二人きりのただならぬ空間

 番組が放送された翌日。

 大林はいつもと変わらぬぼっちでの学校生活を送っていた。


 番組が放送された反響で、少しは大林の名が話題に上がるかと思いきや、クラスの誰も番組を観ていないらしく、一日中大林の周りには人がいなかった。

 授業明けのホームルームが終わり、大林は荷物をまとめたスクールバッグを肩に提げた。


「帰るか」


 誰にともなく告げて教室の出入り口に足が向く。


「大林。ちょっと待ってくれ」


 眼鏡で優男の担任教師が、教室を出ようとしてた大林を呼び止めた。


「なんですか、先生」


 大林が振り向いて伺うと、担任教師は近づいてきてすまなさそうな顔をした。


「帰るところで悪いが、土本先生がお前と話がしたいそうだ」


 土本先生とは、大林のクラスの副担任をしている女性の非常勤講師だ。


「土本先生ですか」

「話の内容は詳しく聞いてないが、おそらく進路の話だろう。職員室まで行って、土本先生に直接尋ねてくれ」

「わかりました」


 面倒だな、と思いつつ大林は頷く。

 担任教師は忘れず職員室に行くんだぞ、と緩く釘を刺し、部室棟へ繋がる廊下へ歩いていった。

 早い所話を済ませて、帰ってトレーニングだ。

 話を聞く前から帰宅後のことを考え、大林は職員室に向かった。

 


 部活動へ行く生徒たちと逆行するように大林が職員室に足を運ぶと、職員室のドアが開いていて、室内のデスクの左隅の一つで、細身をスーツに包んで長い黒髪を背中に垂らした若い女性教師が、胸に手を当てて丹念に深呼吸をしていた。


「土本先生」


 大林が名前を声にすると、黒髪の女性はピタッと動きを止めて大林の方に顔を向けた。


「あっ」

「失礼します」


 土本有紗が驚きの声を漏らすのと同時に、大林が礼儀を守りながら入室し、有紗のデスクに歩み寄る。


「土本先生。話って?」


 有紗は苦笑を返す。


「突然呼び出してごめんね、大林君。先生大林君にちょっと話を聞きたかっただけなの」

「いえ、構いません。それで話って?」 


 言外に早くしてくれというニュアンスで大林は催促した。

 有紗はキョロキョロと室内を見回す。


「ここだと、ちょっと話しにくいかな?」

「俺は構いませんよ」

「ダメ、私が構うから」


 首を横に振って拒否する。

 俺の進路の話のはずだが、やけに警戒するなと大林は腑に落ちない。


「場所替えてそこで話しましょ」

「わかりました」

「着いてきて」


 告げると、有紗は立ち上がり大林と並んで職員室を出る。

 そのまま二人で校内を歩き回り、二階の普段使われていない学習室という名の空き教室の前で足を止める。


「ここですか、先生」

「ここぐらいしか、他の人に話を聞かれない場所はないからね」


 大林に答えながら、左右の廊下に何度も視線を配る。


「どうしてそんなに警戒してるんですか。少しぐらい聞こえても大丈夫ですよ」

「誰にも聞かれちゃダメなの。とっても深刻な話だから」


必死な目で大林に言い聞かせる。

大袈裟な、と大林は苦笑したい気分になった。

 人気がないのを確認した有紗が、空き教室のドアを開ける。室内は生徒用と同じ机が縦に三列ほど配置されている。


「誰もいない。ヨシッ」


 空き教室内に目を巡らして点呼確認した。

 大林がツッコミたいけどツッコミ難い微妙な表情になる。

 二人で教室に入り、入ってきたドアを有紗が後ろ手に閉めた。


「やっと二人きりになれた」


 獲物を捕らえたとでも言わんばかりに、意味深な笑みを浮かべた。

 見たことない有紗の笑みに、大林は身構える。


「大林君の秘密を知っちゃった」


 大林の喉が緊張でゴクリと鳴る。


「昨日観たよ」

「何をですか?」


 悪事を働いた覚えはない、と己の身の潔白を確信しながら大林が訊き返した。

 表情を変えないまま有紗が尋ねる。


「テレビに出てたよね?」

「……え、あ、はい」


 思いも寄らぬ質問に大林は毒気を抜かれて間抜けな顔で頷いた。

 有紗が顔の前で両手を合わせ、お願い事をするように頭を低くする。


「私に記憶力のすっごい上げ方を教えてください!」

「え、えええ……」


 想定外の頼みに、大林はたじろいだ。



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ここまで読んでいただいて、誠にありがとうございます。

記憶術やメモリスポーツに関することでご質問があれば、どうぞ気兼ねなくコメント欄にお送りください。作者がわかる範囲でお答えします。


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