保健室の存在意義

教師と告白

 もう幾つ寝るとお正月になるのだろうか。来年のことを言うと鬼は笑ってくれるだろうか。

 別に鬼になんて大層な存在に笑って貰わなくていいから自分にとって大切な人に笑って欲しい。だから来年なんて大それた未来よりも明日明後日の身近な未来の方が余程大切だ。そして一度布団に入り、目を閉じて眠りに就き、目が覚めた頃にはもうその時になっている。

 彼女が覚悟を決めたのだ。その誠意には答えなければならない。

 振り返ればあれはもう二週間前になるのだ。

 試験前最後の金曜日いつもの様に生徒の中で一番遅くまで残り、朝届いたダイレクトメッセージの要件を済ませる為に彼女の話を聴いた。

 内容はそんなに難しくなかった。それはあくまで俺自身にとってはという話で、彼女にはそれなりの難易度を伴っていた。

「もし、今回の中間テストで一位になったら大事な話があるので聴いてください」

 そんな言われれば認めなければならない。今まで目を背けて来た他人の好意に。

 だからずっと考えていた。答えは決まっているが、伝え方が決まっていない。俺が彼女の気持ちに真摯に答えれば少なくとも一人は傷付く。それでも虚を吐いてまた先延ばしにするというのは彼女の為にならない。

 ずっと考えて来た。あの日から今日まで何を切り捨てるのかをずっと。

 それでも答えは定まらず、頭の中で迷走していた。それは、柄にもなく顔に出ていたらしく、小倉はそんな俺を見たくなかったのかテスト明けから一度も顔を合わせていない。

 だからといって彼女のことばかりに気を取られてもいられない。テスト期間が終われば休みになっていた部活が一斉に始まる。特に球技系統の部活は大会が近く、元々の怪我人が多い事もあり、連日保健室に訪れる生徒を後を絶たない。

 大きな事故は起きていないがどんなに気を張っていても失敗することはある。それに専門系統はこの時期に大会が重なることから午前の授業が終われば部活や個人活動に向かう事が許されている為、保健室は雨でも降っていない限り換気していないと汗臭くて堪らない。因みに保健室に気分が悪くなって訪れる生徒は元々少なく、体調が悪いのなら学校を休んでオンラインで授業だけ出席すれば休みは付かない。悩み相談も恋愛系以外は聞かないので養護教諭としては良好な成果だ。

 それに泥々になって練習する彼らを馬鹿にするほどもう子供じゃない。むしろ尊敬している。それに一年も手当などで関われば少しは愛着が湧くものだ。

 そう、一年も関われば……。

 きっと生徒の中で最も関わりを持ったのは小倉だろう。担任教師でもなければ、部活動で関わりを持った訳でもない。ただ、ずっと隣に居た。今更すぎて初めてあった日のことも覚えていないし、どうしてここまで彼女との関係が完成するまで隣に置き続けたのか。分からなかった。

 俺が何を思って彼女と時を共有したのか、どうして彼女の気持ちを摘まなかったのか。いや、違う。気付いていた。彼女の好意に気が付けないほど唐変木ではない。それでも今この時の心地よさに甘えていたのかもしれない。彼女と過ごす日常は思っていたよりもいいものだった。くだらない事に一喜一憂したのなんていつぶりだろうか。

 彼女はあの人に近かったから。捨てられない未練も相まって彼女との関係を引き延ばしてその際に気付いた好意も自己の欲求を満たす為に放置したのだ。

 そんな事後付けだから言えるのかもしれないが、それでもそれが恥ずかしながらしっくり来た。

 もうしばらくすれば午前の授業が終わり部活動生でこの部屋はごった返す。今日は雨も降っていないし空気の入れ換えもできるので帰り側に空気洗浄機を入れずに済みそうだ。

 それから時間の流れは早く感じ、昼食後からの部活動生の手当を行い、自分の服も泥だらけにしながら刻一刻と約束の時間に近付いていく。

 途中で先輩がひょっこり顔を覗かせてこちらを伺って来たので、遅くなる事を伝え、先に帰ってもらう事にした。ここ最近は部活動が終了まで完全に残っているので教師の中でも遅く帰っている方だろう。だから時間がある。そう思っていた。考え事をしていても簡単な手当ぐらいできる。それなりに自身の能力には自信がある。それでも考えは纏まらず答えに対する明確な説明が空欄のままだった。

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