【重版決定】とってもカワイイ私と付き合ってよ!2巻発売記念SS

三上こた

第1話 ある偽物カップルの日常。

「私と大和やまと君が偽物カップルになってから、結構時間経ったよね」


 ある日の文芸部室(無断占拠)で、結朱ゆずがふと思い出したように呟いた。

 教師に怒られない程度に色を抜いた髪に、整った顔立ち。一目見ただけで印象に残る、華やかな少女である。


「まあそうだな。ようやく周りの視線にも慣れてきたわ」


 結朱の言葉通り、俺と彼女は一応付き合っている……ことになっている。

 実際は、お互いの目的を果たすためのビジネスパートナーなのだが。


「そうだね。最初の頃は、私みたいに可愛くて完璧な女子が、まさか大和君みたいな目立たない男子と付き合うなんて、って驚かれたもんね」


「俺もまさか、こんなナルシストと付き合うことになるとは思わなかったしな」


 この女はナルシストで、陽キャで、友達も多いリア充女である。

 つまりは俺と正反対で、この組み合わせは衝撃的な違和感をクラスにもたらしたのだ。


「それが今ではみんな自然に受け入れてくれてる。いやー、頑張った甲斐があった。それもこれも、ひとえに大和君と仲良くなれた私のコミュ力のおかげだね」


「おい、そこは俺のおかげだって言っておけ。流れるように自画自賛に走るじゃん」


 どう考えても、ここは相方を褒める場面だろうに、自分への愛をぶっ込んでくる辺り、並の女とは肝の太さが違う。悪い意味で。


「いやいや。クラスの女子でも、私くらい大和君と仲良くなれる子は他にいないでしょ? 教室だと今でも全然誰とも喋ってないし」


「まあ、人当たりがいいほうじゃないのは自分でも認めるけど」


 まず仲良くなる以前に、俺のことを認識してない女子も多いんじゃないかってレベルだからね。


「でしょ? だからこそ私のコミュ力のおかげよ。自他共に認める人当たり悪い大和君がこうして心を開き、今では私のことを大好きになってるんだから」


「ちょっと待ってください」


 聞き捨てならない台詞がさらりと聞こえてきて、俺は結朱を制止した。


「なに?」


「なに? じゃねえよ。俺がいつお前に惚れた」


 形の上では付き合っているが、あくまで仕事の関係。こいつに心まで許した覚えはないのだ。


 不思議そうな結朱に白い目を向けるも、彼女にはまるで効いた様子はない。


「そりゃあもう私に聞くより、自分の胸に手を当てて聞いてみたらいかが?」


 言われたとおり、俺はそっと胸に手を当ててみる。


「聞いてみたところ、『この女はやべえ奴だから相手にするな』って答えが返ってきたぞ。俺も是非心の声に従いたい」


「なんだとー!?」


 本心をぶつけてやると、結朱は不満そうに唇を尖らせた。


「その嘘は苦しいよ、大和君。だってこんなに可愛い私と毎日のように放課後を過ごしてるんだよ? そんなの惚れるに決まってるでしょ!」


「決まってねえよ。あのな、こんなに至近距離で毎日自画自賛を浴びせられてみろ、俺じゃなくても胃もたれするわ」


 ナルシストにとっては非常に残酷な現実だろうが、彼女には強い心で受け止めてほしい。


「うむむ……そうまで言い張りますか。こうなったら私としても引けないね! 大和君が私に惚れていることを証明しましょう!」


「おーう、できるもんならしてみてくれ」


 バチバチと火花を散らす俺と結朱。


「ふん。もう後に引けないからね。もしも私が証明できたら、大和君には一つ言うことを聞いてもらいましょう」


「いいだろう。その代わり、もし証明できなかったら、お前が言うこと聞けよ。で、どうやって証明するつもりなんだ?」


「それは、えーと……あ、そうだ! 愛してるゲームで決着を付けるというのは?」


 結朱は完全に今思いついたという感じで提案してきた。


「聞いたことあるな。交互に愛してるって言って、照れたほうが負けだっけ?」


「そう! ほら、私のこと大好きな大和君は、私に愛してるって言われたら嬉しさのあまり照れてしまうに違いないからね!」


「はっ。返り討ちにしてやろう」


 カップル定番ゲームをやるとはとても思えないほど、殺伐した空気で対峙する俺たち。


「じゃあ私から行くよ!」


 結朱は手を上げて、コホンと咳払いをする。

 そして、俺の目を真っ直ぐに見て、にこりと笑ってきた。


「――大和君、愛してるよ」


 ぐぬう……!


 こいつ、見た目がいいだけあって、本気出すとやっぱり強いな!

 思わず目を逸らしそうになってしまったが、なんとか精神力を振り絞って耐えた。


「む、耐えられてしまった。そこは素直に照れなさいよ、もう」


 結朱は不服そうに勝負の結果を受け止める結朱。


「ふぅ……次は俺のターンだな」


「確認しとくけど、言ってるほうが照れても負けだからね」


「おう」


 俺は深呼吸を一つすると、結朱の目を真っ直ぐ見た。


「――結朱。愛してる」

「知ってる!」


 間髪入れずに、堂々とした宣言が返ってきた。


「いや、お前心強すぎだろ。なんだその返答」


「そりゃあ、大和君が私を愛しちゃってることなんて、とっくにお見通しだからね。今更言われても心は動かないよ!」


 胸を張って不敵な笑みを見せる結朱。


 ちっ……この女、残念ながらモテるからな。男にアプローチされるのには慣れてるのかもしれない――って、あれ?


「おい、結朱。お前……耳赤くね?」


 パッと見では気付かなかったが、髪の毛で隠れた耳が結構赤くなっているような。


「あ、赤くないよ!」


 否定しつつも、耳を両手で押さえて隠す結朱。

 それを見て、俺は確信した。


「さてはお前……さっき本当は照れそうになったから、大声で返事して誤魔化したな?」


「な、なんのことかな? 私には全く言ってる意味が分かりませんとも」


 露骨に目を逸らす結朱。


「おい、逃げるな! ほらこっち見ろ! 愛してる、愛してるぞー、結朱ちゃん!」


「あー! あー! 聞こえませーん!」


 俺の言葉から逃げるように、結朱は耳を押さえて聴覚をシャットアウトする。


 が、耳どころか顔も赤くなっていた。


「これもう完全にそっちの負けだろ! ほんっとナルシストのくせに防御力ないよな、お前!」


「ふ、ふん! 今のはゲームが終わった後に大和君が追撃してきたから、そこで赤くなったんだよ! 決してゲーム中に赤くなったんじゃないからノーカンだね!」


「また苦しい言い逃れを!」


 とはいえ、実際に追撃してしまった以上、これ以上の追及は難しい。

 俺は糾弾を諦めると、一つ息を吐いて頭を冷静に戻した。


「まあいい、今のは引き分けにしといてやる。それより、決着付かなかったけど、どうするんだ?」


「そりゃ、次のゲームですよ。今度はもっと過激だよ? 逃げるなら今のうちだけど」


「逃げねえよ」


 今、勢いは俺にある。ここで叩き潰して完全勝利してやろう。


「くっ、楽には勝たせてくれないね……なら、私も腹を括るよ」


 今まで浮き足立っていた結朱の目が据わる。

 と思うと、彼女は唐突に両手を広げた。


「第二ラウンドは、抱き締め合いゲームです!」


「な、なんだそれ。聞いたことないぞ」


「私が今作ったからね! ルールは簡単。お互いに相手を抱き締めて、先に照れて離れたほうが負け!」


「また妙に過激なゲームを……!」


 どうやら追い詰めすぎて逆に開き直ったらしい。窮鼠猫を噛むってやつだ。


 俺がたじろいでいると、結朱はキラリと目を輝かせた。


「もちろん、大和君が照れすぎてできないっていうなら、ここで不戦敗にしてあげてもいいよ? 私のこと大好きだから、照れても仕方ないしね?」


 こっちが怯んだのを見て取ったか、いきなり強気になる結朱。

 そんな態度を取られては、俺としても引くわけにはいかない。


「上等だ! 愛してる程度で赤くなってる女がどこまで耐えられるか見物だな!」


 お互い、引くに引けない状況に陥ってしまった俺たちである。


「じゃ、じゃあ来るがいいよ」


「お、おう」


 事ここに至って二人とも腰が引けていたが、それでも逃げるわけにはいかず、俺は恐る恐る結朱を抱き締めた。


 腕の中にすっぽりと収まる身体。ふわりと漂う甘い匂い。触れた箇所がどこもかしこも柔らかい、男とは全然違う感触。


「………………っ」


 あ、やばい。自分でめっちゃ顔が赤くなってるのが分かる。

 今、結朱にこの顔を見られたら終わりだぞ。


 そう思い、恐る恐る腕の中の彼女に目を向ける。


「う、うきゅ……」


 が、結朱もいっぱいいっぱいなのか、小さな奇声を零して俯いていた。


 もう結朱の耳と首筋が真っ赤なのは俺からでも見て取れるので、ここで指摘すれば勝ちなのだろうが……それをしてしまえば、俺の顔が赤いのも見られる。


 え、じゃあどうするの? この状態。

 お互いに離れるきっかけがないじゃん。このままずっと抱き締め合ってるの?


「大和君、心臓すっごいドキドキしてるけど。これはそっちの負けでは?」


 その時、結朱が顔を上げないままぽつりと呟いた。


「気のせいだ。お前の心臓が鳴ってるんだろ」


「そんなことないし」


 沈黙。


 お互いにたどたどしい会話を交わすと、また黙り込んでしまった。

 いやけど、なんか自分の心臓の音を聞かれてると思うと、すごい恥ずかしいんだが。


 そうして俺と、そして恐らく結朱の限界が近づいてきた時だった。


 ――ピロリロリロ。


 唐突に、結朱のスマホから着信音が聞こえてきた。


「うおっ」

「きゃっ」


 お互い、驚いて離れる。


「ちょ、ちょっとごめん」


 そうして、結朱は顔を隠すようにくるりと後ろを向くと、電話に出た。


「はい、もしもし……ああ、うん。それね、大丈夫。亜妃に任せてあるから」


 通話の声だけが流れる中、俺も深呼吸をして自分を落ち着ける。

 なんとか顔の赤さを取らなければ。


「えーと……お、お待たせ」


 そうして俺が十回ほど深呼吸を繰り返した頃、通話を終えた結朱がこっちに向き直った。


「お、おう」


 なんとなく気まずい空気の中、向かい合う。


「え、えっと、電話のせいで中断しちゃったけど……仕切り直す?」


 恥ずかしそうに提案してくる結朱。

 が、俺は微妙に躊躇してしまった。


 いやまあ、仕切り直しが自然な流れなのだろうが、さっきの気恥ずかしさを体験してしまった今、もう一度あれをやるという勇気がなかなか出ない。


「あー……俺の負けでいいっす」


 そして、俺はギブアップした。


「というわけで、これからは結朱ちゃん大好きな男として生きていきます」


 白旗を揚げて全面降伏をすると、何故か結朱は唇を尖らせた。


「ふーん、ここで降参するんだ」


「なんで勝ったのに不機嫌なんですかね……」


「べっつにー。大和君のいくじなし」


 疲労と困惑に包まれる俺に、結朱はふと思い出したような顔をした。


「あ、そうだ。こうして勝利によって愛情を証明できた以上、私は大和君に一つ言うことを聞かせられるのでは?」


「うわ……すっかり忘れてた」


 完全にパニクって頭働いていなかったが、そんな条件もあったな。

 完全に勢いだったとはいえ、約束した以上は仕方ない。言うことを聞こう。


「で、何をすればいいんだ?」


 訊ねると、結朱は悪戯を思いついた子どものように瞳を輝かせた。

 あ、なんか嫌な予感。


「もちろん、勝者をハグで祝ってください!」


「おい、降参した意味ねえじゃねえか!」


 俺は必死の抗議をするものの、結朱は涼しい顔で笑った。


「約束は守らないと。ほら、私たちって契約で成り立ってる関係だし? 信頼関係ってとっても大事だと思うの」


「ぐっ……!」


 そこを突かれると痛い。


「覚えとけよ……」


 俺は深々と溜め息を吐いて全てを諦めると、結朱を再び抱き締めるのであった。


「えへへー、どう? 大好きな彼女を抱き締められて嬉しい?」


「…………最高に幸せっす」



 今度から、勝負事は決して最後まで諦めないと誓う俺であった。

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