土本先生、何してるんですか?

 昼休みの終わりごろ。有紗が打ち間違いに苦労しながら授業用のプリントを作成していると、大林のクラス担任である男性教師が物問いたげな顔で近づく。


「土本先生。ちょっと」

「はい?」


 キーボード上で手を浮かせたまま振り向いた。


「最近、学習室使いました?」

「え、ああ」


 クラス担任の質問に有紗は肯定の声を出す。

 しかし、急に不安になる。


「ええと、使ったらマズかったですか?」

「いや、使うのは構わないと思いますよ。でも何をしているのか他の先生に伝えておいた方がいいですね。土本先生以外にも使い人がいるかもしれませんから」

「あ、そうですね。すみません」


 椅子に座ったまま真っすぐに向き直り、ぺこりと頭を下げた。

 有紗が頭を上げるのを待ってクラス担任は尋ねる。


「ちなみに学習室では大林君と何をしているんですか。一応クラスの担任として知っておきたいので」

「え、知ってるんですか」


 思いもしなかった、という表情で有紗は目を見開いた。

 クラス担任は頷いて質問を重ねる。


「学習室のある廊下に向かう大林君の姿を見ましたからね。その日に限って土本先生の姿が見当たらないですし。何か問題で起きてるんですか?」

「問題は起きてないですけど……」


 記憶力向上の教えを受けているは現実味がないし、かといって曖昧に濁すのも的外れな疑惑を持たれかねないなぁ。

 有紗は困った末、頑張って返答を口にする。


「大林君は、その、成績はよくても進路が決まってないらしくて、でもある事がすごく得意で、その事を職業に出来ればいい、とか、そういう話で、私はその相談に乗って、大林君の得意なことを見てあげてるんです」

「……ふむ、土本先生の説明はイマイチわからないけど、とりあえず大林は進路に困ってるんだな?」

「は、はい」


 こくんこくんと頭を縦に振って首肯する。

 ごめん大林君。勝手な嘘ついちゃった、と胸の内で平謝りした。


「問題が起きてないならよかったです。でも何かあったら自分にも教えてくださいね」


 そう告げるとクラス担任は自席に戻っていった。

 なんとか場を乗り切り、有紗は内心冷や汗ものでほっと息を吐く。


 私の方が大林君に指導してもらってるのがバレたら恥ずかしいもん。


 プリント作成に戻り、キーボードを打鍵する。

 ただでさえ不得手なタイピングが、緊張の反動で輪をかけて遅くなっていた。



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ここまで読んでいただいて、誠にありがとうございます。

記憶術やメモリスポーツに関することでご質問があれば、どうぞ気兼ねなくコメント欄にお送りください。作者がわかる範囲でお答えします。


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