新入生と開会前

 この学校に在校する全生徒は今から入学を認められる生徒を含めると、一〇〇〇〇の大台を破り、細かな数字で言うと全生徒は一〇〇七八人。大雑把な内訳としては男子が六割、女子が四割と言った所で、その中でも芸能科に入学した生徒には女子生徒が多く、例年通り八割くらいは女子生徒だった。

 この少子高齢化社会の中で幾ら政令指定都市に指定されているからと言っても、三分の一は学費免除生だからと言ってもかなりの額の学費を払う事になる。そう考えれば学費が決して安くもない私立高校に入学する学生がこんなにいる事に対して多少なりと思う事はある。

 だがまぁ、給料を貰うこちら側からしてみればクビになるリスクが減って嬉しい限りだと思う。それでも親としては苦しいのではないか、などと親の立場でもない俺が何かする訳でもない。地域に貢献する気もないのでそんな事思ってもどうしようもない、と考えるのを諦める。

 そんな約一〇〇〇〇の生徒数を誇るこの学校。多制度ではあるが、その半数は全日制なので普通の学校よりは教室も何もかもが大きい。授業をする機会が少ない翼からして見れば無駄でしかないこの広大な屋内グラウンドを囲うコの字型の校舎。学年別の教室が階毎に、一年が一階、二年が二階、三年が三階にあり、特別教室が一律四階にある(ただし、保健室は例外として一階にある)。これら計四階層に分けられる校舎、職員室は受験、就職の近い三年生の近くの方がいいという意見から特別教室という括りに含まれ、進学と専門の大雑把に区分された系統別の二つの職員室が両端にある。

 そしてそんな膨大な生徒を一同に集められる場所などそうそうなく、一般的な高校は体育館で入学式を行うが、この学校は屋内グラウンドで入学式を行う。

 どのスポーツも力を入れているこの学校の地面は人工芝。その人工芝の上には運動系の部活動生が総出で特大ブルーシートを張り、土汚れがつかない様に施されている。後に椅子や登壇が運び込まれ、順当に入学式の準備が行われていた昨日を思い出す。特に手伝ったとかではなく、保健室から窓越しで見ていただけだ。見るのもこれで三度目、場所も同じこの保健室なので大して物珍しいとも思わない。

「在校生時代も思っていたが、こんなバリでかいブルーシート何処から持って来とるんだろうか。

 それに運動部は大変だよなぁ、部活終わった後にこんな無賃労働させられるんだから」

 言葉の合間に時折入る片言の方言。他人事だと思っているのだと自覚する。そんな言葉に続いてため息を長めに、大きめに、気怠げに吐いた。また面倒で憂鬱な一年が始まるのだという現実に対して気持ちの下りが大き過ぎて働きたくないと本気で思ってしまった。まだ二年目だが、そう思ってしまう。

「まぁーた、仕事したくなさそうな顔してる! ダメだぞ、翼くん。

 それにため息をしちゃ幸せが逃げちゃうよ。そんな残念なお口はお姉さんが塞いであげようか? 今ならアダルティックに舌までサービスしてあげるよ?」

「そうですね。ここにもし誰も居ないのならば考えてもいいですけど、冗談でもTPOを弁えてください……」

 彼女の言葉にあった行動を実行されない様に、慌てて若干開きかかった彼女の口に人差し指を当てて閉ざす。そんな焦りを悟られないように彼女と視線を合わせながら肩を落として見せた。

 一方の美咲は普段のリズムが崩されていたせいか、翼の珍しく見せた焦りに気が付くこともなく、尊大な羞恥心に駆られていた。恥ずかしかった。またやられた。そう思ったが、それでも彼の言葉に引っかかる言葉を見つけた美咲は欲求に負けてしまった。そんな引っかかる疑問を恐る恐る口にした。

「じゃあ、時と場所を考えたら承諾してくれるの?」

 まだ少し羞恥心を隠しきれていなかったが、それが効果的に働いてより色っぽい問いかけになっていた。場合が入ってないなんて野暮な事はこの際言う事を諦めて美咲の疑問に返答する。

「そうですね、先輩の……いや、美咲先生の据え膳なら遠慮なくご馳走になりますよ」

 だが、翼の方が何枚も上手だったようだ。完璧なまでのポーカーフェイスは先程の動揺を感じさせなかった。実際近くに座っていた入学生らが彼の言葉に聞き耳を立てており、その生徒らは顔を赤く、頬を紅に染めていた。そのくらいには洗練されていた。

 その入学生の頰を紅く染めさせるという点においては彼女にも同じことが言える。

「つ、つ、翼くん。それは駄目……いや、駄目じゃないけど、でも早いと言うか、えっとそのぉー……。

 し、指導です、教育的指導。お姉さんを困らせないで!」

 若い女性教師が恥じらいながら、そんな捉え方によってはどうとでも解釈できる言い方をすれば色々お盛んな高校生の育ち盛りの頭はフル回転するのだろう。妄想してその内ショートし、熱を孕むだろう。そう思いながら生徒たちの顔を伺うとあっという間に顔が発火した様に紅くなっていた。ついでに頭から湯気が出ていたという比喩も付け加えるべきだろう。

 生徒に関しては予想通りなのだが、彼女は違った。

 彼女の反応は思っていたものと違った。女性としての魅力を評価して欲しいといういつもの悪ふざけかと思ったから、なるべく高く評価したつもりだったんだが、何か間違ってしまったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る