第4話

「俺な、違う高校受けようと思う」

突然、なんの心構えもしていないところへの発言に、戸惑いを隠せず、立ち止まってしまった。


彼は、高杉貴文。

スポーツ抜群。

爽やかなイケメン。誰に対しても丁寧で、礼儀をもって接する。

かといって、真面目。とは限らない。

サボりたかった授業はサボるし、部活も適当に手を抜く。

貴文が、どこの高校を受けるのか聞いていなかった。

けれども、てっきり、地元の高校へと進学するものだと勝手に思っていた。

唯一無二、といってもいい程の相手なのに、知らなかった。ということがショックだった。


立ち止まる俺に、貴文が腕を引っ張り、通行の邪魔にならない脇へと誘導する。

顔を上げると、民家の生垣があった。

葉っぱが、細い。

「ごめん。黙っていて。どうしようか迷ってた。けど、俺、やりたい事があるから受ける」

「もう決めてるんだろ?」

「ああ」

ため息をついた。

何気なく、このまま続いていくと思っていた。

それが、今日、ガラガラと崩れていった。


「どこの高校?」

「受かったら話すよ」

「なんで?」

「うーん。ジンクス。お守りみたいなもん。黙ってたら受かる気がして」

「なんじゃそりゃ。話した方が受からんか?」

「いや、決めたんだ。受験しようと思ったときに。だから、来月に推薦入試受けてくる」

顔を上げると、真剣な顔をした貴文がいた。

部活の時の真剣な目。

その目に惚れた。

バスケ部のエース。背番号の「7」がまだ目の裏に焼き付いている。

そんな目で見られたら、もう、何もいえないじゃないか。


もう一度、ため息をついた。

「離れるのが嫌だ。って言っても行くんだろ?」

「ああ。行く」

「じゃあ、行け。何すんだか知らんけど。そこまで決めたんだったら、頑張れよ」

バン!

と、貴文の腕を叩く。

「いっ!真夏、少しは手加減しろよ。見かけによらず怪力……」

「あははは、まあ、許せよ。それだけ、俺だって言いたいことを我慢してんだよ」

笑いながら、膨れた。

貴文は、そんな俺に言った。

「絶対、受かってくる」

「ああ、お前なら受かる。どこかしんねーけど、俺は、心配してないし、してやんねー」

最後は、納得なんてやっぱりしたくなかったから、意地悪な言葉だと自分でも思った。寂しかった。ただ、それだけ。


生垣を見ている俺の視界が急に奪われた。

気がつくと、貴文の胸の中だ。

人通りが多いのに、何を考えてるんだ、と、離れようとしても離してはくれなかった。背中に回された手が痛い。

「ごめんな。でも、手に入れたいものがあるんだ。だから、今は離れる」

「……。手に入れたいものってなんだよ」




「それは、お前だよ。真夏」

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