第2話




 あ。


 間抜けな音だった。

 

 その実。

 確信を得た音であった。






「なぁ。おまんの弦音。聴かせてくれんか?」






 はやく、

 はやく、

 はやく、と。


 おどけるような物言いだったけれど、

 その実。焦燥に駆られていた。


 はやく。


 はやく、

 はやく、と。


 はやくきかせてくれと。



 

 自分でも満足のいくものだった。

 射礼も、

 弦音も、

 

 感情だけが。


 違う。


 もっと。

 もっと、もっと、もっと。

 キリがない。

 

 祖母に。

 ではなくなった。

 祖母の弦音に魅入った同士だからこそ。 


 あなたに聴いてほしかった。


 もっと。

 もっと、もっと、もっと!


 はやく、

 はやく、はやく、はやく!



 比べるものでもないだろうに、

 どうしてか、疑問が浮かび上がる。


 どちらの切望が、より音を出しているのか、と。

 



「…あなたのおかげで、静謐で、熱の籠った響きを持つ弦音が出ました」


 言葉にすれば、違和感に眉根を寄せる。

 違う。と、胸がざわめく。


 でました。

 ではない。

 ひっぱられた。

 否。

 引きずり出された。


「私の、」 






「おまんの弦音、聴かせてくれんか?」


 空耳に苦笑いをする。


 声と、

 そして、

 音と、




 足踏み。

 足を開き、正しい姿勢を取る。


 胴造り。

 弓を左膝に置き、右手は右の腰に置く。


 弓構え。

 右手を弦にかけ、左手を整えてから的を見る。


 打起し。

 弓構えの位置から、静かに両拳を同じ高さに持ち上げる。


 引分け。

 打起した弓を、左右均等に引分ける。


 会。

 引分けが完成し、心身が一つになり発射の機会が熟すのを待つ。


 離れ。

 胸廓を広く開いて、矢を放つ。


 残心。

 矢が離れた時の姿勢を暫く保つ。



 

 弓も矢も持たず。

 射貫く的さえなく。

 



 


「あなたは私の力がなくても、自力で成仏できるんですね?」

「おう」


 空耳でもなかった。

 淀みもなかった。

 視線だけを交わらせた。


 戻って来たという安堵。

 それを勝る言葉にしようがない怒り。


「ばっちゃんの弦音が聞こえました」

「おう」

「ばっちゃんの弦音が聞きたいです」

「おう」

「何度だって」

「おう」

「私は、」

「おう」

「勝手に成仏できるのなら、私の弦音を聞いてからにしてください」


 軽快に打つ相槌は、どうしてか返ってこなくて。

 思わず後ずさりしそうな、静かなのに威圧感のある返事だけがあった。


 




 





「行けるとこは限られとる。じゃから、おまんの力が必要」


 喉を震わせて、音を出さず、笑いを零す。


「おまんの弦音がいっちゃん好きじゃが」


 モトメテ。

 モトメテモトメテ。

 せつぼうして。

 聴けば心身ともに楽になるというのに。


「おまんの弦音が、胸の深くまで刺さって抜けん」








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