〈Interlude 〉失恋と涙

 公演は終わった。予想通りと言えばそうだが、終了後はマネージャーからレーベルの社長からお叱りを受けた。意外だったのが形的な処罰としてオリジナルを曲として形に完成させるように言われた事だった。

 その処罰優しさにお礼を言って電話を切った。あと一時間と少しで終電だ。何かを期待するかのようにプライベートの携帯端末を何度も何度も確認する。しかし、期待していた願望は実らなかった。

 シンプルに言えば引き留めて欲しい。そんな願望は叶わない。少なくとも二人とも大人だ私情で仕事を乱すのはよくない。たった先ほど乱したばかりだが、普通はそんな事しない。ましてや唯の幼馴染で恋人ですらないのだから物語のような事は起きない。

 問いかけは返ってこないのだ。近すぎたから互いに意識しないふりをしていた。親友や妹みたいって言われて思春期らしく互いに反発し合って報われないまま、気付かないまま。彼の中では終わっていた。

 現実は思い出のみたく靱やかに変化しないのだ。何もかもが思い通りにいかなくて補正も矯正もしようがない。受け入れるしかない。それから変化させて思い出になる。

 きっと今日の事もいい感じに思い出になるのだろう。

 だから自分からは何もしない。恥ずかしいから、無駄だったら悲しいから。そんな昔から何ら変わっていない行動理念が変わろうとする私を抑える。

 二四にもなって初恋に現を抜かすとかだらしがない。実る可能性がないのに見栄を張って、対抗心を抱いて。その上変なプライドと独占欲まで出てきた。だからこれからの行動もその延長線だ。

 今まで散々タラレバで後悔してきたのだから。行動してもどちらにせよ後悔は付き纏う。なら今だけは勢いに任せて抑えを跳ね除けてもいいだろう。

 携帯端末を経由して電話をする。相手は彼。

 初めて電話をした。友達も少ないから電話帳に入っているの連絡先なんて家族と彼くらいだ。それでも何十年かける事が出来なかった。

「あ、詩音か。今日はありがとうな。凄かった、誇らしかった、嬉しかった」

 違う。私が好きな彼はそんな事を言わない。私と同じでプライドが高くて口が悪くて猫被ってる彼はもういない。もっと言えばずっと前の今日いなくなった。

 それに気付いても何も出来ずにここまで変わってしまった。

 それでもこの想いは消えなくてそれが切なくて悲しかった。嫌いになろうとした。関わらないようにもした。それでも彼をそそのかす悪い虫が目に入る度に苛立ちが募った。

「いいさ。翼は私の、私だけの幼馴染なんだ。だからあんなお粗末な曲を送ったんだ。不器用で勇気のない私からの意思表示を。答えが聴きたい」

 こんな事振り返れば絶対に赤面悶絶ものだ。それでも知りたい事を知らずにいるむず痒さよりも知って悲嘆に暮れる方がまだ絵になる。そんな適当な理由を並べて分かりきった答えを聴く。

「ごめん……」

 気付いていた。彼の中にもう私は居ない。親友枠では生き残っているかもしれないが、恋愛対象としてはもう消えている。でもその中には嫌いな先輩と憎たらしい女子がいて、それを拒むあの人の面影がいる事も知っている。

 誰よりも私が昔からの彼を知っている。誰よりも悩みを溜め込んで傷付きやすい事も誰よりも愛を望んでいる事も知っている。それでも、今日だけは困らせて傷付けてもいいだろうか。

「そっか。じゃあ、最後。これが終わればいつも通り。私は中田詩音先生で翼は東雲翼先生」

 電話越しでそう伝えて少しの間を取る。出来るだけいつも通りに息を整えて。もう思い出さないように笑顔でれを囁く。

「ねぇ、つーくん。つーくんは私の事好きだった?」

 子供の頃以来の呼び方。昔は何の違和感も感じずに呼べていたのに、今は違和感しか感じない。

 物語に出てくるヒロインは決して一人じゃない。選ばれる一人とそれ以外の大勢。その中で幼馴染はそれ以外に該当する事が多い。だから負けヒロインだと呼ばれていたりしなかったり。

 それを知った時は普通に落ち込んだし、何で私が幼馴染なんだと思った。でももう違う。何もかもの年季が、拗らせ方が違う。


 答えは聴かなかった。言うだけ言って電話を切った。少しして新幹線に乗って帰路に着いた。

 運命の出会いに気付いた頃には、何もかもが済んでいて、もう手が届かないなんて……。そんなのは嫌だ。物語で他人がその展開にあっていたら泣けるだろうし、同情もする。それでも私は御免だ。

 だから私は今が欲しい。昨日も明日もどうでもいい。

 そう思っていたはずなのに。私の初恋は終わった。

 それでも、他人事じゃなかったけど涙は出た。感動のそれではなく、後悔や悲痛の部類だろうが涙は出た。

「全然涙出るじゃん……」

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