2nd 誰かの愛に溺れそうなモンスター

"うやむや"は一世を風靡した「天才」ボカロP・真駒輪廻まこまりんねが遺した、最後の一曲と言われている。


真駒輪廻といえば、ぼくくらいの世代なら、ほとんどの人が知っている名前だけど、まあ、ネットの流行とか、音楽の流行に疎いひとなら、もしかしたら知らない人もいるかもしれない。


真駒輪廻は、天才だった。才能だった。

当時はまだ、ネットで人気を獲得するクリエイターというだけで珍しかったころ、彼はボーカロイドを起用した様々な楽曲を世に放った。

ロック、バラード、ポップ……さまざまなジャンルの楽曲を次々と発表した。


当初、世間に知られ始めたころは、なんというか、まだ、イロモノあつかい。

正当な音楽として扱われないこともあった。

荒々しすぎる感性、攻撃的すぎるメッセージ。

良識派の大人からは、眉をひそめるような声も聞かれた。


それでも、彼は他を圧倒する音楽性で有無を言わせなかった。

ほどなくしてその評価は一転した。

独特な儚さと強さを持つ神格的なサウンド、孤独感と自意識がねじれたような歌詞が、ティーンに熱狂的に、圧倒的に、狂信的に受け入れられた。


作品は国内外で評価され、彼は一躍時の人になった。

けれど、問題が起きた。


真駒輪廻が、とあるミュージックビデオを、YouTubeにアップロードした。

彼の新曲だ!!! と世間は盛り上がった。


しかし、この楽曲中には、不思議なノイズが入っていた。

これが問題だった。


このノイズには、特殊な周波数の音が含まれていた。それが原因かどうかは未だに分かっていないが、このミュージックビデオを視聴したファンたちが、熱狂のあまりか、次々と過呼吸などの発作を起こしてしまう事態が発生したのだ。


ついには数百人が救急搬送されるという異例の事態が起こった。当然ながら、アップロードされたミュージックビデオは危険すぎるということですぐに削除された。


事件直後の夜、NHKニュースで第一報が報じられると、翌日以降は新聞やワイドショーなど、マスコミで大きく報じられた。インターネット上でも彼に対するバッシングが巻き起こった。一部では傷害罪で起訴すべきだとの過激な意見も上がった。


一部の過激なマスコミは、彼をネットが生んだ「モンスター」と書きたて、根拠を欠いたネガティブなフェイクニュースを撒き散らした。


度を超えたバッシングが日に日に過激さを増した。

一方で、彼に心酔しているファンからは擁護の声も多く聞かれた。

本当に彼の音楽が悪いのか? みんな、才能に嫉妬しているんじゃないのか?


そして、そうした不毛な議論が飛び交うなか、ようやく本人が口を開いた。


「みんな、ぼくの音楽を愛してくれて、今までありがとう。」


彼は音楽活動を終了することを発表したのだった。

そして最後に「それでもぼくの音楽を愛してくれるあなたに、音楽を遺します」と20曲の音楽が入ったアルバムを、オリジナルのアプリを通してリリースすることを告知した。


その幕引きは、世間に強烈なインパクトをのこしていった。


それ以降、彼は誰の前にも姿を表すことはなくなった。

真駒輪廻は、伝説とも言える時代の寵児だった。

特別な存在だった。


そんな特別な彼のことを、ぼくは憎いと思っていた。

ぼくは……、「凡人」だったから。

才能が、憎かった。

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