アザミの団子戦記

M.M.M

第1話 時を越える侍


 戦艦の艦橋から見える景色。

 本来ならそこには大海原と空を繋ぐ水平線があっただろう。

 しかしこの艦橋からは別のものが見える。外の世界は虹色に染まり、揺れる水面のように絶えず歪んでいた。そこには見知らぬ世界がいくつも映り、すぐに消えてゆく。蜃気楼や幻覚ではない。空間と時間が歪んでいるのだ。

 バルオキー村出身の青年、アルドはその奇妙な光景を艦橋から見ていた。次元要塞によって行われる時空間移動。過去と未来を行き来する旅は今回もすぐに終わった。


 虹色の景色は青い空へ変わり、寂れたエアポートが彼らを出迎える。次元戦艦はその一画に停止した。このエアポートはアルドが生きる時代には存在しない。この世界は彼が生きている時代から800年後。本来なら自分はとうの昔に墓の中だ。それどころかアルドの故郷さえこの時代には存在しない。


「着いたぞ」


 そう喋ったのは次元戦艦そのものだ。

 この戦艦は半有機体の合成生命と呼ばれ、合成鬼竜という名前と意思がある。アルドたちはこの戦艦と一度戦い、和睦して彼らを過去や未来へ運んでもらっていた。同じく時を越える力を持ち、歴史を改変する存在を止めるために。


「お疲れ様でござる!鬼竜ちゃん!」


 可愛らしい愛称が聞こえ、アルドはずっこけそうになる。

 戦艦をちゃん付けしたのは白と紫を基調にした東方の衣服と長い黒髪をはためかせた女性。名はアザミといい、東方の国でサムライと呼ばれていた。


「娘よ、その呼び方はなんとかならんか?」


 合成鬼竜が上擦った声を出し、不満を示した。


「皆もそう呼んでおるではござらんか」

「それだ。気づいたら全員で俺をちゃん付けするようになっていた。新しく仲間が入るたびにそうだ。どうしてこうなった?誰がそう呼び始めたのだ?」

「拙者は知らないでござる」


 アザミは文句を言われる前に甲板から跳躍した。

 エアポートの地面まで4メートル近くあるが、彼女は猫のように軽やかに着地し、足音さえ立てなかった。尋常でない身体能力がなければこの動きは出来ない。

 彼女は腰に差した刀に手を添え、周囲を警戒する。この世界には合成兵士という未来技術が生んだ金属生命体が存在し、それらの一部は人類と敵対している。アザミは彼らが発する音や匂いや気配を探り、しばらくして肩の力を緩めた。


「アルド殿、敵の気配はないようでござる!皆と降りてくるでござるよ!」


 斥候の役目を果たしたアザミは甲板にいるアルドに手を振った。


「アザミ、そっちじゃない……」

「む?何がでござるか?」

「今日は反対側の甲板から下りるんだ。そっちには行かないぞ」

「え……」


 アザミの目が点になり、気まずい空気が流れた。

 地面から甲板まで約4メートル。もう1度飛び乗れる高さではない。

 この侍、剣の腕前は確かだが少し残念な一面があった。


「ぬあああ!戻れないでござる!アルド殿ー!」

「き、気にするな!少し遠回りだけど、そこから歩いても行けるから!ああ、でも一人で行動するのは危険か……」


 自分もついて行くしかない。

 そう思っていた彼の隣に赤いコートを着た女性が立った。


「あーあ、こっちに降りちゃったの?うっかりしてるわね」


 彼女はそう言ってから自身も甲板からジャンプした。

 赤いコートがはためき、こちらも着地した時に音は出なかった。この時代でハンターという職業に就くエイミ。彼女もこの時代で合成兵士を相手に戦う優れた戦士だった。


「この辺りは私の庭みたいなものだから一緒に歩きましょ」

「3人で移動スレバ更に安全デスネ」


 そう言って同じように飛び降りたのはピンク色に塗装された汎用アンドロイド。名はリィカ。彼女も衝撃吸収装置の稼働音を鳴らしながら着地する。


「ワタシたち3名の戦闘力なら問題はないデショウ」

「あ……ど、どうも、でござる……」


 彼女はエイミたちの方を一瞥し、ぽつりと言った。

 そして微妙な雰囲気になり、アルドは「おや」と思った。


(あれ?アザミってエイミたちと仲良くなかったっけ?)


 彼はこれまでの3人の行動を振り返る。

 時代が違えば趣味や嗜好も異なる。仲間たちも全員が友人のような付き合いをしているわけではないが、振り返ってみるとアザミがエイミやリィカと仲良く話していたことはない。


「アルドはどうする?皆と向こう側に行ってから合流する?」


 エイミにそう聞かれた彼はアザミの顔を見る。

 そこにはどう見ても「一緒に来て欲しいでござる!」と書いてあった。


(何か理由があるのか?エイミたちは全然気にしてないようだけど……)


 彼はアザミの様子を気にしながら戦艦から飛び降りる。

 無論、彼も高い身体能力で綺麗に着地した。


「ふん。まあまあね。75点くらい」

「そりゃどうも」


 エイミから着地を採点された彼は苦笑した。

 その時、リィカからピルルルルと電子音が鳴った。


「セバスちゃんカラ連絡デス。時間があるなら寄って欲しいソウデス」

「セバスちゃん?何の用だろう?」


 彼はこの時代の都市エルジオンに住む天才エンジニアの顔を思い出す。

 見た目は少女としか思えないのに屈指の科学技術者でこの世界の高官にもなぜか顔が利く。いろいろと謎の多い人物であった。

 4人は仲間と合流するためにしばらく歩いた。その間にいくらか雑談をしたが、やはりアザミはエイミやリィカとは極力話をしようとせず、彼の疑問は仲間たちと合流して有耶無耶になってしまった。


 エルジオンのセキュリティチェックを通過すると清潔で活気のある生活区が彼らを出迎えた。ゴミ一つ落ちてない道には浮遊する小型輸送機が走り、その脇では子供たちが流行のカードゲームで遊んでいる。輸送機に轢かれるのではないかと彼はいつも不安に思うが、安全装置のおかげで事故が起きた事はないらしい。

 彼らはセバスの家に入ると今となっては見慣れた合成人間のレプリカの横を通り、彼女と顔を合わせた。その隣には白衣を着用し、短い黒髪とのコントラストが際立つ若い女性が1人立っていた。


「いきなり呼び出してごめんね。先に彼女を紹介するわ。KMS社系列の食品開発局、お菓子部門で働く研究員。ナンシーよ」

「はじめまして」


 ナンシーという女性は軽く頭を下げる。

 その顔にはメガネがかかっている。視力が悪いわけではない。この時代では低い視力は治療可能で、彼女がかけているのは研究者が使う視界拡張デバイスと呼ばれる分析装置だ。


「食品開発?そんな人がどうしてセバスちゃんと?」

「私たちの部門では食品を長期保存させる方法についても研究しています」


 彼女はメガネをくいっと上げながら言った。


「彼女が開発した画期的な装置を食品に応用し、新鮮な食べ物をいつまでも保存できそうなんです」

「これのことよ」


 セバスは机の上に置かれた銀色の箱を示した。


「鬼竜ちゃんの時空間移動システムを研究して作ってみたの」


(あ、鬼竜をちゃん付けした最初の人がわかったぞ!)


 アルドはどうでもよい事に気づいた。

 彼女は自身を呼ぶ時は必ずセバスちゃんと呼ばせるのだった。


「これは内部で流れる時間を極端に遅くする装置なの。何百年置いても中では数分しか経過しない。それを彼女に話したら食べ物の保存装置として理想的だって言われたわけ。確かにここに食べ物を入れておけば何年経っても腐らないはずよ」

「それは凄いなあ!」


 アルドは何度目かわからないがこの天才エンジニアにまた驚かされた。

 彼女が手掛ける戦闘用パーツなどはアルドたちも世話になっているが、その技術や発想は多くの分野で重宝され、時には危険な組織に狙われることもある。今回の発明品も本来なら気楽に口外していいものではないはずだが、大したことでもない風に話すのはセバスがセバスだからだろう。


「でも本当に成功するかわからないのよねー」


 セバスはそう言って両手を上げた。

 理論と実践は別物だということを知り尽くしているのだろう。


「何を仰いますか、セバス様。きっと成功します」

「ねえ、ナンシー、様づけはやめてってば。セバスちゃん、でお願い」

「お断りします」


 ナンシーは彼女のことを尊敬しているのかきっぱりと拒否した。


「それで、俺たちを呼んだ理由は何なんだ?」

「ああ、そうだった。この装置が本当に稼働するか実験してほしいの」

「え?どうやって?」


 アルドには食品開発や時間を遅行させる理屈は全く分からない。

 科学者でもない自分が協力できることなど何もないと言おうとした。

 そこに横から声がかかった。リィカだった。


「アルドさん、セバスちゃんは装置が長時間経っても稼働スルカヲ確かめたいのデス。800年前の時代に持っていき、この時代で回収すれば性能がわかるノデハ?」

「ああ!そうか!」


 アルドもやっと目的が分かった。

 何百年経過しても中身が変化しないことを証明するには実際に何百年か待てばよい。時空を越えられるアルドたちだけに許された解決法だろう。


「本当ならもっと古代に置いていく方が耐久実験としては理想的なんだけど」


 セバスちゃんはそう言って丸い缶詰のようなものを手でトントンと叩いた。


「さすがに何万年も前の時代だと地殻変動が起きて装置が取り出せない危険があるの。だからアルドがいる800年前が手ごろだと思う。ちょっと行ってこの装置を埋めてきてくれない?」

「それをこの時代で開封して中身が無事なら実験は成功ってことか?」

「ええ」

「ちなみに今、装置の中には鮮度が落ちやすいケーキが入っています」


 うちの部門で販売してます、とナンシーは付け加えた。


「時空を超える手段をそんな事に使っていいのか?」


 セバスちゃんの発想はとても独創的だったがアルドは躊躇した。

 上手く説明できないが、変な目的に使うのは自分たちが防ぎたい歴史改変と変わらない気がした。


「これは興味本位の実験というわけでもないの。あなたたちは時空を何度も飛び越えてるでしょ?それが肉体にどんな影響を与えてるか気にしたことはない?」

「別に問題ないけど……え?ひょっとして何か悪い影響があるのか?」

「さあね」


 セバスは肩をすくめた。


「時空を移動するなんて本来誰もできないことだもの。今のところ悪い影響はないように見えるけど、調査は必要だと思う。この実験は時間を歪める事が物体にどんな影響を与えるかを調査して、あなたたちの医学的な問題にも応用するつもり。歴史改変を止めるあなたたちの助けになるんだから正当な目的といえるでしょ?」

「まあ、それなら確かに……」


 アルドは自分の身に何も起きていないことを祈るばかりだった。

 仲間たちも同じ気持ちだとそれぞれの不安げな顔が表していた。


「そこまで心配いらないわ。念には念を入れて研究するだけよ。歴史改変についてだけど、800年前の世界にケーキを入れた箱が1つ置かれるだけ。それなら歴史に干渉しないでしょう?」

「アルド殿。よくわからぬが、あの箱は食べ物が腐らないようにする装置ということでござるか?」


 後ろで話を聞いていたアザミが訪ねた。

 そう聞かれてもアルドもいまいち理解しておらず、自信がない。

 それを察したセバスが代わりに答えた


「ええ、そうよ。何百年経っても食べ物が腐らない装置……を作ったつもりだけど、本当にそうなるか実験するの」

「ほお!拙者の国にも千年は腐らないという食べ物はあるが、実際に確かめたことはないでござるな」

「へー、そんなものがあるの?」


 セバスちゃんはその話に興味を引かれたらしい。


「いかにも。千年経っても腐らぬという幻の団子。その名も黄金団子!黄金色の蜜がかかって、それはもう美味でござるよ。拙者はすぐ食べてしまうが何年でも保つと巷では評判で……」


 アザミはその味を思い出したのか至福の表情になった。

 アルドは彼女が無類の甘いもの好きであることを思い出す。

 甘味処にしばしば寄ってお菓子を買って食べてるのを見かけるが、東方由来のみたらし団子が特にお気に入りであると言っていた。しかし千年も腐らない団子というのは流石に誇張だろうと思う。

 それを声に出してしまったのは研究者のナンシーだ。


「ふふふ、千年も腐らないとは誇大広告もいい所ですね。今なら商業庁に通報されて罰を受けますよ」

「むむ!何を言うでござるか!」


 アザミは我が事を非難されたように怒り出し、眉を寄せる。

 なんだか面倒な事になってきたぞ、とアルドは思い始めた。


「先人たちの技と知恵を受け継いだ凄腕の団子職人が千年は保つと言ったでござる!本当に千年保つでござるよ!」

「では、試してみますか?セバスちゃんの開発した装置と一緒に埋めて、この時代で取り出してみればはっきりしますよ。千年ではなく800年ですが誤差の範囲内でしょう」

「望むところでござる!」


(ああっ!なんか変な勝負が始まっちゃった!)


 アルドはどうしようかと思ったが、それを見るセバスちゃんは愉快そうに笑った。

 彼女はかなり乗り気らしい。


「ふふ、面白いじゃない。古代から受け継がれる技術も馬鹿にできないと私は思うわよ。どちらが正しいか勝負してみる、ナンシー?もしもあなたが間違ってたら私の事をセバスちゃんと呼んでもらうから」

「勝負になりませんよ?まあ、いいでしょう。私が勝てば死ぬまでセバス様と呼ばせて頂きます」


(ああっ!全然関係ないのにセバスちゃんが変な賭けをしてる!)


 アルドが困惑しているうちにアザミとナンシーの間には見えない火花が散り、時空を超えた壮大な実験の横でよくわからない勝負も始まった。

 この勝負が予想以上に面倒な事態を引き起こすことをこの時のアルドはまだ知らない。

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