第7話 鹿児島県そして召喚

 俺の父親が亡くなり、母親の実家の北海道で暮らしていた。

 小学校6年生の寒い冬のある日、母親が単独の交通事故で亡くなってしまった。

 俺の母親が亡くなったことに悲嘆した祖父母も相次いで亡くなってしまった。

 俺は一人で北海道の誰もいなくなった母親の実家で暮らしていくわけにもいかず、父親の実家のある鹿児島の祖父母の元で中学校生活を送ることになった。


 俺は母親の亡きあと義務教育の間は祖父母に面倒を見てもらっても良いと思っていたが、中学校卒業後は自立したいと思った。

 働きながら学ぶ夜間の高校や大学入学資格検定、今は高等学校卒業程度認定試験を受けると言う方法はあったが、俺が選んだのは

神奈川県横須賀市にある全寮制の

 陸上自衛隊高等工科学校

だった。

 理由は簡単だ、勉強をしながら飯が食えて住めることだ。


 問題は、今まで北海道の大地を走り回っている自然児の俺は勉強が全然ダメだった。

 一念発起、頑張って勉強を始めた、成績は中学校入学当初は下から数える方が早かったのが、学年が進むにつれて上から数える方が早くなった。

 勉強が出来るようになると面白いもので図書館にこもって色んな書籍を読み漁った。

 ただ元が自然児、勉強や読書に飽きると今度は九州の野山を駆け巡り、道場で親父の元師匠の重い素振り用の木刀や日本刀を振った。


 この日本刀、俺の親父が亡くなった原因にもなった鳥飼要一郎が使っていたもので、巡り巡って俺のものになった。・・・当時の県警本部長が何を思ったのかこの刀を探し出して俺に送ってきたものだ。

 元県警本部長は親父の同郷、鹿児島県の出身で同じ高校の剣道部の先輩と後輩の間柄だったらしい。

 それで公的には親父を優遇しなかったが、私的には良く飲んでいたそうだ。

 送ってきた刀は無名の備前刀で刃渡り71センチ、1尺8寸7分の業物だった。

 この日本刀は白鞘から柄には真黒な革が巻き付けられ、黒鞘に納まっている。

 

 中学校3年間の猛勉強の結果何とか陸上自衛隊高等工科学校に入学することができた。

 鹿児島の祖父から、もう一振り日本刀を餞別だと言ってもらった。

 こちらの方は刃渡り78センチ、2尺5分で少し刀身が長く薩摩の国の名刀工、波平行安の作刀だった。

 中学校3年生になるとやっと身長の伸びが止まったのか、それでも185センチもある大男だ。・・・これ以上このペースで身長が伸びると2メートル近くなってしまう!

 

 俺は亡き北海道の祖父の形見のライフルと、餞別の日本刀や重い素振り用の木刀などが入る大きな刀入れを担いで親父の墓に入学の挨拶に来た。

 詰襟の学生服に手には着替えの入った旅行鞄、背負った大きめのリュックの中には大量のライフルの銃弾や愛用の山刀やクナイ、棒手裏剣が入っている。

 まるで歩く武器庫だ!

 警察官に職質を受けたらブタ箱一直線だ。

 これら武器については、俺の親父が世話になった元県警本部長が責任を持って預かってくれるそうだ。・・・ライフルの銃弾は廃棄するそうだ。


 親父の墓に母親の骨を分骨して納骨する。

 母親を納骨していると、俺でも知っている有名私立のお嬢様学校の制服を着た武田真が立っていた。・・・武田真の親父さんが悪い噂になっている会社員の暴力団員の首を切らなかった。それどころが暴力団員の社会復帰を行う会社だと開き直った。これが評判になって下落した株価が持ち直したようだ。 

 春らしい淡いピンクの制服を着た美少女は、俺と同様にリュックを背負い肩に黒い竹刀入れのような物を担ぎ、片手には赤い大きめのキャリーバック、片手には花束を持って立っていたのだ。・・・何処か家出でもする程の持ち物だ。

 小学生の頃の極端なショートカットではなくなり、髪は肩に触れるほどの長さに切りそろえられていた。

 武田真は俺に気が付いて少し身構えた。


 それはそうだ、俺の親父が亡くなった時腹いせで、お前のせいで親父が亡くなったと言ってしまったのだから。

 俺が武田真に発した言葉が

「元気⁉」

だった。・・・野山を駆け巡り、図書館ばかりに閉じ籠って人との接触をあまりしていなかったのだ。気の利いた言葉などでない。


 それでも、それを聞いた途端、武田真が泣き出した。

 綺麗なアーモンド形で少しつり上がった目に涙が溜まったと思ったら、ポロポロと涙を出して泣き出したのだ。

「ごめんなさい。貴方には受け入れない父親の死と今度は母親の死に怒り狂うと思ったの。」

 傍から見ると大男が美少女を虐めているようにしか見えないじゃないか!

 

 俺は子供をあやすように武田真の頭を軽く撫でた。

 すると武田真は涙を拭きながら、更に聞かれもしないのに

「祖父や親と喧嘩して、家出中よ。

 それでこの荷物。」

と笑った。


 その時、殺気が膨れ上がるのを感じた。・・・野山を駆け巡り野生の感性を身につけ、最後のマタギと呼ばれた祖父の血が殺気を感じさせた。

 俺達二人に、刑務所の作業服のようなものを着た痩せた一人の男が襲いかかってきたのだ。

 それは父親を亡き者にした元凶の一人である刑務所に入っているはずの武木田組組長武木田典膳だった。


 武木田典膳は刑務所の中にいても仇敵の武田電機グループの状況を刑務官になっていた配下の者から受けていたのだ。

 武田真が家出したという連絡を受けた武木田典膳は、配下の者の手を借りて刑務所を脱走した。

 そして、武田真は俺の親父の命日には必ず墓参りに現れると聞き、ここで網を張って襲い掛かってきたのだ。

 武木田典膳の手には武木田組配下の者が手配した日本刀が握られていた。

 いまにも切られようとする武田真を抱えて逃げた。


 切られると思った時物凄い光をあびた。

 また物凄い力で引っ張られたのだ。・・・痛い痛い痛い体が引きちぎられる。抱いている武田真も苦悶の表情を浮かべる。美少女は得だこんな苦悶の表情でもエロチシズムを感じる。


 何か空間が歪みながら引っ張られていくのだ。

 いきなり硬い石畳の暗い部屋に俺と武田真が放り出された。

 武田真を抱いているが、残った手で

「パーン」

と石畳を叩いて受け身をしてその勢いで立ち上がる。


 立ち上がって周りを見回す。

 武田真も俺にしがみつきながらも周りを見回している。

 片手の花束は何処かに投げ出したか持っていないが、赤いキャリーバックはしっかり持っていた。


「どこだここは?」

どうなっている今まで外の墓場にいたが、ここは今どきの墓場よりも暗い石造りの部屋のお化け屋敷だ。

 お化けではないが部屋の片隅に骨と皮になった老人が倒れている。

 服装は映画によく出てくる魔法使いだな。

 黒いとんがり帽子が横に転がり、黒いマントを下に引いた状態で仰向けで倒れている。


 武田真が、その老人を起こす。

 武田真が持っていた旅行鞄から水の入ったペットボトルを取り出して老人に飲ませる。

 武田真の飲みさしみたいだ。・・・俺が飲みたかったこの美少女と関節キスができたのに!


 水を飲んで老人は気が付いて

「うむ、召喚の儀式は上手くいったようじゃ。

 水をありがとう、どうやら儂は魔力を使い果たしたようじゃ、お礼に忠告してやろう、逃げろ兵隊が来てわしのように奴隷の首輪をされる前に。」

という。

 老人の首にはいかにも禍々しい首輪をしており、その首輪の前後にはリードを付ける為だろう鉄の輪が付いている。


 それ以外には繋ぎ目などが無いどうやって首輪を着けたのだろう。

 背中に担いた刀入れから祖父から餞別でもらった日本刀で首輪を切ろうとする。

 老人は

「無理をするな、よほどの刀でないと切れない。」

と言うが、俺の中で集中力、気力が膨れ上がる。


 首輪に一筋の線が見えた!

「チェスト」

と掛け声をあげて奴隷の首輪に日本刀を振り落とす。

『ビシュ』

というような音をたてて・・・切れた!


 武田真が

「お見事!」

と感嘆の声をあげる。

 上手く首輪だけ切れた。そう思った途端額から汗が吹き出した。・・・笹貫と呼ばれる名刀を作刀した波平行安の日本刀だけはある。


 俺は老人に

「逃げるのは良いのだが、ここからの脱出どころかここが何処か分からないのだ。」

と告げる。


 老人は

「それもそうだった。

 儂を拘束していた奴隷の首輪が無くなったのだ。

 どうれ儂も一緒に逃げ出すか。」

そう言うと立ち上がる。


「召喚の儀式には集中力がいるので、兵士を追い払ってある。

 兵士が戻って来るのにはかなり余裕があるはずだ。」

と出口のドアを開けながら説明する。

 老人の身長は130センチ程でチョコチョコと先を歩く。

 かなり小さい、腰が曲がっているとはいえ、130センチは小学生で言えば3年生ほどだ。

 召喚されたようだが、この世界の人はかなり小さそうだ。

 前を歩く老人もそうだが、出口のドアの桟にも頭がぶつかりそうだった。


 逃げ出す前に、俺は刀を入れていた刀袋を帯代わりにしてズボンのベルトを利用して刀を差す。

 それを見ていた武田真が、

「その刀入れに入っている残りの刀を下さい。」

という、お前を襲った鳥飼要一郎の刀だけれども良いのかと聞くと

「コクコク」

と首を上下した。


 武田真も刀袋を帯代わりにして腰に差した。

 かさばる刀入れはリュックの中だ。

 召喚された窓もない部屋から外の廊下に出た。


 老人が時々振り返りながら俺達がついてくるのを確認する。

 最初の行先は老人の部屋で、老人の必要な物や逃走準備をすると言う。

 俺は歩いている間にも北海道の祖父の残した遺産であるライフル銃に弾を込める。

 これには武田真も驚いている。

 振り返った老人も驚いて

「それは魔銃か?」

等と聞いてくる。・・・魔銃、わからん⁉


 そんなことをしているうちに、老人がドアを押し開けて入れと言う。

 その部屋は片一方の壁面には天井まで書籍が詰まった書架であり、反対の壁は黒板と何やら化学に使うビーカー等が置かれた薬品棚になっている。

 凄い書籍の量に興味がひかれる。


 老人が黒板を押すと隣の部屋があらわれた。

 老人の寝室と居間になっている。

 俺は老人に許可をもらって寝室のシーツを引き裂いて帯にする。

 どうも刀入れとベルトを帯代わりにすると納まりが悪いのだ。

 武田真も刀の納まりが悪かったのかシーツを帯にしていた。

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