赤サギちゃんにご用心

冷門 風之助 

PART1

俺は東京都内の、ある有名な神社にいた。

 今日は1月3日、つまりは正月三が日のラスト・デイ。しかしいつもながら初詣に訪れる善男善女でごった返しているというのに、何故かスカスカである。

 それも仕方なかろう。

 つまりは新型ナントカの影響とやらで、大半は年が明ける前に繰り上げで参拝を済ませてしまっているから、年が明けてもまばらになるわけだ。

 俺は拝殿へとまっすぐに通じている入り口の大鳥居の前で、

”ある人物”を待っていた。

 口にシナモンスティックを咥えて揺らしながら、もう20分あまりもたたずんでいる。

『待った?』

 後ろからふいに声が掛った。女の声である。

 振り返ると、そこには栗色のセミロングの髪に左右の瞳の色が違うオッドアイに如何にもラテン系丸出しという、日本人離れしたルックスとプロポーションの女性が、ダウンコートに身を包んで立っていた。

 二人連れである。もう一人もやはりちょっとバタ臭い顔立ちをしていたが、こちらは洋装ではなく、和服。

 初詣であるから、普通なら派手な振袖なんだろうが、彼女は違った。

 地味な柄の羽織に、黄色に粗い格子縞の入った、大島紬と来ている。

 本人曰く、

”私は派手なのより、こういうタイプの方が好きなんです。それに・・・・”

 彼女はそこでうつむき、小さな声で、

”彼のリクエストなんです”

 幾分恥じらった様子を見せながら答えた。

 隣にいたダウンコートが、困ったように肩をすくめる。


 今から丁度2週間ほど前のことだ。

 大掃除をやっと終えて、これで曲がりなりにも新年が迎えられるとホッとしていた俺のところに珍客がやってきた。

 今目の前にいる、ダウンコートの女である。

 分かりやすく言おうか?

 彼女の名前はイザベル・タキガワ・マルティネス。

 そう、かの切れ者マリーの”恋人”、あのベルのことだ。

”探偵さん、お願い、相談に乗ってほしいのよ”

 ベルはもう一人、別の女を連れて来ていた。

 それが今となりにいる彼女である。

 もっともその時は和服ではなく、モカブラウンのウールのコートにブーツ。

 それにピンク色の花柄のワンピースを身に纏っていたが。

『初めまして、私の名前は、ヨーコ・クドウ・ガルシアと言います』

 実に流ちょうな日本語で自己紹介をした。

 ベルが言うことには、彼女は自分と同じベネズエラの出身で、こっちに来てから知り合ったのだという。

 年齢は25歳。職業は医療通訳・・・・ある大学病院で、日本語に不慣れな外国人患者のために働いているのだそうだ。

 父親がスペイン系のコンピューター技師、母親が日系三世。12歳の時に父親の仕事の関係で来日し、其の後はずっとこちらで暮らしており、故国には一年に一度くらい帰る程度だという。

『先刻ご承知だろうが、俺は非合法な依頼と、結婚と離婚に関する依頼は引き受けないぜ。』

 俺はキッチンから盆に乗せたコーヒーを運んできて、二人が座ったソファの前のテーブルに並べて置くと、向かい合わせに腰を降ろし、素っ気ない口調でいい、自分で淹れたカップを取ってコーヒーを一口啜った。

『結婚に全く関係がないかといえばウソになるけど、でも彼女が危ない目に遭うかもしれないのよ。マリーは貴方なら頼めば引き受けてくれるって言ってたわ』


 安く見られたのか、それとも信頼されたのか、どっちか分からないが・・・・しかし俺の弱点を握られたのは間違いないようだ。

『仕方ない。話位は聞いてやるよ。納得が出来たら受けてやろう。それでいいかね?』

 二人は顔を見合わせてから、大きく頷いた。

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