マグカップ

 有紗の部屋からショッピングモールに移動した大林と有紗は、モール内を歩き回りながら場所を作っていた。


「このお店が十三カ所目になります」

「うん」


 有紗は頷き、目に焼き付けるように雑貨店を見つめる。


「そういえば、ここに売ってるマグカップ可愛いだよね。大林君知ってる?」


 有紗の顔から熱心さが消え、朗らかに大林に話しかける。


「知らないですけど」

「ちょっと見ていこうよ。もしよかったら大林君にぴったりなマグカップ買ってあげるよ」

「……次の場所に行かないと」

「少しだけだからお店に入ろうよ。確かに場所を作るために来たけど、大林君のデートの練習も兼ねてるんだよ」

「わかりましたよ」


 有紗の誘いに抗しきれず大林は溜息を吐きたい気分で返した。


「さ、通路で立ち止まってないで中に入ろう」


 大林を促し、彼の手首を掴んで有紗は雑貨店に足を踏み入れていく。


「引っ張らないでください、先生」


 躊躇なく手を繋がれて、大林はたじろぎながら有紗の後についていった。




 数十分ほどして、二人は店を出た。

 さすがに手を繋いではいなかったが、大林の右手にはマグカップの梱包された白い箱が握られている。


「よかったよ、丁度深緑色があって」


 マグカップを選んだ有紗は自分の事のように喜んだ声を出す。

 大林は白い箱を目線まで上げて、箱の周りを仔細に検分を始める。


「どうして深緑にしたんですか?」

「どうしてって、大林君っぽい色だったからだよ」

「深緑が俺っぽいのか。俺ってそんなに陰気ですか?」

「だってクラスでも大人しいし、私記憶術を教えてもらうようになるまで大林君の声聞いたことなかったもん」

「……そういえば、そうかもしれません。俺、先生の前で発言したことないかも」


 言って、自嘲気味に口の端をひくつかせる。


「でも黄緑があったら、そっちにしてたけどね」

「どうしてです?」

「だって、大林君は優しいから。優しい色合いの方が似合うでしょ」


 急に褒められて大林は継ぐ言葉を失って、視線を少し逸らした。

 大林の照れに気がつく様子もなく、有紗は笑顔で続ける。


「のろまな私にも文句ひとつなく付き合ってくれて、そんなひと中々いないよ」

「俺以外にもたくさんいますよ」

「そんなことない、私の出会った中では大林君が一番我慢してくれてるよ」

「別に我慢なんてしてませんよ。ただ記憶力は上げられると宣言した以上、先生には頑張ってもらいたいから俺も付き合ってるんです」


 はっきりと述べた。

 有紗はきょとんした目で大林を見る。


「それじゃ、義務感で私の愚図に付き合ってくれてたの?」

「……そういうわけじゃないですけど」


 先生といるのがなんだかんだ楽しいから、というのが大林の本音だが、下心がある受け取られるのを恐れて、わざとお義理だと告げた。


「ごめんね、大林君が優しくしてくれてるなんて私の勘違いだよね」


 苦笑交じりに言いながら、あからさまにしょぼんと有紗は落胆する。

 ヤバいな、先生がまた卑屈になってる。

 心にもない自身の一言で有紗の卑屈を引き出してしまい、大林は慌てて言葉を探した。


「その、先生」

「何?」


 何を言えば、先生が卑屈状態から脱してあげられるかな?

 右手のずっしりとした感触に思い至り、苦肉の策で言葉を継ぐ。


「先生の選んでくれたマグカップ、大事に使わせてもらいますよ。こう見えて意外に気に入ったんですよ。ありがとうございます」

「ほんとにそう思ってる?」


 有紗の大林を見る目が窺うようなものになる。

 あ、疑われてる。


「もちろん、ほんとですよ。嘘なんてついて意味ないじゃないですか」


 有紗の目は大林の顔を真っすぐ捉え、しばしして目尻が緩む。


「そうだね。こんなことで嘘つかないよね」

「そうですよ。じゃ、次の場所に行きますか」


 ほっとするのを隠すように大林は有紗に背を向けて歩き出した。



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ここまで読んでいただいて、誠にありがとうございます。

記憶術やメモリスポーツに関することでご質問があれば、どうぞ気兼ねなくコメント欄にお送りください。作者がわかる範囲でお答えします。



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