雪崩式ウィンウィン

 スーサイド対策室内、室長室。八重咲優子は死神の太蔵を伴い、粗神と向かい合っていた。


「お時間を作っていただきありがとうございます」


 優子の社交辞令に対し、笑顔を見せた粗神は椅子に深く腰を掛けた。


「お聞きしたいことがいくつかありまして……」

「構いませんよ」

「じゃあ、まず私と上島さんの病状について」


 二人とも盲腸という診断をされたが、どう考えても盲腸ではないんですが、とこめかみと唇を引きつらせながら質問を始める。


「まさか病院に騙されるとは思いもしなかったもので」

「もしかしたら、正直に言うと辞めちゃうかなと思って言わなかったんですが」

「何をですか」

「八重咲さんが大腸ガンだということです。上島さんもそこそこ悪いですね」

「辞めるも何も」


 優子は金魚のように口をぱくぱくさせた。怒りで言葉が出てこなくなっているのだ。


「なんでそんなことを」

「優秀な職員にはなるべく早く、自然に死んでもらいたいからですね」


 黙っていた太蔵が口をはさむ。


「まあ、室長の気持ちは理解できますな」

「死神ならそうですよね」


 これには我慢できず、うなずきあう二人に怒号を浴びせた。


「いや、なんですかその邪魔になった熱帯魚とかマリモみたいな扱いは!」


 二人はきょとんとしている。なぜ優子が怒っているのか分からないようだ。もしかして私がアウェーなのかと混乱しつつ肩で息をし、優子は至極もっともな質問を投げかけた。


「なぜ私に早く死んでもらいたいんですか」

「優秀な職員は、死後、優秀な死神になる可能性が高いからです」


 優秀な死神が増えるほど国の自殺者を減らすことができる。とはいえ死神になるのは、割合でいえば300人に一人ほど。いちいち老衰で死ぬのを待ってるのも時間がかかる。なので早く死んでもらいたかったのです、というようなことを粗神は悪びれる様子もなく言った。


「300人って、そんなに職員いないじゃないですか」

「結構前からこの部署はあるので。もちろん名前も管轄も違いますが」

「結構前?」

「1600年くらい?」

「は? せん?」


 目の前の中年の男を盗み見る。優子をからかっている雰囲気はないが、なんとなく嘘をついているとも思えない。


「室長、おいくつなんですか」

「覚えていませんが、たぶん2万年くらい生きてます」

「は? にま?」


 目をパチクリとさせ、今度は遠慮なくしげしげと眺めた。


「からかわれているわけでは、ないですよね」

「はい」

「わかりました。室長のことはまた後で伺います。じゃあそうすると、太蔵も元々はこの部署の職員だったってことですか?」

「そうですね。私が意図せず殺してしまった被害者の一人です。申し訳なかったので死神になってもらいました」


 優子はもはや全ての会話を真実に近いものと受け止めている。結果、感情のブレーカーが落ちた。なので今更驚きはしないが、太蔵にとってはそうでもなかったようだ。


「全く覚えていないが、わしは選ばれたのか。室長に対する畏怖も納得だな」

「選ばれたというより、真っ先に死んでたので、つい。本当は配下の人間しか取り立ててはいけないんですが、死に様がおもしろ、いえユニークだったので、つい」


 ユニークな死に様というのがどういうものか少しだけ興味が湧いたが、優子はあえてそこには踏み込まない。


「とにかく話を戻します。私は大腸ガンだったと」

「はい」

「も、もう助からないんですか」

「長くてもあと三ヶ月くらいで死にます」


 うぐ、と優子の喉が鳴る。頭を抱えて机に打っ臥した。いざ自分のこととなると人間は受け止めきれない。


「室長は、優子に残り寿命を知らせることができるんですな」


 太蔵が場違いな関心をしている。


「私は死神ではないですから。八重咲さんが宿主なわけでもないですし」

「辞めてもいいですか!」


 唐突に大声を上げ、机をバンバンと叩きながら優子は粗神に訴えた。


「え。構いませんが。どのみち助かりませんよ」


 きょとんとした顔で粗神は応じる。


「まあそうなんでしょうけど!」

「あと見事在職中に死ねれば、3桁万円以上の死亡退職金が」

「ああああ! もう!!」

「しかも早く死んだ方が金額は多いです」

「積立でなく積み崩し! なんじゃそりゃ! ああああ!」


 恥も外聞もなく優子は顔を歪め頭をかきむしった。太蔵が何の感情も込めずに言う。


「『羅生門』のババアのマネでもしてんのか。伝わりづれえな」


 勢いよく立ち上がりながら優子は絶叫した。


「死にたくないよお! やだあああ!!」

「まあ落ち着いてください」

「落ち着けないよお!」

「人はみな死ぬんですから」

「せめて治療を受けさせてから! そういうことは言えよおお!!」


 優子は今やソファに横たわり、バタバタと手足を振り回している。傍から見れば子供の地団駄そのものである。

 やがて体力を消耗したのか、ゆっくりと動きをやめ、ずるりとソファから身を起こした。座った目で粗神を睨みつけ、


「やればいいんでしょ、やれば」


 とすごみの聞いた声で告げた。


「嬉しいです。八重咲さんとスーサイド対策室、どちらにとってもウィンウィンですね」

「どこがだ!」

「こちらは死神になるかならないかの球数が増えて嬉しいし、八重咲さんは死亡退職金をゲットできてホクホクじゃないですか」


 血走った目を見開く。その眼光に「死ね」という意思を全力で込めたまま優子は最後に問いかけた。


「死神じゃなければ、なんなの」

「はい?」

「死神じゃないんでしょ、室長。じゃあなんなのって聞いてるんです」


 粗神は照れくさそうに頭をかいた。


「神っていうか、火山です。火山そのものですね」

「あっそう。火山ね。何照れてるんですか」

「最近『まだ若いね』とか『グツグツだね』とか言われるんです。ヘヘッ」

「誰によ!」


 人間に言われているのではないのだろうな、ということしか優子には想像できなかった。

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