魔王城の謎

  それから、私たちはいろいろな話をしながら調査を続けた。

考えてみれば、私は3人のことを名前以外ほとんど知らなかったのだ。


「俺とフェイは双子ってことで。

 まあ、ホントに血が繋がってるかどうかはわからんけど、気が付いた時からずっと一緒だったからな」

「一緒に居なかった時の方が少ないですから。

 まあ、一生の腐れ縁でしょう」


 リオンは漆黒の髪、黒い瞳。

 前線で戦う戦士だけれども、大きな剣を振り回すパワーファイターじゃない。

 素早さで戦う、ゲームとかでいうなら軽戦士タイプだろう。

 一方のフェイは銀色の長い髪が綺麗に揺れる。

 水晶のような透き通った青い瞳。細身で知的な感じ。魔法使い、ソーサラーがきっとぴったりくる。


 外見も性格も、本当に何から何まで正反対で、どこからどう見ても兄弟とか、双子ではないと思うけれど、幼い時からずっと一緒だったというだけで息はピッタリだ。

 路地裏で生きていたところを、拾ってくれた人がいて彼の手伝いをしながら領主の館で下働きをしていたという。


「で、同じように酷い主に使われて死にかけてたオレは、二人に助けて貰えたってわけだ」

 嬉しそうに笑うアルは、綺麗な新緑の瞳をキラキラに輝かせ、二人を本当に眩し気に見つめている。


「そのせいで二人は落ち着いてた暮らしを捨てる羽目になっちまったんだけど…」

 どこかすまなそうな表情を浮かべるアルに

「だって、ほっとけないだろ?」 

 一瞬の迷いも悔いも無い目で、リオンはそう返した。


「あの酷い状況を見て、助けない選択肢はちょっとありませんでしたから。

 幸い、僕達を拾ってくれた彼も許してくれましたし、おじいと出会えましたしね」


 アルを助けて行き場なく困っていたところをその人物に助けられて、ここに連れて来られたのだという。


「今までの生活と比べるとここはホントにいいところだ。

 屋根も有るし、食い物もなんとかなるし、なによりやっかいな大人がいないからな」


 零れ出た思いは多分本音だろう。

「私」にとってさえ不自由はあれど、余計な存在に干渉されないここは居心地がいいのだから。


 

「お、衣裳部屋みっけ! ちょっとデカいけど着替え、いっぱいあるぜ」


 アルが見つけたいくつめかの部屋は本当に洋服が山盛りの衣裳部屋だった。

「ホントだ。このままじゃ着れないけど、裁縫道具とかあれば仕立て直しできるかな?」

 メインは豪華な女性用のドレス。下着類。

 あとは男性用のマントとかチュニック、ズボンなどもある。

 このままでは使えないけれど、道具があればとりあえずの着替えに直すことくらいはできるかもしれない。


 裁縫は少し自信がある。

 勿論、プロのそれとは比べられないけれど劇の衣装や、発表会の衣装は手作りしていたのだから。


「見て下さい、こっちは書庫ですよ。

 こんなにたくさんの本を初めて見ました」


 フェイはパラパラと本の一冊を手にとって見ていた。

「フェイ兄、読めるの?」

「一応は。こっちは歴史書で、こっちは魔術の本のようです。興味深い」

 青い瞳が喜びと好奇心に輝いている。


 私も覗き込んでみたけれどまるで読めない。

「今度、教えてくれる?」

「あ、オレも覚えたい」

 私達の言葉にフェイは笑って頷いてくれた。


「いいですよ。リオンも今度こそちゃんと覚えたらどうです?

 マリカに追い越されたら恥ずかしいでしょう?」

「うるさい」

 リオンは読み書きが苦手らしい。

 まあ、中世の、しかも学校とかのない世界なら無理もないと思う。

 でも…


「ねえ、魔王って一体何なのかな?」


 私は、ふと疑問に思ったことを呟いていた。

 台所を見つけた時から、ずっとひっかかっていたのだ。

 この城に住んでいた魔王、とは一体どんな存在だったのだろう。と。



「魔王は魔王だろ? 強大な魔力で世界を滅ぼそうとした」

 アルはそう返すけれど


「でも、考えてみて。

 お城があって台所に、食材倉庫。寝室に、衣裳部屋があって、しかも書庫まであるんだよ?

 つまり、魔王も食べて、寝て着替えて本を読んでたってことでしょ?」


 それは、もう『人間』ではないだろうか?


「…言われてみれば、そうですね。

 僕が知る限り、人型の魔性というのは聞いたことがありません。

 知らないだけ、かもしれないけれど…」


 フェイも私の疑問に頷いてくれた。

 魔王城には『魔王』と呼ばれる誰かが住んで、生活していた。

 一人で暮らしていたのか。世話をする誰かがいたのか。

 多分、完全に一人ではなく、誰かは一緒にいたのだと思う。

 男女両方の衣服があるのがその証拠だ。


「でも、女物の服が一番たくさんあって、豪華だったよな。

 魔王ってまさか女だった?」


 アルはさっき見つけた衣裳部屋を思い出して手を叩く。


「僕達が知る術もありませんが、可能性はありそうですね。

 書庫の本とかを調べれば少しは解るでしょうか?」

 私達は、魔王と簡単に言っているけれどそもそも、魔王の伝説も殆ど知らない。


『魔王を倒した勇者が、神に願ってこの地上の人々に不老不死をもたらした』


 それだけだ。

 廊下を歩きながら、私は考える。


「どうして『おじい』はここに子どもを集めているのか?

 どうしてこの『魔王城』は無人なのか?

 どうして、他の人間が来ないのか?」

「…普通の大人は、魔王城には近寄りたくないでしょうね」

「どうして?」

「それは…」


 フェイが何かを言いかけたその時だ。


「みんな、来いよ。なんか変な部屋がある!」


 先頭を歩いていたリオンが、私達を手招きした。

 今までの部屋は驚くほどに鍵も無く、なんだったら扉も無くて簡単に出入りできたけれど、そこは見上げる様な大きな扉に丸を基調とした不思議な紋章が刻まれていて、固く閉ざされていた。

 今までこの近くは何度も通っていたけどこんな部屋、あっただろうか?


「鍵がかかっているようですね。

 …リオン、ジャンプは?」

「やってるけど、ダメだ。何かに跳ね返される感じだな」


 そんな会話を聞きながら私は扉に触れる。

 触れた筈だった。


「危ない感じはしないんだけど…って、マリカ!!」


 アルの声が、その時の最後の記憶。

 私の手は、身体は、何の抵抗もできないまま理由も解らぬまま、というか考える間もなく。


 扉の中に、吸い込まれていったのだった。

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