなかった。


 大学4年生で留年が確定し、周りの友人たちが就職していく中、僕は通信制の大学へと編入することとなった。


 中学の同級生「まだ学生やってんの?」


 編入してしばらく経ってから、中学の同窓会でそう言われたことを思い出す。周りがどんどん先へ先へと進んでいく中、僕だけ時が止まっていた。同窓会の出席者で大学生は僕だけ。居酒屋の感覚で同窓会に参加したけど、一次会の参加だけで5000円も払った。みんなが普通に払っているのを見て、金銭感覚も大学生と社会人では違うのだと思い知らされた。


 29歳の今、僕はまだ大学生をやっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る