保健室の有給

連休前と過去

 GW手前。それまでが仮に休みを取るとすれば一学期で可能な日付だ。だが、新学期早々はデスクワークが多くて休みは取れない。だからあそこに行く事も叶わない。

 別に行きたい訳でもない。行かなくていいなら行きたくないし、あの人にそれ程の思い入れはないし、行けばあの時の事を思い出してしまう。だが、行く事が翼にできる唯一の事だった。だからこの日だけは去年から有給を無理言って取ってもらっている。明日からがそうだった。今日から三日。それが年に一度の希望有給。

それもこれもあの時、あんな事を願い、それが自分の望まない方向に進んでしまったからだ。

 幸せ。それがなんなのか分からなかった時。

 誰よりも自由に、そんな願いを込めて名付けられた俺はその名前に相応しい人物になれなかった。それが誰かのせいと言うつもりはない。だが、母がいなくなってからの、特に継母と再婚してからは気持ちが麻痺していたと思う。

 家族関係の悪化の原因は父の仕事にあった。元々家庭に積極的に関わる方ではなかったが、当時はそれにしても帰ってこなかった。帰ってきても夜中で身体からはアルコールの鼻に付く臭いを漂わせ、迎える母に絡んでいた。昔から父は酒癖というのがよくなかった。擁護して言えば仕事のストレスなのだろうが、客観的に見れば迷惑千万だった。幼い頃から父と遊んだ事はないし、旅行にも行ったことがない。記憶にある父の姿はいつも酒が周り、紅潮した顔で怒鳴り上げる姿だけ。

 そんな父に我慢の限界が来た母は幼かった妹を連れて出て行ってしまった。それを特別止める事をしない父を見て当時小学校六年生だった俺はこの家庭には愛なんてなかった事を悟った。

 欲を言えば母に付いて行きたかった。だが、それは叶わなかった。表面的な理由は母が養えないから。結婚してから母は専業主婦をしていた為、収入源はアルバイトに限られる。だから子供二人は難しく、うち一人となった時にこれからお金がかかる俺は置いていく事になった、と父伝いで聞いた。

 だが、俺が置いていかれた事には本当の理由があった。それは容姿的問題で、俺の容姿は父に似ている。目鼻立ちも顔の形も全て父似で、母が心なし俺への愛情を欠き始めていたのは気付いていた。

 だから俺は置いていかれた。父に似ているから。その顔を見るのが嫌だから。その原因は全て父にある。家庭を顧みる事をしなかったから離婚に繋がった。

 しかし、今までの生活に変化が起きる恐怖を、寂しさを知って欲しい。考えて欲しいというのが幼い俺の本音だった。

 それからはすぐだった。父は再婚した。半年経つ事もなく、相談もなく、それを勝手に行った。一応家に帰って来る事は増えたが、そこに俺の居場所はなかった。それでも最初は暖かさを感じる事ができた。冷たいよりかはそっちの方が幾分かいいので、受け入れた。

 しかし、それも少し間だけだった。仕事が傾き、そのストレスからか家に入り浸り四六時中酒を飲むようになってから家の空気が様変わりするのは遅くなかった。

 過度なストレスからか飲む量も増えた。それにより言葉だけではなく、手まであげるようになった父。継母はそれを放置した。別々の部屋で一日を過ごすようになり、朝昼晩の食事を俺が管理する羽目になった。

 それだけではない。継母も家族間のストレスで過度な飲酒に走り、事あるごとに俺に絡んできた。それは父も同様だ。

 しかし、それでも俺は頑張った。元から優れていたというのもあるが、中学生の時には全国一位も取った事がある程度には勉強に勤しんだし、誰からでも褒められるいい人柄を演じた。たった一言で良かった。

 遊んでもらった事も、構ってもらった事もない父に褒めてもらいたかった、「よく頑張った」その一言で満足できただろう。

 しかし、それが叶わないまま中学三年間は幕を閉じ、高校生になった。

 その日もいつもと変わらない。そしてこれからも、そう思っていた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る