第8話
私は髪を編み込み、真珠の髪飾りをつけた。
ドレスは今流行の肩を出したもの。色は髪の色と同じ夜空色。それに白のレースをふんだんに使ったものだ。
赤い紅をさし、真珠のピアスとネックレスを身に着ける。
姿見に映った自分を確認して気合を入れる。
私が身に着けているものは全て魔道具だ。魔道具と言うのは魔力を持たない平民が使うものだ。
貴族で使っているのは私のような欠陥品か、魔力の少ない下級貴族ぐらいだろう。
アドラー伯爵家は末端ではあるが上級貴族になる。
そんな家の娘が魔道具を身に着けているのなんて嘲笑の対象だろう。でも私には必要なのだ。自分の身を守る為には。
それに何事もなければこれが魔道具だとは思わないだろう。
「よし」
私は気合を入れてミアとディアモンの婚約パーティーに向かった。
会場に入るとすぐに私は好奇の目に晒される。
「獣人が多いのね」
会場にいる貴族の殆どが獣人だった。中でも下級貴族が多い。
ミアは兎も角、ディアモンの家柄は侯爵家だ。上級貴族が来てもおかしくはないのに。ほんの一部しかいない。
「まさか、本当に来るとは」
「何しに来たんだか」
「パーティーをぶち壊しに来たわけじゃないでしょうね」
「人族に我ら獣人にとっての番の重要性は理解できんだろうからな。婚約破棄に関しても向こうに非があると思っているんだろうよ」
「まぁ。婚約破棄は仕方のないことですわ。だって番が見つかったのなら何をおいても番を優先するのは当然のこと。婚約破棄は可哀そうですけど、事故のようなもの。運が悪かっただけですわ。それをジュノン侯爵家側のせいにするのはいかがなものかと」
聞こえてくるのは私を非難するものばかり。
成程。下級貴族のそれも獣人が多いのは納得だ。
おそらく、人族にも獣人の上級貴族にも招待状は送られたはずだ。でも丁重にお断りされたのだろう。あるいは嫌味の一つでも返されたかもしれない。
良識のある貴族が出向くパーティーではないわね。
「・・・・・運が悪かった、か」
ネズミの獣人の貴族女性の言葉に私はくすりと笑う。
正鵠を射ていると思ったのだ。
「本当に運が悪い」
番なんておとぎ話かと思っていた。獣人にとってもあり得ないぐらいの確率の出会い。それが出会ってしまうなんて。しかも私と婚約した後に。
もしこれが他人事なら「すごいな」とか「運命の糸で繋がれた相手なんてロマンティックね」ですむ話だったのに。
それに相手がもっと慎ましやかな、優しい性格だったら私も素直に応援したかもしれない。
でも・・・・・。
「セイレーン、来てくれたのね」
ディアモンと絡んでいた腕を振りほどいて私に向かって走って来るミア。彼女の手にはワインがあった。
「ありきたりね」
ミアは嬉し満載という顔で私に駆けよる。その口元が醜く歪んで見えるのは私の性格がねじ曲がっているからではない。
「あっ」
ミアは何かに躓き、持っていたワイングラスが傾く。こぼれた中身が私のドレスに真っすぐ飛んでくる。
赤いワインが私のドレスに触れる直前、それは意志を持った生き物のようにUターンした。
私身に着けている魔道具に障壁がある。その障壁は私を薄い膜で覆っている為、ワインはドレス当たる前に障壁に当たって跳ね返されたのだ。
「えっ」
私が被るはずだったワインはミアの顔面を赤く汚した。
ミアは何が起こったのか分からなかったのだろう。とても間抜けな顔で固まっていた。これで少しは溜飲が下がった。
「ミア、大丈夫か?」
ディアモンが慌てて駆け寄る。彼女の顔をハンカチで拭う。
「酷い、酷いわ。わざと私にワインをかけたのね」
ミアは泣きながらきゃんきゃん吠え出す。本当にお馬鹿な子だ。
「私の手にワイングラスはないわよ。あなたの顔にかかっているのは、あなたが私にかけようとしたワインでしょう」
「っ。わ、わざとじゃないわ」
「わざとでなければ謝罪も必要ないのね」
「君は魔道具を身に着けているのかい?」
困惑しながらディアモンが聞く。その言葉にミアはにやりと笑った。いい攻撃材料を見つけたと彼女の目がギラギラ光る。
うさぎは草食動物だった思うけど、彼女はまるで肉食獣のようだ。
「貴族の娘が魔道具を使うなんて恥さらしもいいところだわ。ああ、ごめんなさい。あなたは魔力がなかったわね。貴族なのに」
「いいえ、お気になさらず。貴族の令嬢なのに会場内を不作法にも走り回り、招待客にかけようとしたワインでお化粧を崩してぐちゃぐちゃの顔で尚もこの場に留まっているあなたほどではないわ」
「なっ」
ミアは怒って会場を出て行った。
お化粧を直しに行ったのだろうけど、今話をしていた身分が上の者に断りもなく退出するなんて本当にマナーがなっていない。
「セイレーン、今日は来てくれてありがとう。本当に来てくれるとは思わなかったよ。それと、いつも綺麗だけど今日は一段と綺麗だね」
婚約者だった時ならその言葉を嬉しく思い、素直に謝辞を示しただろう。
でも私はもう彼の婚約者ではない。貴族の男が令嬢を褒めるのは挨拶みたいなものだけど私と彼の関係ではそれだけではすまない。
元婚約者なのだから。そしてここは彼と現在の婚約者の婚約パーティー。
私を褒めるのは褒められた行為ではない。寧ろ元婚約者を口説いているみたいで最低な行為でもある。
そんなことも分からないような愚か者ではなかったはずなのに。番を見つけた獣人は脳みそまでおかしくなってしまうようだ。
「早くミアの所に行って差し上げた方がいいですわよ」
「そう、だね。無理だと思うけど君もパーティーを楽しんでいって」
そう言ってディアモンはミアを追って行った。
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