◆富田林10◆ モテまくるオレっ娘のお相手

 それで、だ。

 フライドポテトの到着を待ちながら小暮が話してくれたのは、自分に告白してくる女子達の求めるものが、自分のこの『少女漫画に出て来る王子様のような容姿』であって、『小暮あおい』本人じゃない、という話だった。


 確かに、少女漫画に出て来る王子様みたいな男の子というのは、小暮みたいな容姿ではある。さらさら茶髪の爽やかイケメン。でも性格はちょっときつめの俺様だったりして。


 それで、小暮が殊更強調したのは、どういうわけだか「すね毛とか脇毛が生えていない」ことと、「性的な触れ合いを強要されない」ことだった。


 あのね、お願いだからこういう場であんまりすね毛だの脇毛だの、ヤるだの何だのって言わないで欲しいんだけど。


 でもまぁ、小暮の言い分もわからないでもない。はっきり言って、少女漫画の王子様というのは毛なんて生えてない。すね毛はもちろん脇だってつるっつるだ。実際の男がすねも脇もつるっつるだったらさすがに美意識高すぎない? って違和感だけど、二次元の彼らはつるっつる。ついでに言えばお顔だってつるっつるよ。


 え? あたし? さすがのあたしでもさすがにそこまできっちり脱毛はしてないわよ。


 それに、性的な触れ合い――ってこの表現の方が何か生々しい気がするんだけど、何ていうのかしらね、ある意味、百合的な、っていうのかしら。って言っても、これはあたしが百合、つまり女子同士の恋愛モノに抱いているイメージってだけだけど、なんかもうとにかくすべてが密やかにしっとりと行われる感じで、あれやこれやがふんわりと濁されるというか。


 最近じゃあ少女漫画でもどぎつい性描写があるやつがあったりするけど、たぶん、小暮に告白するような子達はそういう己の欲を剥き出しにするような恋愛ではなく、恋に恋するような、恋愛のきれいなところだけを切り取ったような、そんなうっとりする恋愛小説や漫画のような付き合いがしたかったのだろう。


 オレはそれに付き合わされそうになってんだ、と小暮はうんざりした顔でポテトをつまむ。てっきり手づかみで荒っぽく食べるのかと思いきや、テーブルの端に置かれたカトラリーボックスから割り箸を取り、それを歯で咥えて割ったりなんかせず、丁寧に割って使っている。意外と箸の持ち方もきれいなのね。


 やっぱりアンタ、見た目だけじゃなくて、こういう部分のギャップも加味されてモテてるんじゃないかしら? 少なくともあたし、この数十分でアンタのことちょっと見直しちゃってるんだけど?


「まぁ、わかったわ。それで? 本題に入っても良いかしら?」

「本題?」


 ずっ、とクリームソーダを飲む。よくよく考えたら、そのクリームソーダってチョイスも何か可愛すぎない? 


「そうよ。そもそもアンタの恋愛相談に乗るって話でしょ。恋愛相談っていうか、成就までのお手伝いっていうか」

「おお、そうだったな。どうだろ、イケるか?」

「それは相手のこととかをよく知らないとわからないわよ。とりあえず、大まかな情報を頂戴な」

「お、おう」


 さっきまでの強気な態度を萎ませて、しゅわしゅわと顔が赤くなる。やぁーだ! 誰よ、この子が男に見えるとか言ったの! めっちゃ乙女じゃなーいっ! 下手したらウチの木綿ちゃんより乙女よ?! 木綿ちゃんとはまた違った可愛さがあるじゃない! 


 鞄の中から愛用の手帳を取り出し、インタビュアーよろしく根掘り葉掘り聞き出した情報によると――、


 お相手の名前は『和山わやま一颯いっさ』。今年の四月にご両親の仕事の関係で転校してきたらしい。『いっさ』という響きからついついワビサビ系の草食系をイメージしてしまうけど、ところがどっこい、本人はワビもサビも無縁そうな(失礼だけど)ガチガチのスポーツマンなんだとか。


 バスケ部に所属しているんだけど、そこってめちゃくちゃ人数が多くてレギュラーに入るのはかなりの狭き門らしく、彼はちょいちょい試合にも出たりはするものの、基本的には補欠。本人は「いざという時の秘密兵器として温存してるんだ」なんて笑ってるみたいだけど。まぁ、その辺は監督の考えもあるんだろうし。だから、彼が実際にプレーしているところを観たことはほとんどないみたい。球技大会もこれからだし、体育は男女別だし。


 ていうか、今年の四月に転校してきたってことは好きになってまだ日が浅いってことよね?


 すると、小暮はちょっとバツが悪そうに「オレ、あっという間に失恋するんだけど、その度に好きなやつがコロコロ変わるんだよな」と苦笑した。あら、別に一途ってわけではないのね。なんともまぁ、切り替えの早いこと。でもまぁ、両手じゃ数え切れないくらい失恋してるって言ってたものね。


 写真とかないの? と聞くと、何らかのイベントで撮ったらしい、数人かがごちゃっと集まった画像を見せてくれた。


「……こいつ、この、でっかいの」

「ふぅん、確かにデカいわね。さすがはバスケ部。あたしくらいあるかしら」

「どうだろうな。もしかしたら千秋の方がでけぇかも。お前、何センチあんの? 確か和山は百七十七って言ってたはず」

「あらっ、何よ。あたしの方がデカいじゃない。あたし百八十あるもの」

「でっか。でもあれだな、千秋の場合、和山より身体が薄いから、あんま威圧感ねぇんだよな」

「んまァ、失礼な子ね。身体が薄いですって? あたし、着痩せするタイプなの!」

「知らねぇよ」

「まぁ、見せる機会もないから良いけど。それで? あとはどれくらいの情報があるのかしら。例えば家族構成とか、恋愛歴とか趣味嗜好とか。さすがにそこまでは難しいかしらね」

「いや、実は案外結構知ってる」

「あら、そうなの?」

「なんつーか、女子だと思われてねぇんだよな、オレ。だから、そういう話も男友達のノリで出来るっていうか」

「あぁ――……成る程」


 情報があるのはありがたいけど、その入手の経緯を知るとちょっと同情しちゃうかも、だわねぇ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る