14.ん?今何でもするって言ったよね?

「取り合えず、会ってみないことにはなんともいえないかなぁ」


 時はその日の夜。


 場所はあおいの自室。


 あらかたの説明を終えた紅音くおんに対して、彼女が発した一言目がこれだった。そして、これは紅音が想定していたどのパターンとも違うものだった。


 八雲やくも葵という人間は基本、人からの頼みを断るということをしない。


 もちろん、明らかに葵が損をするだけのものであれば話は別なのだろうが、少ななくとも紅音が見ている限りでは、そういう機会は一度もない。


 頼まれれば二つ返事で「いいよ~」と答え、その後ろに「葵ちゃんに任せたまえ~」というフレーズが付いてくるのがお決まりなのだ。


 後者のフレーズに関してはどうかと思うものの、その姿勢に関しては素直に感心するところがあるし、少なくとも紅音には絶対に出来ない生き方だと思っているので、実は密かに尊敬しているのだが、それを言うと間違いなく調子に乗るので面と向かって言ったことはない。


 お人よしで、頼りがいのあるところはどこか姉のあかねにも似ているような気もする。


 そんな彼女だが、これまた不思議なことに、男っ気が一切ない。


 もちろん、モテない、という話ではない。


 彼女自身にその気が全くないのだ。


 本人の「や~別に彼氏が欲しくないわけじゃないんだよ?」という弁を信じるのであれば、全くその気が無いわけではないハズなのだ。


そして、実際に告白を受けたことは一度や二度ではない。


 まあ、その半分以上が彼女のスタイル目当てなのではないかと紅音は思っているわけで、付き合わない方がいいのではないかと思うことがほとんどなわけなのだが、そんな心配を知ってか知らずか、ただの一度もOKを出したことは無いと来ている。


 では、これだけ撃墜しているのだから、さぞかし相手への要求も高いのかと思いきや、これまた本人の弁を信じるのであれば、「別にそんなにハードルは高くないよー?顔だって紅音くらいを求めちゃったら選択肢少なくなるの知ってるし~」ということらしい。


 彼女の中で紅音の顔面偏差値はどれくらいに設定されているのかは定かではないが、要求が高いわけではないことは確からしい。


 彼女曰く「安心できる人がいいなぁ」とのことらしいのだが、その条件でふるいにかけた場合、真っ先に一番付き合いが長い男子の紅音が引っ掛かり、その次に接点の多い男子の朝霞あさかが引っ掛かってしまう気がするのは一体どういうことなのだろうか。


 で、だ。


 そんな彼女のことだ。紅音は正直、


「ん、いいよー」


 みたいな答えが返ってくるものだとばかり思っていたのだ。


 もしそうでなくとも、


「まあ、葵ちゃんに任せたたまえ~」


 くらいは言ってくれると思っていた。ところが実際は「会ってみないと」という実に現実的で、距離感を感じる反応だった。


 流石に彼女も説明不足だと思ったのか、


「いや、別に力を貸さないってわけじゃないよ?友達を作りたいなんていいじゃない。むしろ喜んで力を貸したいくらいだよ。でもさ、」


 言葉を切り、


「でもさ、その子は何も別に修学旅行を一緒に回るための、その場しのぎで言ってるんじゃないんだよね?」


「それは……まあ、そうだろうな」


「だったら、月見里さんに会ってみないと何とも言えないかなぁ。ほら、本人の趣味とかさ。そういうのでこうビビッと来そうな知り合いがいたら、紹介することは出来ると思うよ?思うけど、今の情報だと、それは難しいじゃない?ね?」


「ああ」


 なるほど。


 確かに、紅音が葵に与えた情報は、



・二年生の四月まで友達がいないぼっち

・修学旅行で一緒に回る友達が欲しい。

・それは『まちハレ』という作品に感化されたものだが、割と本気に見える

・思考回路は後ろ向きだけど、悪い奴ではないと思う。



 概ねこの四つだ。


 と、いうか、紅音もこれ以外の情報は持っていない。


 好きなものに関しても『まちハレ』以外には知らないし、家も、電車で移動する必要があること以外何も知らないと来ている。我ながら、これでよくなんとかなると思ったもんだ。


 そして、冠木はよくこの状態で「少年が友達になればいい」と言い切れたもんだ。こんなの、下手をしたらお見合い以下の情報量じゃないのか。


 葵が腕を組んで首をかしげながら、


「しかし不思議だにゃ~」


「何がだ?」


「んー?いや、なんで紅音はそんな簡単なことを考えなかったのかなって」


「どういうことだ?」


 葵は人差し指を「ちちち」と動かして、


「いやいや、単純な話だよ、ワトソン君」


だれがワトソンくんだ、だれが。


「修学旅行がぼっちだと嫌だってくらいだったら、紅音が一緒に回れば済むじゃないか。だけど、それをしないってことは、月見里さんはその場しのぎではない友達を探しているんだってことを、しっかり理解してるってことだ。だからこそ紅音は私のところに来た。そこまではいいんだよ」


 額に人差し指を当てて、


「問題は、なんでそこまで分かっていて、月見里さんのことを一切知らないのかってことだよ、ワトソンくん。それだけ理解して、色々聞き出すことも出来るんだったら、趣味とか、好きな食べ物くらいは聞き出していてもいいくらいじゃないのかい?それもしないまま、私のところにやってくるほど、君は頭が回らない人間じゃないだろう」


 だからワトソンくんってだれだよ。


 ただ、言いたいことは理解できた。


 確かに、考えてみればおかしな話である。


 友達になるきっかけとして「趣味」や「好物」というの一つの重要なファクターになりえる。


 例えば(そんなことは無いと思うが)月見里が○郎系ラーメンが好きなのであれば、同好の士と仲良くなれる可能性が発生する。


 そうでなくとも、同じものに興味があるというのは話のきっかけとなるし、そこから仲良くなるなんてことは全く珍しくもないはずだ。


 経験不足、というフレーズで片づけられることでもある。


 事実、紅音は友達らしい友達の少ない人間だ。交友関係を広げるということに関してはスキルレベルが低いことは否めない。


 が、こと今回に関して言えば、それは一切関係ないような気がする。


 事実月見里の「友達作りスキル」のレベルは、紅音のそれよりはるかに低い。ファイアーエ○ブレムで言えば上級職と下級職くらいの差があるといえる。


 しかし、そうなると、疑問は宙に浮いたままだ。


 なぜ紅音は「月見里の趣味を聞き出す」くらいのこともしなかったのか。


 もちろん、葵が改めて聞けば済む話ではある。


 ただ、それでも、紅音が聞き出していて、その趣味が偶然にも紅音の知己とおなじであったとすれば、その時点で問題は解決していたのではないか。


葵の力など借りる必要性は無かったはずである。


 結論は出ない。


 単純な「見落とし」として消化してしまってもいいことなのは事実だ。


 でも、本当にそうなのか?


 悩めるワトソンくん(仮)を見かねてか、葵が、


「ワトソンくん。君が月見里になにも聞かなかった理由は一つだよ。それは、相手に興味を持たせない為さ」


「興味を……?」


「そうだ」


 そこまで言って、漸く芝居がかった口調をやめ、


「紅音はさ、そういうところあるじゃない。踏み込まないっていうか」


「そうかぁ?」


「そうだよ。その証拠に、ほら!あれをごらんなさい」


 ずびし!と音がしそうなくらいの勢いで葵が指をさした先には、


「ぬいぐるみ……?」


「そう!あれだよ、あれ。紅音がいつだったかのホワイトデーに送って来たやつ。見たか?見たな?そしたら部屋の内装を見たまえ!」


「はぁ」


 紅音は言われるままに部屋の内装を隅々まで見渡す。


 これが、相手が相手であればぶん殴られるかもしれないし、やめてくれと恥ずかしがられるかもしれない。


 ただ、こと葵に関してはそんなことは全くなかった。


 昔からの幼馴染だから、今更隠すものなどなにもないというのもあるし、そもそも葵自身が男子を部屋に招くという行為に対して全く抵抗がないというのもあるだろう。


 そんな彼女の部屋は、いたってシンプルだった。


 正直なところ、誰もいない状態で“ある一点を見せずに”内装を写真に収め、この部屋の主は男性か女性かと問うたら、100人中90人は男性と答えるに違いない。


 それくらい葵の部屋は、「女の子の部屋」感がない。


 ちなみに本人はそのことを全く気にしていないらしく、


「女の子はこうとか、そういうのって決めつけだと思うんだよね~」


 とへらへら笑いながら部屋の隅からベイ○レードを取り出していたことがあるくらいだ。


 では、その“ある一点”とはなんなのか。


 答えは簡単だ。


 ベッドの枕元に置かれているぬいぐるみだ。


 唯一これだけが「女の子にお部屋」っぽさを醸し出している。そしてそれは紅音がホワイトデーのお返しに送ったものであり、葵から「45点」と、なんとも厳しい評価をされた代物でもある。


 そんな点数をつけながら一応部屋に置いてくれているのは温情なのかもしれない。


 内装を一通り見渡した紅音は、


「いつも通りだけど」


 葵は眉間にしわを寄せ、


「それは知ってる。そーじゃなくて、こう、何か違和感を覚えないかって話」


「違和感……」


 紅音は腕を組んで考えたのち、


「ぬいぐるみは、葵の趣味じゃない?」


 葵はポンと手の平をこぶしで叩いたのち、人差し指をピンと立てて、


「ピンポーン!正解。正解者にはこの賞味期限が切れちゃったスナック菓子を上げよう」


「あたりか、良かった……って、ちょっと待て、賞味期限切れってマジかよ……うわ、ほんとだ!」


 手渡された袋菓子には確かに「2021.3」という表記がされていた。


 ちなみに今は2021年の4月も中旬から下旬へとさしかかろうとしている。


 つまり、この手渡されたブツは賞味期限を、どう見積もっても半月以上は超えているというわけだ。


 通常この手の袋菓子は、開けさえしなければ一年近くは持つことが多いのに……恐ろしいな……


「まあ、とにかく正解。紅音はさ、そうやってきちんと理解できる頭はあるのに、時々思考を放棄するの。そして、それは大体、仲良くなる可能性のあるイベントのことが多い」


「そうだっけか?」


「そうなの。最近はマシになったけど、おかげで私は大変な目にあってたんだからね。ここぞってタイミングは必ず、「狙ってんじゃないの」ってくらい外してくるんだから」


 知らなかった。


 いや、知る必要性が無かったのかもしれない。


 こと葵に関しては、最初こそとんちんかんなものを送っては、呆れられはしたものの、最近は趣味に合う選択をし、去年の誕生日にプレゼントした、最新式のBluetoothイヤホンは大分喜んでもらえたのだ。


 だから、気が付かなかった。


 あれは葵だから発生していた、いわばイレギュラーな事態だとばかり思っていた。


 そんな彼女は肩をすくめ、


「まあ、いいけどね。仮に紅音が色々調べてきてても私が自分で聞いたと思うし」


 スマートフォンを操作しながら、


「いつがいいかなぁ……放課後でも別にいいんだけど……」


 暫く考え込み、


「そうだ!ねえ、紅音」


「ど、どうした?」


「月見里さんってさ、お昼も一人なんだよね?」


「あー……そうなんじゃないか?友達いないっていってるわけだし」


 それを聞いた葵はうんうんと頷いて、


「分かった。じゃあさ、じゃあさ。紅音に一つ頼みたいことがあるんだけど」


「なんだ?出来ることなら何でもやるぞ」


「おっ、威勢がいいねぇ~。でも大したことじゃないんだよね。明後日の昼休みをさ、開けておいて欲しいんだよね、紅音と月見里さんに。だから、その連絡役をお願いしたいのさ」


「ん、りょーかい。ちょっと待ってろ」


 そう言ってスマートフォンを取り出す紅音に葵は、


「あ、それともう一つ。昼ご飯は買ったり、持ってきたりしなくていいよって伝えておいて」


 そう付け加えた。

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