大林、思い煩う

 ついに訪れた週末。

試験会場で有紗が試全霊を賭けているころ、大林は自宅でいつになく落ち着きのなく過ごしていた。

 普段の休日なら朝から晩までトレーニングに時間を費やすのだが、有紗の試験が行われるこの日は、トランプに手を付けられずリビングでぼうっとテレビを眺めている。


「どうしたのあんた」


 無関心そうに料理番組を見ている息子を見かねて、大林の母が声をかけた。

 しかし、声には答えずテレビから視線を外さない。


「何、料理でもしてくれるの?」

「……あ?」


 質問から三秒ぐらい経ってから大林は緩慢に振り向いた。

 そんな彼を母は怪訝そうに見つめる。


「朝からずっとリビングに居座ってもう御昼よ。同じチャンネルばっか見続けてるけど、何か観たい番組でもあるの?」

「いや、そういうわけじゃない」

「じゃあ、どうしたのよ。俄かに料理でもしたくなったの?」


 冗談のつもりで尋ねると、大林は一瞬考えるそぶりをしてから、あははと笑い出した。


「たまには料理でもしようかな。日頃、やってないわけだし」

「……ほんとにどうしたのあんた。何か変なものでも食べたの?」

「あはは、変なこと言うなあ母さん。よし、料理でもしてみよう」


 大林は笑いながら立ち上がり、台所へ足を向かった。

 しばし息子の様子を静観していた母だが、大林が何も置いてないコンロを突然点火させたところで、慌てて息子に駆け寄った。


「あんた、何をしようとしてるの。どうして何もする前から火を点けるの」

「……料理って火を使うだろ?」

「まあ、そうだけど。何を作るか決めて鍋やフライパンを置いてから普通は火を点けるもんよ」

「ああ、そうなのか。俺にはわからない」

「そりゃそうよ。あんたは今まで料理なんてしたことないんだから。真面目にやる気ないならテレビでも観てなさい」

「そうするよ」


 母の苦言に頷き、大林は台所を出てテレビの方へ歩いていった。

 台所を去る息子の姿を眺めながら、母はため息を吐く。


「ちょっと前から様子が変だとは思ってたけど、今日は一層ね」


 これなら部屋に閉じこもってもらってる方が安全ね、と息子の異変に頭を悩ませた。



 一方の大林の頭の中は、有紗の事が気になってとりとめなかった。

 行き先を間違えていないだろうか、道に迷っていないだろうか、時間に遅れてはいないだろうか、悪い人に引っかかってはいないだろうか、道の途中でナンパされてはいないだろうか、などなど。

 もはや愛娘を心配する親父に似ている。


 けれども、恥ずかしさゆえに連絡を交わす勇気は出ない。

 こんなのぼせたような状態で、集中が必要なメモリースポーツに取り組めるはずもなく、無為な時間を過ごしている。

 見るともなくテレビを見ながら、意識は有紗の事へ向かう。


「はあ」


 思い煩いのため息を吐く。


 出来ることなら励ましてあげたいが自分から免許皆伝を言い渡した以上、いつまでも関わり合うのもおかしい。


 有紗を近くで応援したい気持ちとしつこく付きまとってはいけないという遠慮が、大林の中で対立し、今のところ後者が勝っている。


 試験終わったら、手応えだけでも訊いてみようか?


 報告ぐらいならしつこくないだろう、と大林は昼のニュース番組に切り替わったテレビを眺めながら、逸る気持ちを抑えて吉報を待つことにした。

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