第一幕第一場:運命の力(後編)

 

 その後、礼拝に向かうか迷ったあたしは、外套のフードを深く被り、教会に向かう人々の群れに紛れて行くことにした。


 ・

 ・


 そして今は、人々で一杯の狭い教会の中にいる。どうやら婆やはあたしと一緒にいた時とは違い礼拝には遅れず着いたらしく、比較的前の方の長椅子に座っているのが最後尾の壁際から確認できた。

 もちろんあたしはいつものように、耳をダンボ状態にして世情調査中である。


 しかしながらこれは運命シナリオなのか、それとも女好きの公爵閣下の執念なのか、はたまたあたし自身の見込みが甘かったのか、見つけられてしまったのだ。目ざといナンパ師に。


 ここは己の美しさと愚かな男に呆れる事で、自己承認欲求を満足させておこう……。(涙)


 例によって、コイツがあまりにもシツコイので、「ちょっと来なさいよ」と手を引いて教会内から連れ出し、今こうして教会裏手までやってきたのだ。はぁ~。


「意外と積極的なんだね、美しいお嬢さん。ボクとしても嬉しい限りだよ」


 目の前でため息をついてるあたしを他所に、何やらご満悦の様子である。


「見知らぬ殿方。人違いではありませんか? あまりにも、シツコイので! 礼拝中の他の方にご迷惑をかけぬように、こうして外でお話をしているだけです!!」と少し怒気をこめて主張した。


「ハハハ、だがそれはボクに対する興味の裏返しでもあるよね?」

「      !!」


 ここは力いっぱいの断固否定だ。

 確かにその豪華で鮮やかな出で立ちと、甘いマスクの伊達男ぶり、加えてテノール声のイケボと来たもんだ。

 未だに男を知らぬどこぞの箱入り娘なんて、きっとイチコロでしょうよ。

 それはつまり、か!?


「…………」


 イヤイヤイヤイヤ、違います。違いますってば! 

 これはあくまでも容姿的な観点から、あたしの趣味にたまたまの偶然合致しただけであり、とても重要な人格的な観点から言えば、先ほどのシルバーグレイのイケメン騎手殿や、以前のループでお会いしたイケボ仮面の騎士様のように、貴公子のような立ち振る舞いのメンズが大本命の大好物なのだから!! 

 (でも彼が素敵な声をしているのは、事実よね……)

 よし、心の整理整頓は終わり!


「フハハハハ、本当に面白い人だね、君は。話に聞いていたのとはちょっと違うけど」


 え、えぇ? ひょっとして今の心の整理整頓云々の下りが、口から駄々洩れしていたの!? 

 は、恥ずかしぃぃぃぃっ!


「少なくとも容姿に関しては、君のお眼鏡にかなったんだよね? そこはボクとしては嬉しいな」


 と赤面してうつむき加減のあたしの耳元で、コイツはささやくのだ。 

 ────ここは一発、殴っとく?


 今すぐにでも暴走しそうな狂馬の右拳を左手で押さえ込みながら、あたしは精一杯の作り笑顔で応えた。


「お断りいたしますわ。ご勘違いをなさっている見知らぬ殿方」(ニッコリ


「そういう、ちょっとツンツンした所も可愛いね。そうだ。美しい君に贈り物を用意してあるんだ」


 そう言うと、コイツは近くに止められている馬に近づいて行く。


 確かに教会の裏には、何頭かの馬が止められている。石造りの倉庫の壁には、馬止めという鉄製の輪っかがあり、そこに手綱を固定して馬を置いているのだ。

 あぁ、よくよく見たら教会裏の地面は馬糞だらけだった。これは足元に気をつけなくちゃだわ。


 止められた馬の中でも、ひと際目立つ大きく立派な馬体の葦毛の馬。その馬の鞍に吊るしていた麻袋から、何かを取り出したようだ。


 そしてそれを隠すかのように、後ろ手であたしの所までゆっくりと戻ってくる。 焦らしプレイのおつもりかしら?

 どうせバラの花束でしょう?(知ってた


 ・


「さぁ、どうぞ。美しいお嬢さんには、いついかなる季節でもバラの花が似合うのさ」


 と優しい口調で手渡してきたバラの花束。

 既に存じ上げている運命通りの展開とは言え、やはりバラは素晴らしい。

 しかもあたしの好きな薄いピンクのダマスクローズだ。相変わらずの素敵な香りには、思わずあたしもウットリですわ。

 (本当に……素敵なバラの香りよね)



「どうやら気に入って貰えたようだね」

「…………あ、うん。ありがとう。 は、気に入ったわ。花に罪は無いしね!」


 バラの香りに負けて、ゆるみきっていたあたしの顔を正した上で応えた。


 そして、「罪作りなのはボクの方だからね。世の中の男性諸氏には申……」とか言っていたコイツの話の腰を折るように、あたしは気になっていた質問をぶつけてみた。

「ところでなぜ私は知っているの? さっき誰からか聞いたような口ぶりだったけど?」と。


 するとコイツは、「君のお友達に聞いたのさ」とのたまう。


 はて? あたしに人間のお友達何ていたっけ? 

 婆やは乳母だし、ミランダはお胸様だしね。 

 あぁ、あと心当たりにあるのは──。



「ひょっとして──、ミミから聞いたの?」

「──ああ、うん。そのミミちゃんから聞いたのさ」


 ふーん、そう来ましたか。


「そうなんだ? ミミって人見知りだから、お話を聞くのは大変だったでしょ?」

「そ、そうだったね。まぁ、ボクの話術に掛かれば、女の子は皆夢中になるからね」

「スッゴーイ。ミミも可愛かったでしょ? 

 白くて、ふっくらしてて、とても愛らしくてキュートなのよね!」

「そうなんだよ。色白で、ふくよかで、可愛かったよ。でもボクには、君こそが最高に美しいよ」


 そう言いながら、目をキラキラさせつつあたしを見つめてくる。


「ふーん、ところで……うちの近所に住んでいる白猫のミミちゃんをどうやって手懐けたのかしら?

 彼女は美味しいものしか興味が無い、警戒心の強い子だから大変だったでしょ?」


 あたしはニヤニヤしながら告げて、相手の反応を伺った。


「………………。あ~、そうだね。極上の干し肉を献上したら、ミミちゃんは喜んで君の事を語ってくれたよ。うん、ボクには判るんだよね! ところで、ボクは神学生のガルガーノ。美しい君の名前は何て言うのかな?」


 どうやら少々の事では懲りないらしい。

 だからあたしも侮蔑のまなざしを送りながら、こう応えてやった。


「嘘つきのあなたに、教える必要がありまして?」と。


 すると、コイツはちょっと巧みな返しをしてくるのだ。


「フフッ、君のような花の妖精には名前は無く。ただそこに、美しさがあるだけですか?」


 や、やるわね!


 それから男は静かに歌い始めた。


『美しい瞳の泥棒が ボクの心に忍び込み ボクの大事なモノを奪っていった

 あの美しい泥棒よ 返してくれ ボクの心を 』


 むむ──、ならばこうよ。


『いつの世も哀れな殿方は 仮初かりそめの美に惑わされる 

 それは奪われたのでなく 残された甘い幻想

 なぜなら何も無かったの その心には最初から 』


 すると男は続けて歌う。


『あぁ、美の神よ ボクの失くした恋は どこにいってしまったのか 

 そこのうるわしいひめぎみよ おしえてくれ ぼくのこいのゆくえを 』


『いつの世も哀れな殿方は 真実の愛に気づかない 

 それは恋のふりをした 罪深きモノだと

 なぜならそれは幻想だったの その心に見るものは 』


『愚かなボクは恋も愛も 見分けがつかない 

 この心に燃えるモノが なにかもわからない

 そこのうるわしいひめぎみよ おしえてくれ ぼくのこいとあいを 』


 ふーん、そうきましたか。やるわね。


『あぁ、死の神よ この哀れな殿方に 愛される機会を与えて

 誰しもが愛によって生まれ 愛されて育ち そして愛を知ることを 』


『そこのうるわしいひめぎみよ おしえてくれ きみのしるあいを!

 そこのうるわしいひめぎみよ あたえてくれ きみのもつあいを! 』


『あぁ、違うわ違う 真実の愛は 自らが見つけるモノ 

 与えてくれるのは あなたの両親だけ

 愛を忘れた貴方は きっと 生まれ変わるしかないのです 死の力で 』


『あぁ、そうだそうだ 真実の愛は 君と見つけるモノ 

 ボクは生まれ変わった きみとであうことで

 きみのこいごころが きっと ぼくをかえてくれるだろう あいのちからで 』


『賢き私は恋を知りません それが幻想だと知っているから 

 そして何が大事かを 心で知っています 』


 何やら盛り上がってきました。あたしもついノリノリになって合わせてしまう。



『私は『ぼくは しんじつのあいだけを』真実の愛だけを』


『信じています……『もとめています…… 』



『私は『ぼくは しんじつのあいだけを』真実の愛だけを』


『求めています……『しんじています…… 』


 ・

 ・

 ・


 あぁ、見事なまでにのせられた感がある。あたし好みのテノール声に、なかなかの歌唱力。

 (これには少し、惚れたかもね……)

 ん? 惚れた?


 確かに、確かに。

 改めてまじまじと見ると、カールがかかった黒髪に、渋い細目の口髭という甘いマスクの伊達男ぶり、加えてテノール声のイケボ。

 これはもう全あたしが惚れるでしょうよ。

 (そうね、素敵な殿方かもしれないわ)


 何だかよく分からないけど、さっきから頭がポーっと熱くなり、この胸がドキドキする。



 こ、これはひょっとして、────恋のなの?

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